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さいたま市の市費採用の方の仕事がなくなるかもしれない!例年なら、サポートとして来年度も仕事の継続が予定されていたのだが、今年は採用の面接すらおこなわれていない。厳しい年末年始となった。教育委員会との話し合いで次のようなことが明らかになった。1、 体育サポーター、学級学校支援員、サポート臨時教員補助員が統合されて、少人数等支援員となったこと2、 4月からの学級学校支援員の採用数はかわらない。3、 まだ、予算はついていないが、少人数等支援員として各校1名ずつ158人の募集をする。 私にも校長から、面接の書類が渡された。それには、今までのサポート臨時教員補助員という名前から、「少人数等支援員」という名前に変わったこと、また指導できるものとして1、教育相談2、生徒指導3、体育の補助4、特別支援の補助の中で指導できるものを選ぶようになっていた。ねらいはサポートの仕事を今までのものから、体育サポートや支援員の仕事を兼務させるものだった。そのことについてはつぎのような問題点があった。1、 今までさいたま市の教育を支えていた、体育サポーターや支援員の方々の仕事がなくなるかもしれないということ。ただでさえ劣悪な待遇で子ども達への情熱のみでやっていた方々なのにその方々の仕事を奪い生活を成り立たせなくしてしまう。2、 今まで体育サポーターや支援員の方々がかかわることにより教育効果をあげていたのにその仕事をなくすということは関わっていた子ども達にとり大きな損失、子どもにとり大きなマイナスとなる。3、少人数サポート教員は30人学級を実現しない代わりとして8年前に配置された。教育効果をあげるために配置されたのにも関わらず、いろんな仕事を兼務することは教育効果を押し下げることになるのではないか。今でさえ、サービス残業せざるを得ない勤務時間なのに、これ以上あれこれと仕事がふえることは担任の先生方とのコミュニケーションを取りずらくさせ、教育効果はあがらないと思える。(今でさえ、担任の先生との打ち合わせの時間が5時間の勤務時間ではとれない)4、体育のサポートや特別支援の子ども達を個別にみる先生がいなくなるということは、正規の先生の負担を増すことになる。また、私達が体育や特別支援の子ども達の対応を兼務するということは、担任の先生の方でも予定がたてずらく、その時間だけとにかくいてもらえたらというような対応になりはしないだろうか。
June 5, 2011
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3、自分の働きづらさをお互い語り合った 自分の働き方に疑問を持ちながら、その都度同じ立場のサポートの方々と集まり話し合った。先生の中には私達の存在を「必要ないです」というような態度をする先生もいて、心が傷つく。しかし、仲間と話す中で、「加藤さんを必要としている子どもはきっといるはず・・・。担任の先生には言えないことを訴えてくる子どもはいるはず・・・。」と言われ、何か自分にできることはないだろうと思い返す。「とりあえず、使ってもらえないかもしれないけれど教材やプリントなど準備をしておきます。」という仲間の働き方を聞きながら、自分の働き方を振り返ってみる。管理職や正規の先生の対応のひどさに共感してもらいながら、その話し合い中から本来の教育のあり方が見えてくる。「指導しないでください。」といわれ、目の前の子どもをほっておけるのか?時間から時間と割り切って、果たしてそれが子ども達のためになるのだろうか?常に、まわりの先生の状況をみて、担任の先生がやりやすいように配慮しながら、何をしたら良いのか試行錯誤している。自分のおもうとおりにはならないことは多いけれど子ども達にとり良いことであればと自分を納得させている。しかし、このような立場の中で私は教師のあるべき姿を教えてもらった気がしている。常に自分中心に物事を考えてしまう私なのだが「子ども達や先生方のサポート」というこの仕事を通して教師として、人間として鍛えられ、成長させてもらった気がしている。「皆で集まるとサポートの仕事の大切さを確認することが出来ます」と集まりに参加しているKさんはいう。自己肯定感をもちづらい今の働き方を私達は仲間で集まってお互いの働き方や仕事に対する思いを聞く事で、教師としての自分を取り戻してきた。
April 30, 2011
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学校内の研修にも参加できる雰囲気でなく、音楽集会の職員の出し物の練習のために時間外の練習に参加していても管理職の先生に嫌な顔をされるのではないかと気になってしょうがなかった。運動会の打ち上げに参加しようとしたら、用務員の方から「ほんとに参加するのですか?大丈夫ですか?」と何度もいわれ、「自分は参加してはいけないのか」と思ってしまった。同じ立場の教員として同じようにいろんな行事に参加したいと思っているし、子どもからみたら同じ「先生」ではないだろうか・・・。なんともいえないやるせない気持ち・・・。「自分の存在ってなんだ?私は果たして役に立っているのか?」今年はT1をやらせてもらえず、クラスの人数を2つにわけてその1つを担当したり、T2としての関わりしかできない。1人で責任をもって授業をやらせてもえたらと思う。補助員だから「指導をしてはいけない」「ただそこにいるだけでいいのです」「運動会や音楽会は参加できません。あくまでも授業の時の勤務ですから」「あなたがやっている○付けは担任の仕事ではありませんか?」「時間ですから帰ってください。」(運動会の準備の仕事を色んな先生とやっているときに私だけに言われた)音楽集会の教師の出し物の練習に出ようとしたら「時間外ですから無理しないでください」「勤務時間をいつもオーバーしているけど、お給料は時間までしかもらっていないのだから、考えたらどうですか?自分で線を引かないと・・・」「職員会議だから出て行って!」と先生方の前で大声で言われたこと。担当する授業がなく職員室にいると、担任の先生に「手伝って欲しい」といわれたが、校長に空き時間は「教材研究をしてもらう時間だから」と言われ、手伝うことができなかったこと。まわりの先生も私に対して、どう対応して良いか戸惑っていたこと、私もだんだんやる気をなくし、文句をいわれないよう最低限のことしかしなくなったこと、そうすることでますます、先生方との距離が広がり、自分の遣り甲斐、存在感を感じられなくなり職場でも働きづらくなっていった。
April 9, 2011
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1、サポートとしての働き方 今までの悩みや苦しみ、様々な葛藤の中で、思ったこと、それは、同じ職員としてやれることは精一杯という思いで仕事にむかっていこうと思ったことだ。今年はO小で2年目、1年目は1年生の授業をT1でやり、2年生はT2、そのほか、放課後の「勉強の保健室」というところで勉強がわからないところを子ども達が勉強する所を任されている。勤務時間は9時40分から3時25分の5時間勤務なのに、毎日5時、6時までの仕事となり家では教材研究と教師の仕事に専念した。研修も認められず、夏休みなどの長期の休みは仕事を切られ、身分は一般職員の扱いという教育現場になじまない制度としての矛盾は抱えてはいたが・・・。 今年は同じ学校で2年目、T1はできないが、T2として4年生、1年生に関わっている。4年生の授業の単元がとても多く、行事も多く、担任の先生が教材研究や授業準備ができない分、担任と授業についての話をしながら、教材の準備をした。教材研究をし、ポイントを自分なりに押さえ、時々、「それなら授業をやってください。T1とT2でわかれてやりましょう。」といわれることがあり、とても遣り甲斐を感じたりして1年生では、自分の作った紙芝居や教具をつかってもらい、算数サークルで学んだことを話し、取り入れてもらうこともあった。授業の中で、大切なポイントを分かりやすい教具で説明したりさせてもらったりしていた。担任の先生の考えを聞きながら、自分も共に授業を作っていくという姿勢は忘れないようにと思いながらT2として関わっていった。 「勉強の保健室」では毎回5、6名の子ども達と楽しく勉強している。転校してきて居場所が見つからずにいるAちゃん、「私、転校しなければ良かった。」と勉強はしないで私に愚痴を言う。Aちゃんは毎日帰りの遅いお父さんやお母さんをお兄ちゃんと待っている。乱暴ばかりしてしかられてばかりのHくん、家に帰っても、仕事で忙しいお母さんはいない。休み時間に私のそばで安心したようにプリントをやっている。「先生は心の支えになっています。」とお手紙をくれた子育てで悩んでいるお母さん。「教室でY君はやる気がなく他にも手のかかる子ども達がたくさんいて、思うようにみてあげられないのでY君たちがここで勉強してくれて助かります。」という担任の先生もいる。その先生は時々、クラスの子ども達の勉強の様子を見に来てくれる。 人数は少ないけれど、時給1210円の劣悪な待遇の中で、私を必要としてくれる子ども達やお母さんに支えられてなんとか教師の誇りを失わず、やる気を失わず、子ども達のために頑張ろうという思いをもち続けることができた。しかし私達を取り巻く現実は厳しかった。
March 6, 2011
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1.なぜ母親大会に参加するのか 10月に入り、毎週のように埼玉県内の母親大会に参加しています。わたしは、「何のために、なにを求めて、母親大会へ参加するのだろうか」と考えます。今の世の中が「どうなっているのか?どうなっていくのか?そのことを学んだ中で、自分の生き方をみつけていきたい。」そんな思いで母親大会へ参加しています。そして、今自分が臨時教職員として生きていること、生活保護を受けてまでなぜ、教師にこだわるのか・・・?そのことを深めようと思っています。同時に臨時教職員の問題を、矛盾を色んな立場の方に訴える活動を通して人間的な生き方とは何かを自分のものにしたいと思います。2.記念講演を聞いて 和光の母親大会の記念講演として「ジャーナリストから見た今の社会」-報道の裏と表―という講演がありました。まず語られたことは、「今のジャーナリズムが陥っている限界として、「情報独占にあぐらをかいて情報がオープンにされていないことがある。情報を暴露していれば、真実がみえてくるのに、一般の人に真実を知らせない、あるいはゆがめて知らせていることが問題だ」と指摘されました。 そのことを突破するためには、まず、「日本の現実を知り、なにが問題かをときほぐしていくこと」と話されました。例えば、「沖縄の問題がある。日本の国土の中で沖縄は0、6%しか占めていないのにその沖縄に在日米軍基地の74%が集中していることや普天間基地は「世界一危険な基地」といわれているが、普天間基地のような基地はアメリカ本国ではありえないこと。唯一の地上戦の被害者である沖縄にたいして真実を伝えないことで、沖縄にたいする差別と分断を作っている。」と語られました。 また、「派遣労働者、下請け企業から見える日本の現実や農村、過疎、シャッター通り商店街から見える日本の現実を知り、厳しい現実の中で色んな人がいろんな努力をしていることを学ぶ必要がある。そして、それらの現実を最終的には日本国憲法と結びつけて考えていく必要があると」語られました。「メディアというものはそのようなきっかけを作り、地域を越えて人間同士がつながり世の中に変える可能性を持つのではないか。人間同士を分断する支配者としてのマスコミとなるのではなく孤立化、分断化をなくし互いに結びつける働きをマヌコミはするべきではないか」と話されました。 「大局的な立場に立ち、第三者的な立場に立つ報道が新聞の価値であるが、(実際にはありえないが)しかし、今、マスコミに求められているのは、なにが大切か、本質を見る目をいかに育てるかということである。次から次へとという客観的な行動主義の訓練はするが、当事者の目線でみるという教育を記者はしていないという。これからは、マスコミは、差別され、貧しさの中で苦しんでいる人の立場に依拠して立つという大転換をしていく必要があるのではないか」と話されました。 私はこの講演を聞いてこんなことを考えました。どんな職業であれ人間としてなにを大切に生きていくのかを考えていくことが必要ではないかと思いました。常に、苦しんでいる人、差別され、弱い立場にいる人、そんな人達に対して思いをいたらせる生き方を貫いていくことが、大切ではないかと考えました。自分に与えられた仕事の中で、何を大切にしていくのか、仕事をとおしてなにをしていくのか、自分の足跡にはなにがのこるのか、「弱い立場の人達の立場にたつ」という生き方を確立していくことこそどんな仕事につこうと大切にされなければならないことだと思いました。
November 14, 2010
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1.就学援助について 生活と健康を守る会のSさんから「就学援助について」問題提起があり、そのことについて、みんなで学習しました。Sさんの説明によると、「川口市では、生活保護を受けている人が市民の1%を超え、ここ2、3ヶ月で2000人の方が、生活保護を受けました。そのことは、現実問題として、自立して生活ができない人たちが増えているということと、生活保護を受けることに抵抗がなくなったのではないか」と考えられるそうです。生活保護費は国が85%、市が15%を負担しているそうです。就学援助に関しても、受給したいと思う人が増えているにも関わらず、地方分権の流れの中で、国庫補助を、要保護世帯に限定しそれ以外の準要保護世帯については使い道を限定しない交付税交付金にしたそうです。そのために、交付税交付金を、生活保護費の方にお金を廻したり、道路の整備などにも廻したりして就学援助に廻すお金が少なくなるそうです。就学援助の対象世帯の収入の目安は年収350万円とするそうですが、その中にクラブの活動費や修学旅行の実費全部を支給するように働きかける必要があるということです。Sさんが最後に強調したことは、「今後、まず、広く市民に就学援助のことを知らせ、利用してもらうことが大切だ」ということでした。 2.憲法25条の精神を学ぶことが大切私は、この学習会の中で次のようなことを感じました。国は、憲法25条に在るように、人間として生活できる最低の賃金を保証しなければならない義務があるのです。そのことは、国に「保証しろ」と要求することが、生活保護や就学援助を利用するということになるのではないかと思います。しかし、一方では、どうしても「生活保護や就学援助をもらうことは恥ずかしいこと」という思いがまだまだ多くの人たちの中にあると思います。「生活保護なんて」という意識や「なるべくなら就学援助はうけないようにしよう」という意識があるとしたら、私達はもっと生活保護、就学援助について学ばなければならないと思います。憲法に保証されている人間らしく生きていくことを守りぬくためにも、生活保護や就学援助について学ぶ必要があると思いました。 3.生活の困窮を克服するために不況が続いていますので、貧困の中で苦しんでいる親や子ども達をこれからもっともっと目にする現実があると思います。その時に人間の幸せに向かって、生活保護や就学援助について正しく伝え、援助する必要性を感じています。私も自分が生活保護を受けるようになってから初めて生活保護について学ぶ機会を持つことできました。そして教師として何とか心落ち着けて仕事ができることが可能になりました。友人や親戚に「考えが甘い。もっと働いたら。」といわれ、悩んだこともたくさんありましたが、生活保護を受けることで多くのことを学ぶことができました。とても得がたい貴重な経験だと思っています。生活の困難さを個人の問題にするのでなく、ひろく制度の問題としてとらえ社会的に解決していこうとすることは、生活の中でたたかうことになるのではないかと感じています。人間を社会的に捉え、さまざまな矛盾を社会的に解決していこうと考えることは大切なことではないかと思いました。
