毎日の生活で感じたこと

毎日の生活で感じたこと

2021.02.12
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カテゴリ: 歴史
​​​​​​​​​​​​​​​​​​ ​​ 戦前・戦中までの、国史教科書に書かれていた史実。 ​
​戦後は教えられることはなく、私も初めて知った歴史。​
​むすび大学チャンネルで、初めて知り感動!​
​ 東南アジアに なぜ白人国がないのか? ​
「日本人は、すごいな~」と、感動しますよ~ ​


天正年間日本は、三百人乗れる船を造り、東南アジアへ交易へ。​
​欧州からは、スペイン・ポルトガル・イギリスが来ていた。​
​欧州人たちの目的は、稼ぐことで、稼ぐためにはなんでもやる。​
​現地の人たちから収奪したり、傍若無人の振る舞いをしてた。​
​その不条理な様子を見たのが、武士たちは「ゆるせん!」​
​当時鉄砲の数は、日本が圧倒的に多く、白人たちをやっつけた。​
そして東南アジアの各地に、日本人町ができました。
​日本人町は聖域で、西洋人たちは不埒なことができません。​
日本人が来るまで、西洋人にひどい目にあっていた現地の人々は、
​「これをお持ちください。」と、お礼の品を渡しました。​
日本人はそれを持って帰り、日本で売って利益を得ました。 ​ ​
​​
​​一方日本国内でキリシタン・バテレンの問題が起こります。​​
​ また火薬を買うため、日本女性50人と火薬1樽が交換。​
​その日本女性たちは、欧州で奴隷として売られていた。​
​​その様子を天正少年使節団が欧州で見かけ、帰国後報告。​​
​ それを聞いた秀吉は、
​​​「このままでは日本から女性がいなくなる。鎖国しろ!」​​​​

​​ しかし交易で儲けてる人がいて、なかなか実行されない…​
​
​(何だか今とよく似てますね~)​
​ ​最終的に江戸時代、三代将軍家光の時に鎖国が実行。​​
そして、東南アジアの日本人町から日本人も帰国しました。
​​
それまで日本人が西洋人を打ち負かすのを見た現地の人々は、
​「あなたたちが暴れたら、また日本人がやってくるよ」​
​そう言われた白人たちは、「わかった」​
​​ ​ そのぐらい強いインパクトが、日本武士団にありました。​​​​​​


​
​​ 過去の歴史授業は、考える授業だった。
自分なりの見方で、考え方を確立するのが目的だった。​​
​ ​

「織田信長の時代の武士たちは、なぜ東南アジアに行ったのか?
 その理由を考えなさい。」
​ ​この質問に対する答えな人それぞれ違い、基本答えれば正解。​​
しかし点数をつけることはできず、テストにならない。
そこで点数がつけやすい、現代の方式になりました。
​ ​点数はつけやすくなったが、​
多くの日本人から考える力を奪ってしまった。 ​
​​​
​

​ ​現代の風潮は、「古いものより、新しいものがいい」​​
​​ 本当にそうでしょうか?
​いいものだから、残ってきたのが「古いもの」​
​ ​だからこそ、大切に残すべきなのでは?​​​ ​

​​​ ​それを忘れ、目新しいものに飛びつくのはどうなんだろう?​
​それこそが、考える力を失っている証拠なのでは?​
軽薄な政治家が増えてきたのも、偏差値教育の弊害だと私は思う。





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最終更新日  2021.02.12 15:36:49


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