2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
夜中に焦げ臭い・・・ばーちゃん!匂いはばーちゃんの部屋からだ。『ばーちゃん、何か焦げ臭いよ!』あわてて飛び起きる音が聞こえた。彼女はいつも鍵をしているので、あえて戸を開けようとはしなかった。数分後、何も聞こえなかったかのように返事をした。『なんだい?』私はもう一度言った。『何か焦げ臭いよ』冷静を装って彼女は言った『近所で大根でも焦がしたんだろ』この辺りで近所からにおってくるのは、夏場のBBQと曇った日の火燃し、それに雨の日の養豚場の糞の臭いくらいだ。(田舎なので、隣の家とそんなにくっついていないのだ。)それに、だれも大根のダの字も言ってない。寝ぼけているのか、墓穴を掘った事に気づいていないばーちゃんだった。年寄りだから、物忘れしてもおかしくないが、火の始末はきちんとしてもらわないとこまる。それに、部屋の鍵するのは彼女の勝手だが、もし火事にでもなったらどうするのか?私たち家族は、戸を突き破って助けに行くのか?この前だって、仕事場でひっくり返って救急車で運ばれたんだから、もう少し、年寄りだという事を自覚してもらわないと困る。本人は、私たち家族にこんなこと言われたくないらしい。なぜなら、彼女は私たちの事を他人と思っているから。彼女専用のキッチンこそあるが、居間、風呂、玄関などすべて一緒でなにより、金銭的な事も含め、彼女の世話をしているのは私たち家族なのだ。75年生きてきたばーちゃんの性格を変えられる事は出来ないだろうが、どうしたら・・・
2004年11月26日
コメント(2)
わけあって、私と子供二人は実家で暮らしている。戻ってきてからもう1年と8ヶ月になる。上っ面だけはいいばーちゃんだが、急に部屋を覗き込み『邪魔だから早く帰れ』と捨て台詞いって、さっさと自分の部屋へ戻っていった。機嫌が悪く、どこかあたる場所を探していたようだ。頭が真っ白になった。そして、次にショックだった。こんな事、ふつうのおばーさんは言わない、と思う。彼女には私の父も含めて4人の子供がいるが、かわいいのは、末娘(私の叔母にあたる)とそのバカ息子だけなのだ。倒れた時に駆けつけ、救急車に付き添う孫(私)よりも『おこずかいがなくなったから、もらいにきた。』と平気で言う孫(バカ息子)の方を、不思議なことにかわいがる。冷静に考えて、彼女の普段の言動や行動からみれば、まったくこれも不思議ではないが、いきなりきたので堪えたのだ。これこそまさに油断した隙にふところから入ったアッパーパンチだ『もう、倒れようが、何しようが、絶対面倒見てやらない』と思っているが、その時になればやっぱり心配して看病してしまうとわかっている自分に嫌気がさす。
2004年11月22日
コメント(0)
3人目の子供のために(30歳までにつくる予定...hahaha)しまっておくという手もあるけれど、場所取るし、管理も大変だしってことで、去年まで子供たちが着ていた服をフリマに出してみました。とりあえず使わないものだから、出来るだけ安く譲ろう!!と、1円でスタートして、最低落札価格も設定しなかったら、みんな10円単位で売れてしまって。これじゃ、包装代のほうが高い!商品の写真とって、説明書き込んで、落札者の質問に答えて...『初めての方へ』よーくよーく読んで挑んだのに、こんなことになるなんて。一言でとてもつかれた。学生時代にとったビジネスのクラス、ちゃんとやっとけば良かったぁ。慣れてくるまでは、一度に5品くらいの出品がいいかも。いい勉強になりました。
2004年11月18日
コメント(1)
主人とは毎日欠かさず電話します。それでも、淋しい思いは消えません。自分の怠慢を認めない弁護士へのどうすることも出来ない怒りとどれくらいの期間離れて暮らすのか分からない不安、子供達への申し訳なささ・・・考えれば考えるほど悲しい思いは膨らむばかり。そんな時、主人が言った。《Be Happy for me》彼のやさしい言葉。いつも私達の事を思ってくれている。家具もない、だだっ広いマイホームで一人、孤独に耐え私たちの帰りを待っている。彼の優しさと強さが身にしみた。
2004年11月16日
コメント(0)
留守番を一人でしていたのがいやだったのか、私が子供達と公園から帰ってくると、部屋の前にはホコリヤゴミが掃きつけてあった。『このクソババー!!』と心の中で叫んだ。何も、人の部屋の前に掃きつけておかなくても・・・。今日は廊下側。先週は、部屋の外側に落ち葉やゴミを掃きつけたのだ。これは、喧嘩を売っているとしか思えない!体中の血がグツグツと煮えたぎっているかのように熱くなるのがわかった。が、深呼吸をした。年寄りのしたことだ。と言い聞かせ、部屋の前にあったゴミを片付けた。我慢した自分にご褒美のおいしいコーヒーをいれた。
2004年11月14日
コメント(0)
主人は、1月に長女の出産に立ち会った後、海外にあるマイホームに、仕事の為帰っていった。あれから10ヶ月。娘には5本目の歯が生え始め、伝い歩きもするようになった。『まんま』『ねんね』『バイバイ』『パパ』・・・と上手にお話もするようになった。長男はこの8月から幼稚園に通うようになってほとんど理解できなかった日本語を話すようになった。その反対に肝心の英語や広東語には興味をまったく示さず、忘れてしまったかのようだ。トイレにもきちんといけるようになった。e-mailで送る長男・長女の写真や、電話越しに聞こえる子供たちの声に、涙をじっとこらえる主人の姿が目に浮かぶ。マイホームでテレビを見たり、食事をしたり、友達を呼んでBBQをして、天気のいい日には公園に行って・・・こんなあたりまえの生活が今は出来ない。Things happen for reasons (⇒現実に起こるすべての事に意味がある)かつての同僚が教えてくれた言葉だ。スピード違反さえした事のない、善良な私たち夫婦にいったいどんな意味があって、これほどまでのトラブルにまきこまれなければならないのか?聞く話では、長くても3ヶ月ほどでこの住民権取得が可能らしいのに。私はもう丸々6年待っている。
2004年11月12日
コメント(0)
いまから6年前の1998年に結婚して以来、永住権の取得にあたり、ずっと苦しまされてきた。まず、私のパスポート番号と似た番号を持つ人が、麻薬取締法違反で強制送還されたらしく、私はその人と間違われ、永住権の取得を拒否された。まったくの無関係である。ムカムカ次に、知人の紹介で雇った弁護士は、老後の小遣い稼ぎ感覚でいい加減にやっていたようで申請の手順を間違え、訂正するのに多くの時間を費やした。もちろん、はじめからやり直しだ。予防接種や健康診断をはじめ、たくさんの書類が必要だ。(もちろん、そのためのお金も)そして、911事件が起こってしまい状況が悪化、さらにややこしくなる。結果として、私は、日本に帰らざるを得なくなりました。2003年、主人が付き添って当時2歳になったばかりの息子と日本へ帰ってきました。念願のマイホームはあと3ヶ月ほどで完成し、二人目の子供もお腹の中にいるというのに。1ヶ月ほどして、主人は仕事の為、帰っていきました。
2004年11月01日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

![]()