October 22, 2010
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1.分科会にて 9月26日、草加の母親大会に仲間とともに参加しました。そこの事務局には「すすめる会」の会員の人がおり、私達「すすめる会」のチラシを「とてもよい資料ですね」と言って、母親大会に参加された皆さんに配ってくれました。 分科会のテーマは「居心地のいい、一人ひとりが楽しく、気持ち良く生活できる学校を」というものでした。分科会では、お母さんやお父さんたちの子育ての悩みが語られました。 1年生の子どもを持つお父さんは、「子どもが体育着を忘れて、パンツ1枚で体育をやらされ、学校に行くと担任は何も言えずしどろもどろだった。」という話や「我が家の次男は授業についていけず、40分間の家庭学習がとても苦痛で、学校の勉強についていけていないようだ。自宅に帰ってから、放課後のタイムスケジュールを書かせるが、そのやり方についていけずに家庭の団欒のようなことまでは書きたくはないと連絡帳にこちらのペースで書かせてもらいます。」と書いたそうです。 「勉強の方もとても難しくなり、以前は4年生の3学期で勉強した円と球という内容が、今は3年生の1学期に出ている」と話されたお母さんもいました。 また、子どもの様子から、「学校では子どもは疲れているのではないか?」「ゆっくりする時間がないのではないだろうか?」「学校の中で楽しみをみつけられないのではないか?」「どうにかして、次の日に希望をもてるような楽しみをもてるような学校にならないものか?」という意見もありました。 先生に望むこととして「親が誉めるより先生が誉めることが、子どもはとてもうれしがるから、先生はもっと子どもたちを誉めてほしい。子どもは、誉めてもらい、自分に自信がつくと自然に落ち着いてくると思う。」というような要望もありました。さらに、「先生は、どんなクラスを作っていくのかきちんとした方針を持ってほしい。」という意見などもありました。 私はこの分科会に参加して、改めて「教師とは何なのか?教師の仕事とは何なのか?教師としてどんなときに誉め、どんなときに叱るのか?をはっきりさせることが大切だ」と思いました。また、「どんなクラスを作るのか?子ども一人ひとりにどのように対応していくのか?」を考えていくことも大切であると思いました。 人間としてどう生きるのか、「そこには臨時の先生も正規の先生もありません。人間として豊かに生きることを追求していくことが教師として求められている。」と感じました。 私が仲間と共に取り組んでいる、臨時・非常勤の教職員制度の改善運動もそこに自分の教師として、人間としての学びがなければ意味がないと思います。そして、人間的に豊かになる運動を仲間とともにめざしていきたいと思いました。2.全体会にて 全体会での講演は、「学校、地域で、今、子ども達は」という演題でした。 今の子どもたちは、PISAの学力調査によると30ヵ国中6位という結果にマスコミも便乗し「ゆとり路線」から授業時数も増えていきます。 学力テストに54億円もかけ、民間に○付けまでしてもらっています。一方、教科書も変わり、次のような変化があるのではないかと言われました。1.国語の学習では、心を豊かにする文学教材というよりも活用力をつける教材が増え、雑学的な内容に変わっていく。2.神話が教材として入ってくる。3.ふり仮名をふれば、習っていない漢字も入ってくる。 などの問題点が話されました。 しかし、今現在でも問題点もあり、その一つに国語では1年生でひらがな、カタカナ、漢字を習いますが、「短期間のうちに、濁音、半濁音などあわせると600字も書けないと作文が書けない。」ということになっています。だから、高校生になってもていねいに字を書けない、書き順もめちゃくちゃ、ひらがなもきれいに書けないということがおきています。 また、性教育が大切にされていないために「人間に対する愛」について学ぶ場がないということです。 さらに、「子どもの貧困、孤独化だけではなく、子ども達は大きな声をあげて、のびのびと、怒られながら育っていくというのが本来の姿なのですが、エアコンのきいた部屋でゲームをし、活気があるのは、ディズニーランドで、町が子どもにとってゴーストタウン化しているのではないか」という話もありました。 子ども達が大切にされていない困難な現代をどう生きるかは難しい問題ですが、「学校においては、大人が子どもに合わせるのではなく、子どもに大人が合わせて、授業の工夫をしながら大人も含めて、お互い、つながりあうことを大切にしていこう」という話になりました。 格差が拡大している現在の社会の中で、人と人が繋がりを作ることで、支えあいながらお互いの困難さを乗り切っていけるのではないかと感じました。
October 9, 2010
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1,日本母親大会へ参加! 8月28・29日と福島県で日本母親大会が開催されました。私の日本母親大会への参加は、今年で3回目の参加となります。今回は、自分から「すすめる会」事務局会議で「参加させて欲しい」とお願いしました。その理由は、「教育をよりよいものとするために、臨時教職員の多くの矛盾点、問題点を更に広く知って欲しい。全国の皆さんと共に考えたい」という願いからでした。 全国から13,000人もの参加がありました。2、全国の母親達の闘いに感動! 全体会では、「平和と健康は幸福の必要条件―憲法的人間像を求めて」という演題で講演がありました。 戦争は特に、子育てや生活を背負っている女性の健康を損ない、負担を強いるものであるということから始まり、1814年以来ずっと戦争をしていないスウエーデンと比べると、日本は1814年の明治維新から50年間ずっと戦争をしていたため、福祉にかけるお金のストックがなかったそうです。スウエーデンは、戦争をしない代わりに財政をストックし、福祉のためにお金を使うことができました。今、社会保障の機能が充実しているスエーデンと比べて、日本の場合、所得格差はそうでもないが、社会保障や税に格差があります。しかも、「構造改革はどのような人間をモデルにしているか、それは物事を金のあるなしで決める人が良い人、金儲けが大切という人たちを作ってしまった」と話されました。私はこの話を聞いて、真実を知ることの大切さ、その中で人間らしく生きることは何なのかを考えました。 次に、この1年間、全国各地域で闘っている女性達が舞台にあがって自分達の闘いの報告がありました。不当解雇をたたかっている社会保険庁の方、資生堂で働く中国の方は、口紅を作る仕事に誇りを持ち、同じく不当解雇に対して闘いを挑んでいました。闘いに立ち上がった7人のうち、4人は子どもがいて、子どもと共に舞台の上で自らの状況を訴えていました。また、別の会社で闘っている女性の半数はシングルマザーだということでした。福島の農民連の方や遠く宮崎からは、「口帝疫の問題はあるが、私たちは負けない」と発言されていました。 高齢者の年金者組合からの話し、福島で墓石屋や林業をやっている母ちゃんたちは、年間の消費税を支払うために3ヶ月間弁当屋で働いて支払っているという実態をコミカルに話されました。 子どもと教育の問題では、「東京は、オリンピックのための土地を確保するための埋め立てのお金には相当のお金をかけました。しかし、認可保育所はお金がかかるために、民間に任せ、そこでは、延長保育の時は子どものタイムカードがあり10分単位でお金が加算される」という報告がありました。また、北海道の特別支援学校の先生は、「学習指導要領から逸脱すると市民からの通報があったり、52項目もの聞き取り調査をしたりして、学習指導要領からの逸脱をチェックしている」と話されました。 男女の健康格差が世界101位の日本では、子宮頸ガンで命を落とす女性が年間3,500人もいること、何とかそれを救おうとワクチンの投与を始めている自治体が増えてきたことの報告もありました。 平和の問題では、戦争中に、兵士を慰め、暴力的に監禁され性奴隷とされた従軍慰安婦の問題、962億円もの支給漏れのあった戦没者の遺族年金の問題、治安維持法の問題なども高齢者の方々が暑い会場で署名活動をされていました。 死の灰を浴びた第五福竜丸が戻ってきた焼津の町が長崎、広島に続いて、被爆三県の認定を受けようとしていること、焼津の町の過半数が「核兵器反対の署名」をしてくれ、一人ひとりの草の根から平和の運動を広げているという話、また、奄美大島を代表して、「鹿児島の徳ノ島は、長寿日本一、子どもの出生率の上位を徳ノ島の町が独占しているこの町に絶対米軍の基地は作らせない」と発言されました。「アメリカの世界戦略に巻き込まれるのは絶対にいや!」「日米合意を撤回させるまで、沖縄を孤立させてはならない!」と話されました。 子育て、教育の問題、医療の問題、高齢者、平和の問題いずれも女性として生活の問題と深く結びついて考えざるを得ない切実な問題だと強く感じました。「小児マヒを予防するワクチンを欲しい」という運動を広げていった母親運動が様々な矛盾が吹き出ている現代こそ必要ではないかと感じました。 3、熱心な話し合いに考えさせられた分科会!「子どもの生きる権利と貧困」という分科会に参加しました。そこでは、様々な貧困の実態が話されました。 例えば、活動を選択する際に「中学時代にブラスバンド部でトロンボーンを吹いていたが、その部は遠征もあり、毎月5,000円もお金がかかる。お金のかからない陸上部に入った。それほど足は速くはないのだが・・・」という話や、「父親は行方不明、母親は定職につけない。上に兄弟はいるが、自分の周りにめざす大人がいない。そんな絶望感から、毎日学校へはくるが、何も持ってこない。どのような家庭に生まれたかで、その子の人生が決まってくる。何とか学校で希望を持たせたいと思う。そのために教育の無償化は必要なのではないだろうか。」という切実な意見もありました。また、高い収入があるのに、夫が妻にお金を渡さない、離婚に近い夫婦関係で経済的な夫からの暴力を受けている場合もあるという。一方、サラ金で身を隠している家族もいる。 そういった中で、いろんな人が就学援助を受けられない状況にある。そのことは、「子どもの発達が阻害されていることに繋がっているのではないだろうか?」という意見もありました。「大変に厳しい社会状況の中に、保護者が生きているということを、もっと教師は実感すべきなのではないか。」「学校に学用品を持っていかなくとも授業が受けられる世論作りをしていく必要があるのではないか。」また、「父母負担のことも教師が良く知ってどんな教材が必要かを考え、支給方法などを考える必要があるのではないか。」「教科書以外のワークブックは無償と認められないのになぜ学力テストは公費でやれるのだろうか?」という意見もありました。 食育とは、同じものを食べて会話がはずむこと。弁当を隠して食べた時代から給食の時代になった。しかし、時代は逆行して、例えば、高校のランチルームで食べる弁当はプリペードカードを購入してから事前に予約しないと食べられないところもあり、そうなると、そのカードを買うお金かないということが生まれ、昼食を食べない生徒がいるそうです。 「娘の夫がリストラに会い、子どもの支援を祖父母の立場でしようと思ったが、ずっと続けて援助できるわけでもないので、娘夫婦は就学援助を受けるべきではないかと思った」というような発言もありました。また、「憲法26条では『義務教育はこれを無償とする』とある。就学援助を受けることは、生活の中で闘っていくことにつながるのではないだろうか?」という意見もありました。「以前、インドネシアに行ったときに、貧富の差がとても激しいと感じた。レストランに行く観光客に傘を差し出す子どもがいた。」「今の日本も経済的な格差が大きいと感じる。図工の作品を見ても、親は忙しくて学校のことに関われないと、そんな子どもは図工の材料が揃わず、道具も少なく創作意欲も沸かないため、できた作品に差が生じるのではと感じる。」「一部の子どもというのではなく、すべての子ども達、誰でもが安心して教育に関われるようにすることが大切ではないかと感じる。」との発言もありました。このように分科会では、今の現実の厳しさが多く語られました。 私は、いろんな発言を聞いて、「誰でもが安心して教育に関われるように、教育費の無償化は大切ではないか。」と思いました。大人が作った貧困と格差の社会に中で、苦しんでいるのは、弱い立場の子ども達ではないのだろうか・・・。その中で、就学援助を申請し、安心して教育が受けられるようにすること、自分自身が行動をする大切さを感じました。そのことは、生活の中で闘うことになるという意見がありましたが、今まさに生活保護を受けながら教師を続けている私も生活の中で闘っているということのなるのではないかと思いました。 より良い教育を求めて、また、労働者として生きる権利を求めて、就学援助や生活保護をうけることは、広い意味で社会をかえることに繋がっているのかもしれないと感じました。 すべての子ども達が安心して教育を受けられるようにするということと臨時教職員が雇用不安を感じることなく、安心して教育に専念できるということは、つながっていると感じました。臨時教職員の雇用の継続や待遇の改善は、子ども達により良い教育を保証するためになくてはならないことだと改めて感じた分科会でした。
