これからの課題
先日、同じ職場の正規の先生と話す機会を持つことができました。その話し合いのなかで、私の働き方に対するいくつかの指摘がされました。思いつくまま箇条書きしてみると、
1.「今の私の置かれている状況をどうして否定的にしかとらえられないのか。」
2.「朝の話し合いに参加できない、研修に参加したいのにできない。行事に参加できないから何をやっても駄目だと思うのではなくて、限られた時間の中でなぜ精一杯やろうとしないのか?自分の思うようなことができないから駄目というのではなくて、自分に与えられた場所で精一杯やろうと考え方を変えてみてはどうか。」
3.「私が研修や朝の会に参加することよりも、授業の中で、担任が授業をすすめている時に、次に担任がやろうとすることを先周りして動いて欲しい。」
4.「先回りして子ども達に声かけして行動を促がしたり、子ども達が行動しやすいように自分の動きを考えると良いのではないか。」
5.「担任の先生からみて、『助かった』といわれることを精一杯やっていくことが、職場の信頼を得て、管理職からみても好意的にみられ、加藤先生にとり良いほうにいくのではないか。」
6.「授業においても、若い先生達の授業についてアドバイスできるようであって欲しい、対応の困難な子どものことも担任の先生は必死で対応しているのだから、担任に聞くのではなく、自分なりに対応方法を見つけて欲しい。」などなどといろいろな角度からのアドバイスでした。
私のために、このようにいろいろとアドバイスしてくれる先生にありがたいなと改めて感じました。
今まで、私は、「職場の担任の先生は、私が勤務時間を過ぎて長くいればいるほど助かって良いことなのだ。」と思い込んでいました。また、私が、「職員会議や朝集や研修に出ることは、学校や子どもの様子が把握できて指導しやすくできれば職場の先生に取って良いことになる。」「私が管理職の注意を無視して、勤務時間以外までも子ども達と関わり仕事をするということが、大変に忙しい職場では、先生方に取ってはとても助かることになるのだ。」と思っていました。
私は、市内の同じ立場のサポート補助員の人たちと定期的に集まりを行っていましたが、そこでは、「私のように、もっと子ども達と関わっていたい。」と思うのとは反対に、「子育てなどをしているため、今の勤務時間の方が働きやすい。」という人たちとサポートの仕事に対する考え方も別れていました。サポート補助員は、職場ごとに実際の働き方もいろいろで、専科のような働き方をしている人や担任の補助的な働きのみというような人もいて、学校によって様々でした。しかし、この頃では、サポート教員補助員という名前も後から付いたように、時間どおりに勤務時間を守らせるという職場が増え、決められたとおりに働かせる学校が増えたのではないかと思います。
そのような状況の中で私は、「補助的な立場では物足りない。」と言いつつ、「自分としては、担任になる自信もない。」という中途半端な考えでいるために、先ほどのような職場の先生との考え方の違いがでてきたのかもしれません。私自身、本当は、「もっともっと、子ども達に関わって仕事がしたい。」「もっともっと、学校のことを知って職場の先生の役に立ちたい。」と思いながら、長いことサポートの仕事をしていたように思います。