毎日の生活で感じたこと

毎日の生活で感じたこと

2021.10.23
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カテゴリ: 感動
​​​​​​​​​ ​17日「ヘヴニーズ4.0」の「 クライマックストーク 」​
​学校で教わらない「 日本の正しい歴史 」を、毎週教えてくれます。​
​「 やっぱり、日本人ってすごい !」と思う内容でした…
​​
​​明治27年「 日清戦争勃発 !」​​

​この戦争は、 ​清国から朝鮮半島を守る戦い​ だった。​
​ ロシアからの脅威を避ける という、日本の国策もあった。​
この戦争に勝利し、下関条約が締結。 ​​… 第一条を読んでほしい。​ ​

​つまり 日本が日清戦争で戦った結果、朝鮮半島が独立 した。​
​ 日本人の流した血により 、今の北朝鮮・韓国は独立国となったのです。​
この歴史は皆さんが、知っておかなければならない… ​​
日清戦争を ​​ 勝利に導いたのは 、「乾電池」​​
当時は「液体電子」で、寒さで凍ると軍用通信が不可能に…
​それを解消したのが「乾電池」で、 丁度この時期に日本でできた !​
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​これこそが「 世界初の乾電池 」で、開発したのは 屋井先蔵 でした。

教科書では、乾電池の発明者は、ドイツのカール・ガスナーとか、
デンマークのウィリアム・ヘレンセンと書かれていることが多い。
しかし ​屋井先蔵は、明治18(1885)年​ に、
​現在の乾電池とほぼ同じものを発明​ した。
ガスナーやヘレンセンが特許を取得したのは、 その3年後 だった。

​​
屋井先蔵の父は越後長岡藩主で、 文武に優れ、数理が得意 だった。
しかし 先蔵が6才の時、明治2年に急死 。
遺された家族は叔父の家に引き取られ、 先蔵は12歳まで寺小屋で学んだ 。
西洋技術を先取りする時計店 に、13才の時丁稚奉公に行く。
しかしすぐに病に倒れ、故郷へ返されてしまう。
回復後は、家から遠くない長岡の豪商の店に丁稚奉公に。
時計の修理工として、そこで7年間働く 。
「何とかして、 ぜんまいを巻かない時計 ができないだろうか?」
仕事の合間に古本屋で買った 漢字辞典を取り出し、暗記 した。
英語も同じ方法で 、独学で取得した。​​​​​​​​
​​
「 基礎学力がない 」と、東京高等工業学校への進学を決意!
21歳の時受験のため、 東京まで徒歩で上京 。
ところが英語の点数が足りず、不合格になる。
それでもあきらめず、 翌年再び徒歩で上京 し、再度受験する。​​​
受験資格に年齢制限 があり、それが最後のチャンスだった。
ところが試験当日、 うっかり寝坊 し、走って会場へ。
先蔵の時計の針は 受験開始1分前 だが、会場の門は閉じていた。
当時の時計は、それぞれに別の時刻を指すものばかり …
会場の時計の針は、「 開始5分過ぎ 」で、受験できなかった。
この時の悔しさから、
「 すべて同じ時刻をさす時計が必要 だ」と痛感した。​​​​​​
​​
進学をあきらめ、 ​ ​昼は 物理学校の職工​​ として働き、
夜は ​寝る間を惜しみ、試作品の研究​ に没頭!
​ 毎日の ​ ​ ほどだった。
明治17(1884)年、 電池で正確に動く連続電気時 計を発明!
先蔵23才 の時だった…

この時計は電気の力で、 数百個の時計が同時刻を示 すもの。
​ ゼンマイを全く使っていない 時計だった。
「これで、俺のような目に合う人がいなくなる!」​
ところがこの時計は、 ちっとも売れなかった ​​​​​…
この時計に使用したのは、 ダニエル電池と同じもの 。

​ 電解液をこまめに交換 ​しないと​​ 、パワーが落ちる。
しかも ​大きくて、持ち運びが不便​ だった。
「 ​使いやすい 乾いた電池 が必要​ だ。」
​先蔵の「 物作りの心 」に再び火がついた​ !​​​​​





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最終更新日  2021.10.23 14:52:17


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