September 26, 2010
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1.記念すべき宮城集会 全臨教への参加は今年の宮城で15回か16回目の参加になると思います。最初の頃の1、2年は、私は子ども連れの参加でした。私にとっては、今回の全臨教は、特に「6年ぶりに採用試験が受けられるようになった」という点で、自分にとって、記念すべき集会でした。又、夜の分科会に初めて、「非常勤のしゃべり場」ができたこともうれしいことでした。 早速、胸躍らせて、「非常勤のしゃべり場」へ参加したものの(当日は書記のような役目をする予定であったのだが・・・)、進行が難しいと感じました。非常勤として、参加者は色々な思いを抱え、仕事をしているが、その思いを率直に語って欲しかったが、どのようにすれば、もっとそれができたのだろうか・・・。制度の問題を語ればきりなくあると思うが、それだけでは、不十分だと感じました。「自分自身のこの取り組みに対する考え方が安易すぎたと反省しています。どんな集まりにし、それを受けて、どんなチラシを作るのか、更に、深く考えるべきであったと思います。参加者の「非常勤としての思いをもっと聞きたい」「思いを語りたい」という期待にあまり答えられなかったのではないかという課題を残したのではないかと思います。どのようにすれば、お互いの思いがもっと語れたのか、今後の課題にしたいと思います。2.文科会での熱心な討論に感動 翌日の分科会は分科会の1、「採用制度の改善」に参加しました。人数も多く、難しい分科会になるのではと思っていましたが、司会者の「受験している人の思いを受け止める。自分の思いをぶっちゃける(温泉に入って、ゆっくり体を解放するように?)ような分科会になるといいと思います。」という発言から始まりました。参加者の思いを語ることが大切にされた分科会であったので各県から色々な発言がありました。 A:採用試験は10回受けた。二次までいったのは4回。試験に落ち、「自分は教師にむいていないのか」と思う。高校で臨時教員をやっているが、採用試験の時期と文化祭が重なり、準備は生徒達とやるが、文化祭当日が採用試験と重なる。そのために、臨時教員が文化祭当日いない。ごそっとぬける。生徒に説明しても、生徒はよくわからないかもしれない。一次合格した人は、翌年は、一次免除にしてほしい。 B;私は20回も採用試験を受けて、不合格だった。採用をあきらめていたが、愛知で特別選考が実施され、「やっぱり自分は採用されたい」という要求に気づく。 特別選考で自分も含めて、長期の臨時教職員が採用され始めて、職場の雰囲気が変わってきた。いままでは「採用試験に受かるように勉強しなさいよ」と言われていたのが、「なんであなたがとおらないの?」職場の校長も「なんであなたが試験にとおらないのか校長会で聞いてみる」というようになってきた。面接試験も、「どんな先生が必要なか」を問う面接試験でなくてはならないと思う。勉強はしたほうが良いが、「教師の質は勉強ができることが大切なのか、それとも、経験が豊かで子どもに寄り添える教師が欲しいのか」を面接官に聞いてみたい。特別選考で50歳代の方が2名合格した。そのことは、教育の充実に繋がっている。 C:毎年6年生をもつ経験のある臨時の先生が合格しない。1年毎に臨時の先生がかわり職場では、やりにくい。自分は正規だが、少しずつ勉強して、改善していきたい。 埼玉で行われている特別選考は本来の特別選考にはなっていないのではないか。試験の成績の前に実際の学校での経験が何より尊重されるべきなのだと思いました。現場でのそれぞれの頑張りをもっとお互い尊重しあうことが大切ではないかと思ったし、多くの人達にもっと現場での自分の働き方について話し、自分の思いを訴えるべきだと思いました。 1.採用試験に対する思い 2.正規採用に向けた思い 3.教育実践への思い 4.長いスパーンでの自分の人生の中での採用試験の位置や思いなどを語りあう必要性を感じました。仲間との話合いの中で、自分の考えも深めていきたい。自分だけの正規採用化ではなくて仲間とともに正規をめざす、そのような取り組みを今後埼玉でもやっていきたいと思いました。 愛知のように、粘り強くやっていけば、応援する組織や、応援する人がいれば必ず、正規採用は、勝ち取れると感じました。 特別選考をかちとることがまず大きな第一歩になったのだと思い、サポート教員の特別選考の意味の大きさを感じさせられました。 「一般職員の位置付けでしかなかったサポート教員が特別選考の対象になったことは、教員であるということを認めさせことで、すごいことだ」と指摘され、初めてサポートの特別選考の意味がわかったような気がしました。今後このことを大切にして採用試験のことを仲間の問題として考え、みんなで話し合いをしながら大事に進めていきたいと考えています。
September 4, 2010
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1、サポート教員が必要な状況だが・・・。 私はさいたま市の小学校でサポート臨時教員補助員として働いて今年で6年目になります。勤務時間は9時40分から3時25分の5時間です。時給は1210円です。夏休みなどの長期の間は仕事がきられるので、年収が80万円にもなりません。ダブルワークもしましたが、教育の仕事に専念したくて、サポートの仕事についた6年前から生活保護を受けてなんとか生活しています。 職場では算数の授業に担任の先生と一緒にクラスに入り、わからない子ども達に個別に算数を教えたり、時には、先生と交代して授業を進めたりもしています。忙しい先生のかわりに、授業の導入で使う具体物や復習用のプリントなどを準備したり、教室にはる学習している単元に必要な掲示物を作ったりしています。 サポートに入っている正規の先生方が「忙しすぎて、自分のやりたいことの半分もできない」「提出する書類や親との対応など体面ばかりを保つことばかりが、重視され、子どもとの関わり方こそが大事なのにそれは大事にされない。こんな教育現場でやっていけるのかと辞表をかばんに入れて毎日学校にきている。」と話しをされる方もいるのです。このように、忙しすぎる現場で悲鳴をあげている先生達を目の当たりにして、なんとか負担を軽くしたいと、授業のことや、子ども達のことなどなるべく話をしながらまた、先生達の話も聞きながら、サポートの仕事をやっています。 また、勉強の保健室という所で、放課後の補習を任されています。勉強をもっとわかりたいという子ども達が10人前後やってきます。なかには2年生なのに、1年生の足し算、引き算ができないという子どももいます。お母さん方がお迎えに来て、勉強に遅れがちな子どもの話や子育ての不安など話をされていきます。中には、授業中に教室にいなくて、保健室に来るMちゃんという子どもがいて、担任の先生とその子の対応について話をしながら「一緒にMちゃんをみていきましょう。」と担任の先生から話をされたりしています。大変な子ども達が増え、忙しい現場では、私達サポートの必要性は、年を追うごとに大きくなっているのではと感じています。当然勤務時間はオーバーし毎日サービス残業となっています。2、サポート教員としての働き方は・・・ 今年は1年生と4年生の算数の授業に担任の先生と一緒に授業に入っています。同じ学校に2年目ということもあり、管理職の先生が代わったとはいえ、人間関係ができている先生もいて1年目より自分の居場所を感じることができ気持ちの点で随分と違います。立場が正規の先生と異なるだけに、同じ学校で仕事ができ余計な気苦労(自分は役にたっているのだろうかという思い)が少なく、その分、何か自分にできることはないかなと回りの様子をみることができるようになりました。 1年生や4年生の算数では、授業について「こんな所で子ども達が躓いているようですね」とか「こんな用具を使ったらどうですか?」と自分の意見を言ったりしています。先生がやり易いようにというより少し意見が違っても子ども達にはこれが大切とおもうことについて話すようにしています。その点が昨年と違う点です。そのような対応でよいのか分からないのですが、自分が主で教えた場合はどう教えるかということを考えながら授業に関わっていると、知らず知らずのうちに先生に自分の感想や子ども達の様子など言ってしまいます。 ある時、4年生の先生に、子ども達がわからない様子なので、「別のやりかたでやってみては・・・」といったので「月曜日は加藤先生が授業をやってください」と言われサポートなのに余計なことを言ってしまったかと悩みました。しかし、当日は「加藤先生の授業を楽しみにしています」と担任の先生にいわれ夢にまで見た授業ができとても幸せでした。 サポートは、「あくまで、担任の先生の補助であり、担任の先生がやり易いようにやるべきなのでは」と同じ仲間のサポートの方に言われたりもしました。しかし、私は、「同じ教育を担う教師としては、対等ではないか」と考え、自分の意見や指導方法などサポートという立場ではあるけれども、自分の意見をだすようになっていきました。3 仲間づくりがすすまない! いろいろな働きかけをしましたが、なかまづくりは思いように進みませんでした。その大きな理由は私自身の中にありました。「仲間を大切にする」「仲間と話し合いをしながら、仲間の願いを大切にする」と言うことを全臨教の集会に来るたび全国の仲間から教わりながらここまできたのだが、どうしても自分の思いで仲間を引っ張ってしまうことが続きました「何のために話し合うのか!」という位置づけもできず、仲間にも語ることができず、それぞれの思いを大切にできず何年も経ってしまいました。きちんと自分の思いを語り、相手の思いも充分に聞き、一致する所はどこなのか、どこが違うのかはっきりさせながら、話合いを積み重ねていかなくてはいけないのではないかと思いました。 私の中に埼玉の仲間に言われるように、「0%か100%か」という考え方が根強くあり、「どうしても自分と意見が合わないと、駄目な人、」「この人と自分は違うから駄!」というように相手を切ってしまいます。そんな私にとって、人と関係を作っていくのが自分の大きな課題でした。自分にとって都合がよければ良い人、一緒にやっていける人という考えからどうしても抜け出すことができずにいました。どんな人とも手をつないでやっていくことや、例え30%でも良いから進歩したことを大切にしてやっていくことができないでいました。 4、本当の自立を求めて 試行錯誤を続けながら、サポートの仲間作りを続けてきましたが、教職員の組合で私達非常勤だけでなく、さいたま市で働く28種類もの非常勤、派遣の方を対象とした「話しを聞く集い」をひらいてくれることになりました。それへ向けて、サポートの方の意見を聞きました。自分の意見だけでなく、仲間の意見として次のような意見をまとめることができました。 このまとめた意見を教職員組合で開いてくれる「話を聞く集い」にもっていくつもりでいます。 自分の思いを大切にするのではなく、「自分はさておいて、相手を大切にする中に本当の自立がある」と仲間にいわれ、その言葉の本当の意味はまだ分からないのですが、目指すべきは、長い間自分がそうなりたいと願っていた「本当の自立」です。 これまで、埼玉の臨時教職員の仲間や、「埼玉県臨時教職員制度の改善をすすめる会」のメンバーを中心に臨採の雇用年齢撤廃、採用試験の受験年齢撤廃と次々と運動を推し進めてきました。その運動のお陰で、私は6年ぶりに採用試験を受けることができるようになりました。しかも、教員ではなく一般職員の扱いとしかみなされていなかったサポート教員が、特別選考の対象になり筆記試験が免除となり、受験できました。それは、「臨教運動というのは加藤さん自身の成長にある」といわれそれぞれ不充分なものを抱えながら、仲間が、協力し、支えあったからこそ、少しづつ、前進してきたからこそと思います。また、「自分自身のそれぞれの課題をお互いが、学びながら、運動を、より良い方向へ向かって、改善していった」ということの中にあると思います。 臨時教職員の運動は決して一人ではなしえない事です。だからこそ、お互いがそれぞれの良さや不充分性を認め合いながらやっていかなければ本当の前進はないものだと思いました。一人でもこの運動をやるという思いと仲間の思いを大切にしながら思いを重ねて、つなげていくことが大切ではないかと思いました。その運動の中に「本当の自立」があるのではないかと思いました。まだまだ不充分な自分ですが、仲間と共に成長しながら、サポート教員の待遇改善を求めて、仲間を信頼し、運動を進めていきたいと思います。
August 22, 2010
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1.採用試験を受験できないのにサークルに関わることは 私は、結サークルを10年前程に仲間と共に作ってから何年もの間サークル長としてサークルに関わってきました。また、採用試験は何回も受けましたが、採用試験の年齢制限のためにここ6年は受験できませんでした。 私は、採用試験を受けられなくなった時、「サークルにいくことをやめてしまおうか」と思いました。しかし、勉強会に参加していた仲間達から「ぜひ、サークルに来て欲しい。加藤さんがいるから、私達はここへ来るのです」と言われたり、また、試験に受からなかった仲間からは「来年試験頑張りたいから、一緒に頑張って欲しい」などと言われました。 私は、「試験が受けられないのに」と言う思いはありましたが、仲間達の「教師になりたい」という願いは自分も同じだと考え、「その気持ちを大切にしよう」と考え、試験は受けられないけれどもサークルに参加して来ました。 でも、サークルをやって「つらいな」と思うこともありました。自分は一次も受からないのに、二次対策の連絡を一次合格した人たちにしたり、他人の論文を見たりする時には、私自身つらく感じて、そっと勉強会の会場から出てしまったこともありました。それは、ちょうど花火をやっていてそのきれいな花火に慰められたことを思い出します。2.6年ぶりに試験を受けられるようになって しかし、今回6年ぶりで教員採用試験を受験できるようになりました。 それは、埼玉県臨時教職員制度の改善をすすめる会を中心に、50歳の雇用年齢制限の撤廃、続いて、採用試験の受験年齢制限の撤廃が実現し、私の勤めるさいたま市でもようやく今年から、58歳まで試験が受けられるように変わっていきました。 しかも、昨年から、さいたま市では、サポート教員という非常勤も特別選考の対象になったのです。 私が、今年から採用試験を受験できるようになったのは、多くの県民の「どんな先生が子ども達には必要なのか?」「教員採用試験とはどのような制度にすべきなのか?」「臨時教員の経験はどうなるのか?」ということや、サポート教員自らが声をあげたり、自分達の働き方について、市教委の交渉の場や各地域の母親大会などいろんなところで訴えたりしたこともあるのではないかと思います。3.サークルで大切にしてきたことは・・ 私は、「より良い教師を目指したい」という仲間の声に押されながら、今日までサークルを続けてきました。 正直大変だと思うこともありました。会場を押さえたり、サークルの連絡をしたりということはもちろんですが、サークルの内容をどのようにしていくのかという事が一番大変でした。サークルとして、お金もうけでやっている塾とは違い、私達のサークルはより良い先生を目指すためにあるから「果たしてサークルの内容が、参加者同士で競争になったり、足を引っ張りあったりというものでなく参加した一人ひとりを大切にできただろうか」という点が毎回とても心配でした。 その時、一番大切にしたことは、「サークルが、ただ試験に受かるためだけでなく、目の前にいる子ども達のためにより良い先生を目指すことを大切にするためにある」と言うことでした。だが、サークルを運営する立場の仲間同士どこまでそのことが意思一致できていたのかが、課題の一つでした。 サークルで勉強した参加者の中には、「加藤さんに色々教えてもらってお陰で試験に受かりました」といって正規教員になった仲間が何人もいます。その方たちが、翌年採用試験の面接のポイントを私達に教えにサークルにきてくれました。 私が6年ぶりに採用試験を受けられたことは「あきらめなければ、正規への道も夢ではない!」という点では、大きな意味があったように思います。4.不合格通知を受け取って 私は、6年ぶりに今年試験を受けるにあたって、「自分が、どんな心構えで試験を受けるのか!」がはっきりしなかったように思います。 私は、せっかく試験を受けられるようになったのに、「どのように今回の採用試験を受け止め、それに向かって取り組んでいくのか?」と言うことが、自分の中ではっきりしていませんでした。「試験を受け合格することが悪いこと」と言うように感じていた自分もいました。仲間に本当の自分の気持ちを言えずにいました。そのことは今後の課題にしたいと思います。 しかし、6年ぶりに試験を受け受けた感触も良く、「もしかしたら・・・」と期待したが、一次不合格という結果をもらい、「理不尽だ!」という思いと「やっぱり」という思いと両方でした。 私が自分のサポート教員としての働き方の実態を訴えれば訴えるほど市教委にとって、そのことは、嫌なことだったと思います。そんな私を合格はさせたくはないと考えます。何としても正規の教員として教壇に立ちたいという私の思いは叶いませんでした。 「採用試験とは何でしょうか?」「教員免許を持っているのに今更なんで採用試験が必要なのだろうか?」「しかも学校現場にたち、子どもとの関わりを作れているのに。」「合格した人とそうでない人とどこが違うの?」と思います。今の採用制度とは何でしょう? 考えれば考えるほどわからなくなってしまいます。 自分の不合格と仲間の不合格を重ね合わせながら、共に、教員採用試験について考えてみたいと思っています。残念だった仲間達と集まりをもち、それぞれの思いを語る中で、そのことを深めていきたいと考えています。
August 9, 2010
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前回の記事で様々な集会に参加する中で、5月29、30日群馬の高崎において全臨教東日本ブロック集会に参加するためのカンパを募ってきたことを書きました。 今回は、私と一緒に参加した仲間の文章を紹介したいと思います。 彼女は介護福祉士として働きながら、私達とともに臨時教員の問題に関わってきてくれました。今は常勤として働いていますが、長年、私と同じように臨時として働いてきた経験を持つ方です。福祉の現場はとても厳しい労働条件であるということは一般にも知られつつありますが、やはりここでも、正規ではなく、臨時で雇われている安価な労働力にささえられているのだという実態がわかります。1.全臨教東日本ブロック集会でお会いした素晴らしい臨時教員の皆さん 今回は、支援してくださる皆さまからのカンパで私も参加できました。私は、教員ではありません。 介護福祉士として常勤で働いています。2年前までは、登録ヘルパーとして2箇所の事業所に登録して働いていました。登録の場合は、介護福祉士の資格が時給に反映されないところがほとんどです。「同じ仕事をしているのに、時間数が少ないから時給制であり働いた時間だけの保障」という点では共通したものがあります。 初日の全体会での萩トモロー先生の似顔絵講座は、「正直どうしようかな?」と思っていたのですが、楽しい話術で笑わせて下さいました。「描こうとする人の特徴をいかに掴むか!」なのですね。 教師生活最後の2年間に発行した学年通信にも、先生が子ども達をどのようにみつめていらしたか、導き元気づけてこられたかがよくあらわれていました。 先生の話術にうまくのせられ(?)サッカー全日本の岡田監督、鳩山総理、岡田外務大臣、小澤幹事長を描いている自分がいました。 先生曰く、『観察』と『イメージ化』と『 練習 』あるのみだそうです。家に帰り息子に見せたら「小澤はあまり似てないけど、結構いい線いってるじゃない!」と誉められ(?)ました。2.なぜ?実績ある臨採の先生を正規採用にしないの?記念講演は、埼玉で長年にわたり臨時教員として高校に勤務されているM先生の歩みでした。勤務校でのエピソードやM先生の活動が語られました。終始淡々と笑顔で話され、M先生の人柄が感じられました。あまりの長期にわたる臨時教員としての歩みに驚きました。と同時に時間が足りず、肝心の「なぜ臨時教員としてここまで頑張れたのか」という一番聞きたかったことが聞けずとても残念でした。M先生のように、現場で経験を積み、正規の先生と同じように生徒に接していらっしゃる先生方を埼玉県教委は、「なぜ、正規に採用しないのか!」という怒りを新たにしました。夕食交流会は 、例年に比べ参加人数が少ないように感じられましたが、ビールと食事をおいしく、楽しくいただきました。埼玉の1人1人のメッセージもよかったです。中でも 正規の先生であるS先生の「今、何が問題で理不尽であるか」「今後私たちが何をすべきか」が、短い時間の中でしっかり話していただけました。交流会の後、「すすめる会」のメンバーへのTV取材がありました。私も市民としての立場、母親の立場で思っていることを言わせていただきました。3.第3分科会「教育実践・明るくグチをこぼし合おう!」で感動的な話を・・・「いろいろな先生の生の声を聞いてみたいな」と第3分科会に出ました。分科会でのA先生の話はある面ショッキングでもありました。臨時教員故に「自分の机が無い!」「教材研究もソファーでやったりした!」「正規の先生と同じように仕事をしているつもりなのに、その収入たるや生活するのに足りるものではなく、月10万円」と嘆いていました。財布の中に70円しか入っていなかった時もあったそうです。「お弁当も妹さんの分を半分わけてもらったこともありました。」とも語られていました。2年目の時、教師を辞めようと思ったそうです。しかし、思いとどまり、他の先生達と一緒に今の制度改善に向けてがんばっていらっしゃいます。4年目に常勤の口があり、決まった時は思わず泣いてしまったそうです。常勤で授業をしながらの受験勉強は大変だけど、18年目、今年は絶対受かりたい!ということばに熱い物が伝わってきました。次のK先生のとても前向きに授業・運動に取り組んでいらっしゃる姿に感動しました。臨時教員暦10年。最初から教員ではなかったそうです。彼が、学校に行ったら、いきなり「○年生の○○の授業をやってください」と言われ、困惑したそうです。いろいろな教科のサークルに出て勉強をしたそうです。同僚の先生からは「何か1つにしぼったら」と言われたこともあったそうです。でも、子ども達のため、自分自身のためにもと学びを続け、今は、いきなり「○△×して!」と言われてもスムーズに対処できるようになったそうです。特に作文サークルに参加したことが大きく影響したそうです。「子どもたちとつながる事ができる。ストレートで教員になっていたら、子どもたちの大変さがわからなかったかもしれない!親御さんにも、無理なことをお願いしていたこともあったことに気づかされた」などと前向きにとらえながら語っていました。特に、1年で他校に変わるので「先生どうして変わるの?」といわれる時がとてもつらいそうです。K先生の一生懸命さが、痛いほど伝わってきました。私は思わず「先生!すばらしいです!がんばってください。」と叫んでしまいました。4.「教育に臨時はない!」と心から思いました。今回参加して思ったことは、「こんなにもいい実践をし、経験を積み子どもたちに接している先生達がどうして正規になれないの!」「正規の先生とどこが、何がちがうの!」という憤りです。臨時教員として○年勤めたら正規になれる そういう制度に1日も早くなってほしいです。現場に立ち部活を受け持ったり、大変なクラスの中で子どもたちの心をつかみ、正常なクラスに立て直していらっしゃるのです。「教育にもっともっとお金をかけて欲しい!」と心から思いました。教員志望の人がたくさんいます。少人数クラスにして誰もがわかる楽しい授業、きめ細かい学校教育であって欲しいと思います。先生方の身分や生活が保障されてこそ、学校教育が成り立つと思っています
July 18, 2010
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1、カンパで集会に参加! 5月29、30日群馬の高崎において全臨教東日本ブロック集会が行われました。参加を希望する方の中に、現在、求職中の方、私のように非常勤の方などが他にもいました。これらの集会に参加するには旅費や宿泊費など、少なくない経費が必要です。 そこで、私達は経済的にも厳しいので、「今回の集会に向けて参加費や宿泊費などのカンパを募って行こう」ということになりました。組合の正規の先生方や、埼玉県の母親大会の会場で市会議員や学童の指導員の方たちや、集会に参加したお母さん達などに臨時、非常勤の問題を訴えながらカンパのお願いをしました。又、5月16日に東京の明治公園でおこなわれた全国青年大集会2010に参加しながらカンパを集めて回りました。 私達の話に共感してくれる方も多く、「頑張って」と声をかけてもらいながら、たくさんのカンパが集まりました。私の知らないところでこんなにも私達の運動を支援してくれる人達がいるということを実感し、同じような厳しい現実の中で頑張っている方々がいるという現実も知ることができました。 カンパの訴えは初めてだというある方は「自分だけのことではカンパの訴えはできないけど、同じように経済的に厳しさを抱えながら集会に行き学びたいと思う仲間がいるから訴えることができた」と言って自らの状況や思いを語ってくれました。 自分達の問題については自らが行動を起こして考え、行動するという臨時教員の立ち上がりなしにはカンパ活動はあり得なかったと思います。2、多くのことを学んだ集会でした 前向きに学んでいこうという気持ちで参加した集会でしたが、 私は2日目の分科会では「臨時教員の悩みと実践」という分科会に参加しました。 そこでの話し合いの中で「常勤の時の働き方と非常勤の働き方」ということが話題になりました。そこに参加したAさんは、「非常勤の時、正規採用の先生からパワハラを受けたり、勤務時間も短いため、子ども達と人間関係をつくることが大変で、「○○死ね」という紙が子どもの間に回るなどして、子ども達のためにがんばろうという思いがそがれてしまうということがあった」と話してくれました。今は常勤になり、正規の先生とも対等に関われ、教科の指導方法なども具体的に学べているといいます。 Bさんは非常勤の時は自分の机もない、経済的にも厳しく「妹の弁当の残りをもらって食べていた」という経験を語り、臨採を始めた最初の3年間の非常勤の生活は屈辱的な感じを抱いていたそうです。今は常勤として働き、教材研究をする時間も保証され、教育のことを思いきり考えて実践できていますが、常勤の仕事が決まった時思わず泣いてしまったといいます。 Cさんは、20年の経験を持つ先生です。常勤、非常勤に関わらず、どんな仕事がきても、いきなり「○○やってください」と言われても、対応ができるようにいろんな実践の勉強会に参加していろんなことを学んでいます。又、色んな子ども達と出会ったお陰でどんな子どもとも仲良くなれるといいます。更に、色んな親の状況を知ったことで、学校の中で学級通信を書く先生はあまりいないのに、「学級通信を書くことで親と繋がりたいと思い学級通信を書いた」そうです。3、子どもの前では、みな同じ先生! 参加した方の話を聞きながら、私は、非常勤であろうと常勤であろうと正規であろうと子ども達の前では同じ先生ではないかと思いました。 制度として子ども達のために頑張ろうという気持ちをそがれてしまう非常勤の働き方には大きな問題はありますが、「子ども達のために自分のできることはなんだろう?」「今の自分の立場で何かできることはないのかな?」と自分の置かれている状況に対応しながら自分なりにやっていくという姿勢がなにより大切なのではないでしょうか。 常に、「教育とは何か?」「非常勤であっても子どもに何を伝えたいのか?」「どんな子どもに育ってほしいのか?」「なぜ自分は教師として生きるのか」などを問い返しながら、子どもに教わり、子どもと共に生きていける教師をめざしてやっていくことが、大切ではないのかと思います。そこには臨時も正規も常勤、非常勤もないのだという確信を持てた集会でした。
June 8, 2010
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この3月を迎え、毎年、毎年辛く、憂鬱な時間を過ぎている方もいるのではないかと思います。 一人ひとりの臨時教員にとってこの時期のもつ深刻さを改めて考えてみたいと思います。 「仕事がこない」ということ。そのことでつぎのような「声」があります。 「熱がでて休みました。先生、私、もう駄目です。試験も受からないし雇用も一年で、仕事決まらないし!私、教師に向いていないのですね!」 「(他の人が決まっているのに自分だけ決まらずに)被害妄想になっている私、教育委員会の人と話すと人間不信に陥る私、断られる恐怖心・・・」と言葉は、続きます。 自己否定の連続は、自分の存在そのものを「無」としか感じられないように追い込まれていきます。雇用問題は社会からの孤立を意味し、それは、自分というものを否定せざるを得ない状況においこまれていきます。本当に恐ろしいことが進行しているのだと思います。 そんな時こそ、仲間の存在が必要です。人は、人を通して傷つけられていきますが、人を通してしか自信を回復し、元気になっていきません。助けたり、助けてもらうのは人しかいません。だからこそ、仲間が集まり語りあうことの大切さを実感します。 これは、今の社会を生きる子ども達も同じなのでしょうね。特に、家庭という一番安心できるはずの社会の喪失は、子ども達の人間に対する疑心暗鬼や人間に対する恐怖心しか育てないかもしれません。相手を恐怖心の対象として見る時、その相手からどのようにして自分を守るのか?と答えたときに手段は2つ。 一つは攻撃性。「やられる前に相手をやっつける。」式の相手に攻撃することを通して、自分を守る。それが暴力であったり、言葉による攻撃だったりします。 二つ目は、そこからの逃避。それは、本の世界に入り込むことだったり、学校という社会からの逃避だったり・・・。 今、改めて、この「臨時教職員制度」という非人間的な制度に怒りを禁じ得ません。
May 6, 2010
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1.自分の働き方、生活実態私は、現在、A市の小学校で非常勤の仕事をしています。1年生、2年生の算数の授業に担任の先生と一緒に授業を担当し、子どもの前に立って授業をしたり、個別に授業についていけない子どもに指導をしています。また、「勉強の保健室」という場を設定し、放課後、勉強の解らない子どもたちが、「勉強を教えて」とやってくる補習のようなこともやっています。勤務時間は、9時40分から3時25分までです。1日5時間、時給は1,210円ですので、年収80万円程度です。しかし、学校全体のことや子ども達全体のことをもっと知りたいと、8時30分からはじまる朝の職員集会や、3時30分過ぎに始まる職員会議などには、自分から管理職にお願いして参加させてもらっています。また先生達が、職員室に戻ってくる時間まで残っていてその日の授業のことや、子ども達の様子、翌日の授業のことなどについて、なるべく話をするようにしています。放課後の「勉強の保健室」では、子どもたちを迎えにくるお母さん方と、今やっている勉強のことや子どもたちの学習の様子など話をしています。だが、教育委員会は、私達「サポート臨時教員補助員」の立場を「一般職員」としていて、「指導もしなくていい。授業もしなくていい。」などと言っています。(ですから、時給1,210円でも良いということなのでしょうが)でも、実際には忙しい現場では、全校遠足の付き添いや学級崩壊のクラスの給食指導に毎時間出たり、運動会の時には担任の先生のようなことをしたりするなど、教員としての仕事を任されています。 また、生活実態としては、この仕事をはじめた頃は、スーパーの試食販売の仕事を土日のどちらかをやりながら学校の仕事もしていました。日曜日にスーパーの仕事をした翌日の月曜日は疲れて、子どもたちと関わることが面倒になってしまいました。「何のために教師をやっているのか」と考えた末、教員として専念するために試食販売の仕事をやめました。年収80万円程度では、生活が成り立たないので5年くらい前から生活保護を受けながら教師の仕事をしています。生活保護を受けているので、ぎりぎりの生活ではありますが、放課後、算数の学習会に参加したり、生活指導のサークルなどにも参加し、どのようにしたら子どもたちに勉強を解らせることができるのか、どのようにしたら子どもたちとより良い関係がつくれるのかについて学ぶ機会があり、嬉しく思っています。しかし、親戚や友人には「制度のせいにばっかりして!」「いつになったら国を変えられるの?」「アルバイトでもすれば!」「臨時の先生をやっているというのがはずかしい!」などということを顔を合わせる度に言われます。学校では正規の先生のようにがんばりながら、しかし家に帰ると厳しい生活実態があります。そのギャップがとても苦しく、その自分の気持ちをどこにぶつけたら良いのか判らず、そのことがとても辛いことでした。2.職場の先生との関係を作るためにどのようなことをしているのか私の勤務時間は1日5時間ですが、本来教育という仕事は時間で区切られることではないと思います。また、私の仕事はここまでと割り切れるものでもないと思います。教育というものは、学校の教職員全員で作っていくものだと思っています。そこで、先生方とのコミュニケーションをとることが、教育という営みの中では何より大切ではないのかと思います。私がやっているサポートという仕事は、子どものサポートだけでなく教師へのサポートでもあると思います。連日サービス残業にならざるをえませんが、なるべく先生方との話し合いを大切にしようと思っています。子どもの生活実態やお家の方の対応、私の知らない学校での様子、どのくらい学習を理解しているのかなど、担任の先生と話しをすればするほどいろいろなことが見えてきます。そして、子どもをどのように対応していけば良いのか、どこをポイントにして学習に取り組ませたら良いのかが、解ってくるように思います。さらに、担任の先生の考えも解り、自分のやったことの意味や課題なども見えてくると思います。教育そのものが話し合いの中で作られ、またサポートという立場ではなおさらではないかと思います。担任の先生の子どもとの人間関係作りの大変さを共有し、お互いに支えあうこともサポートの大切な仕事です。また、T2として子ども達に関わるときも自分で教材研究をしながら「自分だったらどのように授業をやるか」と授業案を考えます。そうすることで先生の授業のねらいや進め方が理解できるようになりますし、解らない子どもへの指導にも幅ができ、より積極的に自信をもって主体的に関わって授業を作っていくことができると思います。このように、臨時、非常勤という立場の違いを超え、同じ学校の教員という立場で子ども達の教育にあたっていくことが、子どもにより良い教育を保障することになるのではないかと思います。そのために、私達は臨時、非常勤の待遇改善は不可欠なことだと思います。教育委員会は、私達のことを、「サポート臨時教員補助員」と位置づけ、教員ではなく「一般職員」としての扱いしかしていません。だから、授業もする必要ないし、職員会議にでる必要もないと言っているのです。しかし、少しでも、私達の待遇を正規採用の待遇に近づけていくことが臨時、非常勤の先生をこれ以上増やすことに歯止めをかけ、正規採用の先生を増やし、教育を良くしていくことにつながっているのではないかと思います。 私は、「勉強の保健室」という補習ための勉強室を担当しています。5時間目の終わる2時30分くらいから4時近くまで、勉強についていけない子ども達に勉強を教えています。宿題や授業で解らない所を中心に学習しています。担任の先生やお家の方からこんな勉強をさせて欲しい、こんなところに躓いているという課題を紙に書いてもらい、そこを中心に勉強します。帰りは、お家の方がお迎えにきて一緒に帰ります。 そこに通う子ども達と一緒に学習することで、担任の先生と子ども達の学習面での躓き、家庭の状況や生活面での見直しなどについても話し合い、協同で子ども達に関わることができます。協同で子ども達に関わることで、授業で解らなかった子どもが解るようになり「算数がたのしい」と言ってくれたり、「算数に自信をつけ、他の教科にも自信をつけ生活態度も変わっていった」という子ども達の変化があります。また保護者の方とも子どもの学習の躓きをともに考え、子育ての悩みを共有しながらやってきました。保護者の感想に「お迎えに行き、子どもの実態を見て、先生と話しをしながら、勉強をどのように子どもに教えたら良いか教え方がわかって良かった」という意見もありました。子ども達も「一緒に勉強する友達がいて、分からないところを教えてくれる先生がいる勉強の保健室は楽しい」と嬉しそうに通ってきます。 クラスの中で勉強の保健室で頑張ったことご評価され、「勉強の保健室」は、勉強ができない子が行く所というのではなく、もっと勉強が解るようになりたいという子ども達が行く所というように位置付けが変わっていき、「勉強の保健室」に行きたいという子ども達が増えてきました。
April 26, 2010
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前回の「特別支援学校での子どもたちとの関わり」に続いて、今回たんぽぽ結サークルでの実践報告をさせていただきます。 今回、私がこの勉強会で小学校向けの音楽授業をやらせていただいたのには理由がありました。 それは、2年半ほど前に、縁あって小学校の音楽を教えることになり、(私の教員免許は中学と高校で、小学校は臨時免許で教えました)その時、現場でやってみていろいろ感じたことがあったからです。そのひとつが「教科書を教える」のではなく「教科書で教える」はずなのに、半数位の先生方が教科書を信奉していることでした。算数や国語等いわゆる中学校でいう5教科にあたるものは、全国で均質な学力を与えるという意味でも教科書の存在は大きいと思いますが、こと音楽のような実技教科においては、教科書は楽譜集といってよいくらいの意味づけでよいはずなのです。しかし、実際の現場では、教科書を予定通り進行してればとりあえず安心といった雰囲気が私のようなある意味外部の人間には多く感じられました。 「教科書のこの曲は履修しました」といった事実を積み上げているだけという感じさえしました。 教科書や指導書に書かれていることはもちろんまちがっていません。ただし、ゴルフのレッスン書をみてゴルフが本当の意味で上達する人はいないと思います。それと同じように音楽は教科書の指導書に書かれているいろいろなアドバイスを実際に噛み砕いて、実際の音や動きで説明する人がいないとだめな分野なのです。無論、小学校を教えてみて、先生方の多忙さにも驚きました。(小学校の先生方に膀胱炎になってしまう方が多いのも納得しました)ひとつひとつの教科の細部まではとてもかまっていられないという現実は承知しています。しかし、逆に音楽のエキス(言い換えれば、公式でもよい)さえ分かっていれば全学年の音楽に余裕をもって対応できるはずです。 基礎・基本の考え方として、どんな人にも共通である事項というのがあると思いますが、まさしく、音楽のような一見主観的な表現種類のものでも、一定の公式があるのです。その公式を短時間で理解していただくのが、今回の授業の一番の主旨です。 今回の授業の柱は、3つあります。それは 1、発声の公式 2、音程の公式 3、音楽的な指揮の仕方の公式 そして、一番大事なことは、「音楽は楽しくなければならない」ということです。そのためには、どのような工夫が必要かを参加した皆さんにアドバイスしました。 最後に、高校などで教わるある教科等は、学び終えると一生その教科とのつきあいがなくなることが多いのですが、音楽という教科の価値は、その付き合いの長さにあると確信しています。例えそれがカラオケであっても音楽にかわりありません。
March 27, 2010
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1月31日に全国生活指導研究会のセミナーに参加しました。参加しようと思ったきっかけは、私は、算数の授業にT1やT2として授業にかかわっていますが、果たして今の関わり方、授業への臨み方で良いのかヒントが欲しかったからです。 どの分科会に参加しようかと考えましたが、「学びの世界をどう立ち上げるか」という題にひかれ、そこに参加しました。 色んな話の中で、自分自身の課題として、「学びの実践は対話的実践」というところが気にかかりました。というのも私は今年、担任の先生の指導のもとで、算数の授業をやらせてもらっていたのですが、3学期に入り、授業をやらせてもらえなくなりました。それは、私が担任の先生にあまり相談することなく授業をやっていたからではないかと思っています。そこでは次のような文章が引用されていました。 『学校とは、単なる学習の場でもなく、単なる教育の場でもない。学校は、生徒の学習と教師の教育が互いのコミュニケーション関係で結合する場』であるという視点から、「新自由主義が学校の内外から学校のコミュニケーション関係を破壊しようとしても、教育労働そのものは最後のところで、生徒とのコミュニケーションにおいて進行するものであり、このいわば教室内のコミュニケーション関係を破壊しつくすことはできず、そこに教育労働者が新自由主義に立ち向かって、最後は勝利する根拠がある」と述べ、これまでの教育労働をコミュニケーション労働という視点から問い直そうとしている。』という文章でした。また、「学びとは対立する関係の中には無く、協同でやるということが大事なのではないかという視点が大事」と話されました。それは、子どもと教師という関係だけでなく、子ども達同志、また、周りの教師とのことにおいてもいえるのではないかともいわれました。私には果たしてそのような考えがあったのだろうか?いつもいわれることが「理由を考えて行動すること」そのことが中々できないことが一番の課題です。授業をやるときに自分の気持ちとしてやりたいから・・・ということがとても多いのです。なんのためにそれをやるのか?その理由をはっきりさせながら担任の先生としっかり話しをできていたのだろうか?私のやりたい実践をただ自分がやりたいために反対さされることを恐れ話さずにいました。周りの教師とのコミュニケーションこそ大事なはずが、自分からそれをさけていました。結果授業が途中からやれなくなってしまったのです。この先生とは、考えかたが違う、教える観点が違う、などなど違う所ばかり指摘しながら、だから自分の思うようにやるという結論にいつも達していたように思います。違いを大切にしながら、子ども達を大切に、わかるように指導したいというおもいは共通なはず・・・。そんな思いの先生達や職員の方々、共通する所を大切にしながら関係を作っていく努力をしていかないと自分一人では孤立してしまう。そんなことを今回の学習会で感じました。 また実際の授業で取り入れたいと思ったことは、今日の学習に入る前に前の学習でどんなことを学んだかを子ども達とのやり取り(コミュニケーション)をとおして確認したり、授業の内容について「今日の勉強はこのことを勉強するよ」ということをはっきり知らせ、どんなことを次に子ども達がやれば良いのかわかるようにするということ、そのために黒板に指示カードのようなものを掲示し、既習のものをスパイラルに展開し、授業をパターン化するなどということです。今日の授業は自分にとってどうだったのか感想をレポートしたり、発表したりするなどということなども、その後の話し合いのなかで学んだことでした。「できない」から解放する機会を提供してくれる「出あいの場」(自分との、仲間との、学習との)を経験することの意味は少なくない」という言葉を引用して終わります。
February 20, 2010
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私は現在、特別支援学校の小学部の高学年を担当しています。1日の流れは次のようになっています。9時10分に登校してきてから、着替え、朝の運動・朝の会を済ませ、11時から午前の授業を1つ行います。給食・掃除の後、1時30分から午後の授業を1つ行い、2時頃には授業を終わらせ、着替えをして2時30分に子どもたちをスクールバスで帰します。子ども8人を3人の教師でみていますが、一人一人に手がかかり、じっくりと子どもをみる余裕がありません。 しかし、その中で大切にしてきたことは次の3点です。1、子どもに笑顔で接しよう!見通しがもてなくて不安を抱いている子ども達が、怖い大人に心を開くはずがないと思うからです。2、子どもに何かをやらせようと思うのではなく、まずは子どもとのやりとりを楽しんで仲良くなろう!そのためにブランコや三輪車などで一緒に思い切り遊んだり、じゃれあいを一緒に楽しんだりします。また、電気消し・ドアのロックをして遊ぶN君には、「ダメ」と無理に指導するのではなく、オーバーリアクションをするなどして、共に楽しみながらこちらの意図を伝えるようにしています。3、力でねじ伏せるのはダメで、子どもとのやりとりの中で子どもに納得させる!ということを心がけています。図書館での絵本読みに熱中し、朝の運動に行きたがらないR君に対しては、R君の心を納得させるような言葉かけをしながら対応しています。「あと5分」、「じゃあもうあと1分」、「はい、もうおしまい」と段階的に言葉がけをしてあげると、納得できることが多いです。また、音楽の授業で飛び出してしまうN君との対応も「お気に入りの本を預かっちゃおうかな」などと交換条件をいいながら対応しています。 しかし、最近気になっていることとして次のようなことを感じています。1、「○○しないと○○もらうよ」などといいながら子どもにとって大事な物を、盾に使うのは果たしていいのかどうかということです。とても便利ではあるが、人間形成上好ましくないように思います。使い方や言動次第ででもかわってくると思いますが・・・。もっと、子どもにとってプラス思考になれるような(楽しい~ができるよ。~しようよ。など)言葉がけを中心に使っていきたいです。2、急に落ち着かなくなり、爪を立てたり、ぶったりしてしまう子どもに「いけません」という指導では、一旦やめても根本解決はしないはずだと思います。しかし現場では、不安な理由や原因をじっくりと考えてあげる余裕がないことが多いと感じることがあります。 このように課題もいくつかありますが、考えていかなくてはいけないこととして「指導方法の答えは一つではない」ということです。子どもの特性や発達段階によって様々だからです。だからこそ、関わり方においても、授業においても「引き出しをたくさん持つ」ことが大事だと思います。例えば、子どもが外遊びから教室に帰ってこなかったら…、子どもが朝の会をするのに席についていなかったら…、などという課題に対して様々な角度から考え、色々な関わり方、言葉がけを考えて試してみることが大切ではないかと思います。
February 1, 2010
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昨年の11月28日、青森県の『臨時教職員問題の集い』で、「どうして、臨時教員を続けるのか?」と言うテーマで講演を依頼されました。 話の柱立ては、1、「どうして教師になったの?」2、「どうして生活保護を受けてまで教師にこだわるの?」3、「教師への思いと教育現場での矛盾」4「生活保護を受給するまでの状況と受給するまでの経過」5「今後の願いとそのための状況」というものです。 テーマについては、主催者の要請で決まっていたのですが、人前の慣れない講演だったので淡々と原稿を棒読みする形になってしまいました。また、話の順番も間違え、しかも時間も予定より30分も早く終わってしまうなど散々な状態でした。聞いていた方にも「それで何が言いたかったの?」という感じだったと言われました。講演のときは固くなっていた私でしたが、その後の質問の時間では、リラックスでき講演のときより言いたい事が安心して言えました。 講演が終わり、正規の方に「非常勤の方の気持ちは、職場の皆と一緒に頑張りたいのですね。私は、臨採の方には、良かれと思って時間がきたら帰った方がいいといったりしますが・・・。今日の話で、臨時・非常勤の方の気持ちがわかったような気がしました。」と感謝されました。また、他の正規の方には、「教師として子どもといる一瞬一瞬を大切にしたい。」という私の発言に対して「その言葉を聞いてエネルギーをもらった」と言われました。 その方は、「日々の教育実践に行き詰まりを感じていて、今日の私の話を聞いて自分も又頑張ろうと思えた。」と言っていました。私は、改めて、多くの方々に、臨時、非常勤の思いや実態を話すことの大切さを感じました。 その後、交流会が、別の部屋で持たれました。話を聞いた方々が、それぞれの思いや感想などを話してくれました。その時に出された感想の一部です。* 私は、7年間高校で臨時教員として働き今は結婚して子どもが生まれたので年間16日勤務の非常勤として働いている。講演を聞いて共感と親しみを感じた。今まで限られた時間の中で、自分の仕事を限定して考えていたが、もっと自分でもやることがあるのではないかと思った。* 青森で非常勤をやっていたAさんは、回りの理解のなさや孤独感を感じていました。良い教育をするためには時間で区切られる非常勤の働き方ではなく、子どもの前にもっといるべきだし時間が必要だと言います。授業の用意もままならぬ状況で、子どもの前にたつ。与えられずにやっている、良い教育をする時間が与えられていないと感じる。教育にとってよくない。そのことをみんなで共有して、教育に責任をもつ立場で行政に対して要求していきたい。個人のレベルの問題ではなく教育とはどうあるべきかを皆で考えていく必要がある。* 臨時、非常勤について、その仕事ぶりの細かいことは分からないが、「教育現場で苦労されているな」と感じた。給料が違うことで、職場で人との関係が切られてしまうことが不幸。臨時、非常勤に対しては、仲間の支えが必要。人間関係が切られているなかで声かけすることが大切。労働組合は、そのような人に対して受け皿になっているのか。何のために働くのか、何のために教育するのか、語り合っていることはとても良いことだと思った。* 学校は何のためにあるのか?生徒のためのものなのか?教師という職業の位置づけや、教師という職業への思いを考えさせられました。教師とは何なのかもう一度考えてみたいと思います。* 私の知っている臨時の先生は、次のようなことを話してくれた。「今の職場では主任を任されている。責任があり、臨時でも正規の先生と同じように見られるところが嬉しい。職名に関係なく扱ってくれる。「臨時なのだから。本当の先生ではないのだからという言葉に傷つく。」と言っていた。私はつねに臨時の先生に対して、人として接したいと思っている。* T2として、どのようなスタンスでやっているのかが大切。例えば・T2として授業の導入は任せてもらうというような部分的なエキスパートになるのも大切なのではないか? 他にも、色々と個人的な問題についてのアドバイスなどもあり大変に充実した交流会であったと思います。気軽に自分の悩みや想いが語れる場所があることのありがたさを感じました。正規の先生が多かったのですが、私達、臨時非常勤の思いを自分のことのように真剣に考え受け止めてくれたことはとても嬉しく思いました。臨時・正規の壁を超え、共にこのような豊かな時間をもてると良いと感じました。
January 5, 2010
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11月22日採用試験の結果を考える会を行いました。正規の先生や今年の試験に合格した長期の臨時教員、他の職種の保護者の方、10年、20年と臨時教員として実績を積んでいる方などいろいろな立場の方の参加がありました。それぞれに採用試験にたいしての意見や思い、臨採制度についての意見などがだされました。 その中で、今回の集いをやるにあたって「何も発言しなくてもいいのですね?居るだけだと思いますが・・・」と語っていたAさんでしたが、次のような話をしてくれました。不合格の通知をもらい、そのことを親に話せなかったこと、不合格を知った職場の管理職の先生がとても残念がってくれ、そのことが来年も試験をもう一度うけようという思いになったこと、仕事をやめて採用試験の勉強に専念しようかとサークルの仲間の相談し「勉強に専念すると孤独になる」とアドバイスされたことなどを語ってくれました。そして今は「やっぱりこの仕事しかない。今やめたら今まで臨教として頑張ったことが無駄になるから続けていこうと思う」と話をしてくれました。 Aさんの話を聞き、あらためて臨時教員として生き続けていくには仲間の存在が大きいと感じました。仲間の励ましなしには臨時教員を続けていくのは無理なのではないかと感じました。 自分自身の集いの反省としては、何のために集いをやるのかをもっと自分で深める必要があったように思いました。「採用試験をうけた感想」を試験を受けた方に漠然と話してもらうという流れになってしまったのですが、もっと深く自分の思いを語ってもらうにはどのような質問をしどのような流れにしていくのか考える必要があると思いました。思いを深く語ってもらう中でそれぞれの抱えている問題が見え共通点などもわかってくるのではないかと思いました。 参加者の感想・今回初めて、参加させて頂きましたが、臨時教員制度に関して多くの臨採の先生方の考えを知ることができ、とても有意義に感じました。今後もできる限り参加させて頂いて、情報交換を増やしていきたいとともに、力になれることがあれば協力していきたいと思います。・教員採用試験の結果を考える集いに参加して、今後とも採用試験の結果について語りあえる場があり、参加者が増えるといいと思いました。本日は有難うございました。・今日も来て良かったです。臨採制度がいじめ制度であることがあらためてわかりました。このことを知らないで働いている人たちにも知ってもらいたいです。組合の人たちにも学習してもらったりして、多くの人に知ってもらい臨採制度が少しでも良い方向に変化していってほしいです。・「採用制度のシステムを根本から見直す」これにつきると話し合いを総括して思いました。・時間的に苦しい中での参加でしたがしかし臨時教員の方々の生の声から、また正規教員の方を含め日常我々を支えてくださっている方々の温かさを感じる集いでした。採用制度の矛盾や怒りを感じるのは自分だけではないことも実感しました。・教員採用試験制度は知れば知るほどおかしなものだとつくづく思いました。医師の国家試験、弁護士の司法試験は合格すればそれぞれの職につくことができるのになぜ教師は教員免許状を持っていても採用されないのか。しかも採用試験が不合格になった人を臨時という制度で子どもの前に立たせている。これってなんなのか?と怒りさえ覚えてきました。・A先生の合格の報告とても嬉しかったです。このおかしな臨採の制度を広く訴え改善していかなくてはという思いを今日の皆さんのはなしを聞いて新たにしました。
December 27, 2009
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サポート教員のみなさん。こんにちは。 11月も終わりを迎え本格的な寒さがやってきますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか? 学校は行事の多い中インフルエンザによる学級閉鎖も相次ぎ、なんとなく落ち着かない日々ですね。 そのような中で、サポートの皆さんはどのような働き方をされていますか?来年度サポートを希望する方は面接も終わりホッとされている一方、学校では試行錯誤の毎日ではないでしょうか? 私達は、学期に1回サポートの人たちでの集まりを持ち交流をしています。 サポートとしての悩み、疑問、良かったこと、嬉しかったことなどを、お茶を飲みながら気軽に話し合いお互いの親睦を深めています。 回数を重ねるごとにその交流の輪も少しずつ広がってきました。 今よりもっと楽しく、そして子ども達のためにより良い働き方ができるように、さらに多くの皆さんと情報交換をしながら考えていけたらうれしいです。 日時 12月19日(土曜日) 3時から その後、飲み会も予定しています。(安いお店を知っています!) 場所 サイゼリア
November 17, 2009
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臨時教職員の皆さん、こんにちは。 臨時教職員サークル『たんぽぽ』の「結」(浦和地域)・「東部」(越谷地域)サークルです。 サークルでは、採用試験の勉強や教育実践の力を少しでも向上させるために学習会を行っています。 その中で、「授業をどのようにしたらいいのか」「子ども達との関係をどのように作っていったらいいのか」などお互い学びあっています。5月の連休には、泊まりで採用試験の「特訓学習会」なども行ってきました。 採用試験の結果が一次では7月に判り、二次の結果が10月には判りました。これらの結果を受けて、「どうして自分は不合格なのか?」疑問に思う方はいませんか?そこで、改めて「教員採用試験の結果」について考えてみる機会を設けました。 私達は、たとえ「臨時的任用」という身分でも、子ども達のために一生懸命関わっていきたいという願いをもっています。毎年4月、初めて新しい職場で子ども達と出会い、5月、6月は、家庭訪問、授業参観、懇談会と忙しい仕事を抱えながら、家に帰ると、「先生」になるための勉強をしてきました。7月の採用試験には、成績付けなどで忙しい中、それぞれに全力で挑んできました。 今、「結果」を受け、いろいろな想いがあると思います。中には、「今は、何も語りたくない」という想いの方もいることと思います。そのような方でも参加してくださるだけで結構です。これから、採用試験を受けようと思っている人、何年も前に正規採用になった人、いろんな立場の採用試験に対する考えを交流できたらと考えています。 多くの皆さんの参加をお待ちしています。 日時 11月22日(日曜日) 6時から 場所 さいたま市岸町公民館 第4講座室 (JR浦和駅西口下車 県庁方向徒歩10分 調(つきのみや)神社先) 参加費 300円(お茶菓子代) 連絡先 048-824-0161
November 2, 2009
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私は、臨時教員の仲間達とともに臨採制度の実態を多くの方々に知ってもらうため、各地域での母親大会へ毎年参加しています。 年々、私のような立場の非常勤(時間講師)の教員がどこの地域の学校にも増えていますが、殆どの保護者の方々はその実態については分からないと思います。 参加するに当たっては、「なぜ、臨採者が増えているのか?」「教育にとってどのようなマイナス点があるのか!」「学校で非常勤の教員が増えるということは、子ども達にとってどういうことなのか?」という視点に立って、参加した皆さんと語り合いたいと思い参加しています。 参加した会場では、自己紹介をした後に次のような発言をしながら臨採制度についてその実態の報告をするようにしています。 私は、ある市で「サポート臨時教員補助員」として、1年生と2年生の算数の授業に担任の先生と一緒に授業に入っています。私の勤務時間は、1日5時間勤務です。1日5時間勤務なので、朝の打合せの会議や職員会議あるいは問題を抱えている子ども達のことについて話し合う研修などは、時間外になるために参加できません。また、子ども達のことについて個別に話し合ったり授業についての打ち合わせなどが、時間が短いということもあって時間内ではできません。 周りの先生からは「音楽集会のような子ども達の集会などに参加した方が、子ども達の様子が分かって良いから」と言われたり、「朝の集会に参加したり、放課後なども残って他の先生方と話をしたら」と言われます。しかし、私の勤務時間のことを考えると時間外の勤務となってしまうため、どうしたら良いか迷います。同じく臨時教員をしている人の中には、「そう言われることがストレスになってしまう。」という方もいます。 勤務時間については、6年前は7時間でした。7時間であれば、このように悩むこともなかったと思います。短い勤務のために、働き方が違うことで同じ学校の職員同志が充分に意志の疎通が取り難いと感じます。 また、夏休みなどの長期の休みは、仕事を切られ無給となります。そのため、私の給与は、年収にして80万円にもならず、生活保護を受けなければ成り立ちません。私は、生活保護で辛うじて教育の仕事に専念できていますが、サポート臨時教員補助員の中にはダブルワークをしている方もいます。 教員が、このように自分の将来への不安や生活不安を抱えていて、「子ども達への気配りのある教育に携わっていけるでしょうか?」「臨時教員という身分不安定な立場で、思い切って子ども達の教育に専念できるでしょうか。」といつも疑問に感じています。 私達、サポート臨時教員補助員の立場は、一般職員の扱いになっています。市役所で働く方や、保母さん、看護婦さん達と同じ職員の扱いとなっています。 その中で、時給1500円というのは高い方かもしれませんが、 1966年のILO・ユネスコ教員の地位に関する勧告では、「教員の地位は、教育の目的、目標に照らして評価される教育の必要性にみあったものでなければならない。教育の目的、目標を完全に実現する上で、教員の正当な地位および教育職に対する正当な社会的尊敬が、大きな重要性をもっているということが認識されなければならない。」「教育の仕事は専門職とみなされるべきである。この職業は厳しい、継続的な研究を経て獲得され、維持される専門的知識および特別な技術を教員に要求する公共的業務の一種である。また、責任をもたされた生徒の教育および福祉に対して、個人的および共同の責任感を要求するものである。」 とされているのです。 実際の学校現場では、全校遠足の付き添いとして1日学校外で子ども達と関わったり、運動会では先生方と同じ仕事をしています。さらに、学級担任の代わりの仕事をしたり、初めから6時間目に授業が組まれていて、その授業があるときはいつもサービス残業となっているという方もいます。また、給食の時間は、毎時間いろんなクラスに入り給食指導をしているという方もいます。 私達非常勤講師は教員免許はあるものの、一般職員の扱いになっているので、担任の先生に「生徒指導はしないでください」と言われたり、子どもに聞かれる質問に対しても、自分の判断で返事ができないこともあります。そのような対応が、子ども達になめられて授業に入ってもとてもやりにくいという方もいます。 このように、立場は一般職員ですが教育の現場で人が足りないときは、教員と同等の仕事をさせられ、その場その場で都合良いように使われているのが実態です。そして、働き方も各学校によってまちまちです。例えば、ある学校では運動会のような行事には、週の勤務時間が25時間を越えるから参加できないというところがある一方、別の学校では、運動会の練習や定期テスト、大掃除、終業式などは、授業が無いため学校を休み欠勤扱いとされているというところもあります。 このようなことから、「授業だけの関わりで良いのだ」と割り切らざるをえませんが、そうすることは、私達の働く意欲を減退させていくような気がしています。このような中途半端な働き方の教員が増えることは、果たして子ども達にとり良いことなのでしょうか? 真に子ども達に寄り添った教育の実現には、30人学級を1日も早く実現させ、私達のような、非常勤教員を増やすのではなく、正規採用の教員を増やすことが大切だと考えています。
October 6, 2009
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NORIさんの次のような書き込みについての返事を書かせていただきます。 非常勤の先生がどれだけ労働条件を守って働けるかどうかは、その職場の周りの先生と管理職の意識にかかっていると思います。「若い熱心な子だったら、時間が来たからって、子どもをほって帰らない。」なんてひどい学校もあります。「時間来てるで。はよ帰り。」(関西人です)というあたりまえの感覚を持ちたいです。私はベテランの現職教員です。あなたのような方にバトンタッチして、安心して辞めたいです。 私達非常勤の働き方は一日5時間ですが、一番嫌なことは、自分自身がやる気をなくしてしまうことです。 「早く帰ったら」とか「割り切らないと、それだけのお給料しか貰っていないのだから」などと言われたりしますが、本当のところあまり嬉しくありません。行事の後の飲み会も参加するというと「キャンセルはできませんから大丈夫ですか?」と何度か言われます。 よかれと思っていって下さるのでしょうが、待遇は違うけれど同じ職場の一員として飲み会にも参加しようと(高い会費でも無理をして)決心したのに・・・できれば参加費用を非常勤の方だけ安くしてもらえるといろんな立場の非常勤の方も飲み会や旅行などにも参加しやすくなると思うのですが・・・。 せっかくの好意を言葉どおりに受け取れず、自分がいてはいけないのかなと感じてしまいます。 非常勤の方でもいろんな状況の方がいると思うのでわかりませんが、私の場合は時間から時間で割り切って帰ってしまうと子ども達や学校のことがわからなくなることが、やりにくいと感じます。 むしろ時間外にお茶をのみながら、同僚の先生方に一緒に仕事をして「助かる」と言ってもらえたり、子ども達のことをお互いに相談しあったりという時間がとても私にとってはかけがえのない時間だと思えます。ですから、時間どおりに来て時間どおりに帰るということはあまりしたくはないという気持ちです。 割り切って時間どおりに帰ってしまうことは、私にとっては、自分自身の居場所や教師としての遣り甲斐をなくしてしまうことになってしまうと感じています。 子ども達のためにもっと頑張りたい、職場の先生方と力をあわせて少しでもより良い学校を作りたいという私達非常勤の思いをもっとわかって欲しいなと思います。
September 19, 2009
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私は、さいたま市で行っているサポート臨時教員補助員として働いています。勤務時間は1日5時間、時給は1210円です。主に1、2年生の算数の時間に担任の先生と一緒に授業を担当しています。 このサポート教員はさいたま市が合併してすぐ、今から8年前から配置され、最初は、勤務時間は7時間でした。今では、全校、158校に配置されていますが勤務期間は5時間に減らされてしまいました。勤務時間が7時間の時は、授業が終わって職員室に戻ってくる先生方と、子ども達の様子や、授業についての打ち合わせなどの話をすることもできました。 しかし、勤務時間が5時間だと、朝の打ち合わせや、学校全体のことがわかる職員会議や、問題を抱えている子ども達の対応について話しあう研修などにも参加できません。教材を作ったり、授業についての事前の勉強をしたりという時間がおもうようにとれません。 又、勤務時間が5時間に減らされたために次のようなこともおきています。1日5時間だと授業の始まる1時間目から5時間目の終わる時間ですが、6時間目も授業をもたされているので、6時間目は毎時間、ボランティア勤務となっています。以前の7時間の勤務時間では、そのようなことはありませんでした。 教員免許を必要とし、教員として採用しているのなら、せめて子ども達が学校で生活している間はそれにあわせた勤務時間にして欲しいと思います。 私達は、忙しい先生達と力を合わせて子ども達のためにもっと頑張りたいという気持ちをもっています。しかし、子ども達より遅く来たり、早く帰ったりというような勤務時間では、頑張りたいという気持ちを維持するのも難しいなと思ったりもします。 今は親の生活状況も大変になっています。失業や、借金、精神的な病気などを抱えた親が増え、子ども達の生活も複雑になってきています。親や、子ども達も厳しい現実の中で苦しんでいるように感じます。そのような状況だからこそ、色んな立場の先生方がそれぞれの立場で子ども達に関わり、お互い協力した対応が求められているように感じます。子ども達や先生方とのコミュニケーションをとる時間がとても大切だと思います 以前のように7時間に戻すのは、教育予算もかかり大変だと思いますが、今より教育効果を上げるためにも、以前の7時間に戻して欲しいと思います。 又、生活の面でも夏休みや、冬休みなどの長期の休みは仕事がなくなるために、年収が80万円ぐらいになってしまいます。 私は一人暮らしなので、生活できず、今は、生活保護を貰いながらなんとか仕事を続けている状況です。子どもを大切にするということは、実は、先生を大切にするということであり、先生を大切にするということは、子どもを大切にするということだと思います。生活の不安を感じることなく、子ども達の教育に専念するためにも、安心して生活できる時給にしていただきたいと思います
September 12, 2009
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教員採用の問題は、広く県民、市民の問題だと思います。 埼玉県では、新卒の教師養成塾の60人は全員合格になっています。 一方20年も30年近く、臨時教員としてやってきている人が採用されない。 本当かどうかわかりませんが、「採用にあたり、新卒枠があるらしい」と言う話も聞いたりします。 全国的にも採用試験の情報公開は推し進められていますが、選考基準をもっと明確にし、採用制度をよりガラス張りにしていくことも、本当に人間力のある先生が採用されていく道ではないかなと思います。 もちろん、一人ではやれない。 仲間の団結抜きには、公正な採用制度にはならないし、長年現場で頑張っている経験豊かな臨時教員が正採用になっていく道も切り開かれていかないと思います。 また同時に広く、色んな人に、例えば「子どもさんの、担任の先生は、立派に担任の激務をこなしながら、しかし、先生になるための試験も受けなければいけないのですよ」と言うような事実など色んな人に知らせていくことも必要ではないかと思います。
August 30, 2009
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私は、青森の集会に参加するにあたり次の2点を学びたいと思いました。 一つ目は、仲間作りはどのようにしていけば良いのか、仲間作りをするにあたり大切なことを学びたいと考えました。臨時教職員自らが、自分自身を語り、自分自身の問題を深く考えていくようになるために、共に、語り合う仲間が必要です。仲間の存在無しには、自分自身の存在も、又、自分の問題もみえてこないと思うからです。二つ目は、法律について色々と学びたいと思いました。 仲間作りとサークル活動という分科会に参加して 色んな意見が出てきましたが、参加された皆さんと思いが重なったように感じたのは、採用試験の通知を受けて「一次不合格の通知が来た」という話をAさんがされたときでした。 何としても今年は合格の通知を家族に伝えたかったというAさんでしたが、叶いませんでした。 採用試験の勉強会でも中心になって活動されているAさんの心中は「取り残されるような気持ち、将来への不安、うらやましいという気持ち」と複雑な思いだったと思います。 しかし、参加者の中からは「合格、不合格で私達は、分断されていくが、そこを乗り越えていくことが大切。乗り越えるためには、互いがライバルになるのではなく、お互いの思いを出し合いながら、実践力を高め、皆で一緒に合格していくというサークル運営をしていく必要がある」という意見がだされました。 「お互いの合格は仲間と共に教師としての成長を勝ち取りながら、勝ち取っていくことを拠り所としていく」ことが大切だという意見がでました。 同時に採用試験に対して、情報公開をしながら、教師の選考が市民の付託を受けた、市民が教師を選ぶ、市民の手に取り戻す闘いをすることも大切だと言われました。 Aさんの不合格は決して敗北ではない。 「現場で教師として仕事をこなし、その人を採用試験では不合格にしていく」という現実の中で「臨時教職員の制度そのものが差別的な制度ではないか」「採用制度は本当に教師の力量がわかるものなのだろうか?」と疑問をもつ仲間が増え新たな団結をうみ出しているのではないかという意見も出ました。 私達は正規採用されることだけを目標にして仲間作りをしているのではなく、教師としてどう生きるか、子ども達にどう関わるのか、何を教えるのか、などを仲間と共に深め、学びあうなかで教師としての成長をしたいと願っています。 より良い教師を目指し、互いに努力することの中に合格、不合格の分断を超えていける繋がりができるのではないかと思います。 子どもの立場に寄り添うより良い教師をめざしていくことに正規も臨時もないはずです。そのために、最も弱い人、悩んでいる人の話を中心に一人、一人の思いを大切にできるようなサークル運営をしていきたいと思いました。
August 29, 2009
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前々回のブログ記事へたかさんという読者の方から、こんな書き込みがありました。 7回、採用試験に不合格。先輩、後輩が、合格していく中で自分だけ取り残されていくように感じる。期限付き教員の期間を考慮して欲しい。 たかさんの書き込みにたいしての返事をここに書かせていただきます。 たかさん、書き込み有難うございます。 たかさんと同じような気持ちを長く臨時の教員として生きてきた方の多くは感じていると思います。私も採用試験のサークルをやっていて自分は何年も不合格ですが、若い方が次々と受かっていくのをみて何度もやりきれない気持ちになりました。 しかし、今の採用試験はある点数をとれば受かるという選考試験ではなく高校受験のような競争試験になっています。採用数だけの人数を上からとっていくだけです。しかもそこには新卒枠などがあり、埼玉では教師養成塾の受験生は全員合格というように最初から枠が決まっています。年齢差別、コネ採用も囁かれていますし、公正とはいいがたい採用試験です。 たかさんのように長年現場で頑張ってきた方が必ずしも合格するとは限らないのが現実です。どうか不合格の自分をせめないで欲しいと思います。今の採用制度では、たかさんの教師としての力を適正には評価しているとは思いません。 しかし、今年、埼玉でも採用試験の年齢制限が撤廃されたように、経験のある方が、正規採用される道が一歩ずつですが開かれつつあるのが、全国的な動きでもあります。 私達は他県の運動を学びに8月16、17、18日と青森で開催される全国の臨時教職員の学習交流集会へ参加します。そこでどのようにすれば、臨時教員の経験の長い方が本採用へとなるのか学んでいきたいと考えています。 ぜひ、また色んな意見を聞かせていただけたらと思います。よろしくお願いします。 臨時教員の経験が適正に評価され、正規採用されていくということへ向けて皆の力で頑張りたいものです
August 13, 2009
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ここ数年、小学校の採用者数が増え、更に今年から採用試験の受験年齢制限が撤廃されたことを受けて、小中の臨時教職員を対象としている私達のサークルの勉強会に参加する新しい方々が増えてきています。年齢層にも幅があり、他の仕事から転職した方、子育ての経験もある方など様々な経験をしている方の参加があります。 しかし、現実は、学校は大変に忙しくどの方も、皆、勉強と仕事の狭間で苦しんでいるように感じます。「忙しい中、一人では思うように勉強できず、サークルに参加して、頑張ろうと思いました」という感想を多くの方が話しています。 サークルの充実した勉強会も無事終了し、期待と不安で試験結果を聞きます。しかしながら、勉強会の講師を務めるようなベテランの長期の方や、実践力のある方など、当然受かるべき人は、どういうわけか受からないのが現実です。その結果を知ると長年の経験や現場での頑張りが本当に評価されているのか?と感じさせられます。何年も一次は突破するものの二次で不合格が続き、この先の見通しもたてられないままに、採用試験をやっとの思いで受け続けている方も多いのです。 当初、試験に受かりたいという思いで参加してきた若い方の一人は、厳しい現実を必死で頑張っている長期の方々の状況を知り、「臨採制度は差別的な制度ではないか?」と問題意識を持つようになったそうです。彼は、「仲間とのつながりがあるから自分はがんばれるんだ」という思いから自主的に勉強会の資料を用意し、学習をリードしてくれています。様々な矛盾を背負いながらサークルに集まる長期臨時教員が多い中で、とても力強い存在になっています。 受身ではなく主体的にサークルに関わろうとしてくれる方もいて、私達長期臨時教員に明るい未来を感じさせてくれます。 忙しさの中で「なぜ教師をめざすのか?」「どんな教師をめざすのか?」教師としての原点を見失いそうになるのが、今の学校現場です。あえて、そのようなテーマを面接練習や論文指導で問いかけながら、そのことをとおしてそれぞれが自分と向かい合い、共により良い教師を求めて繋がっていけたらと思います。
August 10, 2009
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試験の結果がそろそろ発表になるこの時期、眠りの浅い日が続くと臨時教員の仲間達がいう。 試験に落ちるということを想像し、今まで子ども達のために頑張ってきた自分を否定してしまうという。休日も部活だ生徒指導と働き、授業では、1人でも分からない子どもがいないようにと教材研究を必死でやり、周りの先生にも「良くやってくださって」と感謝されているのだけれど・・・・ 「不合格」という一枚の通知は教師として人間としても「不合格」ということ。教師としてふさわしくないんだと自分で自分を否定してしまう。 しかし教育委員会はそんな「不合格」の通知をつきつけた先生に再び臨時の先生として教壇にたたせるのだ。 たった1分間の自己アピール文で、20分間の面接で、5分間の模擬授業で、1200字の論文で、教師としての何がわかるのか?どんな思いで子ども達と関わっているのかわかるのだろうか? 臨時の教員として子ども達と真剣にぶつかり、頑張ったことが評価され、努力が報われるような採用制度に1日もはやく皆の力で変えていきたい。
August 3, 2009
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学期末の大変に慌しいこの時期、いよいよ採用試験が県下一斉に行われる。今年の試験から受験年齢制限が撤廃され、50歳代の年齢の高い方もやっと試験をうけられるようになり年齢に関係なく正規の教員になれるチャンスができたことはとても大きな前進といえる。 私達が長年やっている臨時教員サークルたんぽぽにも「はれて受験できるようになりました」と言って採用試験の勉強会に参加する50歳代のかたもいらっしゃった。その方は子育ての経験も、又民間の仕事も経験された包容力のある優しいお母さん先生だ。 サークルに来ていたある臨時の先生も明日の試験のために、同じ職場の先生達と何人かで遅くまで、採用試験の勉強をしていたそうだ。その先生が私に「私の面接の受け答えで気になることを言ってください」と言った。以前その先生はサークルに参加してくれていたので、その時の面接のことを言ったのだ。 「今のままの先生で充分です。」と私は答えた。 担任として子ども達の指導にあたり何年もの実績をつんでいる先生。そんな先生の面接のどこが不充分だといえるのか・・・。 「今まで先生が子ども達のために頑張ってきたことを思い出して試験にのぞんでください」 私はそういうのが精一杯だった。 埼玉の教育はこの先生のように実際に現場で子ども達と関わっている何千人もの臨時の先生によって支えられている。そんな先生も明日試験に臨む。そんな先生の経験が正当に評価され採用されるような試験制度にするために更に連帯の輪をひろげたい。
July 13, 2009
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加藤氏の記事を読んで官製ワーキングプアとは何だろうと思った。彼女は「官製ワーキングプア」なる集会に参加したのだろうということはわかる。でも、官製ワーキングプアって何?新しい言葉か、それに関する解説が全く書かれていない。悪気はないのだがいつもの彼女の癖なのだ。自分がわかっていることは世の中のすべての人が理解していると思っているふしがある。このブログの共同運営者の一人であるじゅんじゅんにして、知らないということは、ちと問題であろうと思い、さっそく調べてみた。 調べるきっかけとなったのは、~ 昨日、官製ワーキングプアーの集会に参加しました。そこで、次ぎの様なことを話しました。~ と始まる、加藤氏のブログの記事のコメント欄に書きこんでくださったおあしすさんのコメントを読んだことだ。コメントには「官製ワーキングプア・・・先週、先々週あたりの読売新聞に理科専任小学校教員が不足、でも正規採用で対応するのではなく臨時採用で(財務省の方針)ということが書かれてあったり、私立学校の常勤講師や非常勤の不安定な身分と賃金の安さなどについて書かれていた記事もよみました。いつからこんなことになってしまったのでしょう。」と書かれていた。うーん、最近はただのワーキングプアというだけでなく、「官製ワーキングプア」などというようになったのかー??? そうではなかった。つまり名ばかり公務員ということである。自治体などの公務職場や公務の委託を受けた職場で、非正規で働く人が増えている。自治体の財政難などが背景にあるが、低賃金や不安定な状態であることは民間と変わりがない。官が作り出したワーキングプア(働く貧困層)という意味で「官製ワーキングプア」との言葉も生まれているらしいのだ。 この加藤ブログの主催者加藤氏は4月26日に東京都内で開かれた「なくそう!官製ワーキングプア」という集会に参加したのだということがわかった。そうだったのかー。詳しくは 働くナビ:「官製ワーキングプア」とは をごらんください。この集会で、加藤氏はこのブログで繰り返し書いている非常勤講師としての彼女自身の生活実態を話したようだ。(前回のブログにそう書いている)この集会には全国から430人が参加。図書館司書や消費生活相談員、清掃車の運転手、保育士ら、公共サービスを現場で支える非正規公務員が次々と、低賃金や短期契約による雇い止めの不安を訴えた。 今までは民間で働く派遣社員ばかりが取り上げられてきたが、今や"生活が保障され、安定している"と思われていた公務員もワーキングプアに陥る状況となっているのだ。 またおあしすさんのコメントに「先週、先々週あたりの読売新聞に理科専任小学校教員が不足、でも正規採用で対応するのではなく臨時採用で(財務省の方針)ということが書かれてあったり、‥‥」とあるが、確かに、理科の教員は本当に不足しているらしく、私が現在、臨時教員として勤務している中学校でもこの5月下旬まで理科の教員がみつからず、四方八方、手をつくしてやっと、この6月より臨採の先生がみつかった。この学校、理科の教員4人中2人が臨採であり、私を含み、32人中7人が臨時採用という、臨採の教員が占める率は22パーセント、つまり5人に一人、他に栄養士や校務員さんなどを含めればもっと高率となる。おそらく、どこでも、今やこんなものだろう。 さて、私が勤務する学校では、これまた官製ワーキングプアと同じくらい?問題となっているパワハラ(パワーハラスメント)の問題も存在している。このことについては次回のブログで詳しくお伝えします! じゅんじゅん
June 6, 2009
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昨日、官製ワーキングプアーの集会に参加しました。そこで、次ぎの様なことを話しました。 1、職場での働き方 私は、埼玉県のある市の小学校で臨時の教員をしています。臨時の教員というのは、正規の先生が出産や病気の時の代わりとしてはいる先生のことです。しかし、今は各市町村の自治体で30人学級を実現させたいという運動が起こり、そういう声に押されて、行政は正規の先生を採用して30人学級を実現するのではなくて、私達のような待遇の非常勤をいれて、30人学級を実現しようとしています。ある市の非常勤の方は、時給1500円で全く担任と同じ仕事を任されている実態もあります。 私は、今1年生と2年生の算数の授業を担任の先生と一緒に担当しています。授業の中身について担任の先生と話をしたり、授業中は授業についていけない子どもに個別に教えたり又、放課後勉強のわからない子ども達に算数のお部屋のような所で復習をしています。 勤務時間が1日5時間なので、本来は朝の打ち合わせや学校全体のことがわかる職員会議や、問題を抱えている子ども達の対応について話し合う研修などに参加できません。教材を作ったり、授業についての事前の勉強をしたり、という時間もおもうようにとれません。割り切って自分の仕事はここまでと線を引いても、本来学校の仕事がみんなで力を合わせて行う協同の仕事であるのに、働きかたが違うということで仕事も人間関係も分断されているように感じます。 また自分自身もはたして職場の中で役に立たない人間なのではないかと疎外感を感じ、自己肯定感も持てずにいました。教師として子ども達のために頑張りたいという自分自身の思いも充たされず、仕事をとおしての自己実現もされないということが一番辛かったです。どうせ自分なんかはという「自分からの逃避」を日々重ねているように感じていました。職場の先生とコミュニケーションをなかなかとれずにいることを制度の問題と自分の個人的な力量不足の問題と分けて考えることができずにいました。そんな働きかたに疑問を感じ今は、自分からお願いして勤務時間を超えて仕事をしています。2、生活実態 私の勤務時間は1日5時間、時給1210円です。皆さんは時給1210円はどのように思われますか?時給1210円では良いほうではないかと思われている方も多いのではないかと思います。しかし、夏休みや冬休み、春休みなどの長期の休みは仕事を切られて、年収80万円です。長期の休みは学童保育室でアルバイトをしています。 私は、10年以上臨時の教員をやってきましたが、今から5年前から今の市の非常勤をやって、生活が成り立たなくなり、当初はスーパ―の試食販売の仕事を週に一回土日にやりました。しかし、疲れて、肝心な教師の仕事に差し障りが生じると感じ、同じ悩みをもつ臨時教職員の仲間に相談し、生活保護を受けることにしました。自分が教育の仕事をしていて生活保護の適用になる事実に驚き、周りの友人や親戚からは「生活保護を受けるのは恥ずかしい。」「生活保護を受けるなんて甘えている」などと言われました。そのように言われ悩みや戸惑いもあり、生活保護をうけることは、よくないことだと思わされたこともありました。今は、生活保護を受けることで厳しいながらもなんとか生活もできるようになりました。 私達の仲間の中には、「子どもを大切にすることは、実は、先生を大切にすることであり、先生を大切にするということは子どもを大切にするということではないか」と言う仲間がいます。生存権を保障する生活保護が認められたことで教育に専念できるという働く者の生きる権利を守り、さらにそのことは、安心して教育に専念できるという子どもの教育権を守ることになったのではないかと思います。生活不安、雇用不安を感じることなく、教育の仕事に専念することが子どもを大切にすることになると思います。私達の待遇を正規の教員に近づけていくことが安上がりの教育を許さない、人間の使い捨てを許さない闘いとなると思っています。 私達の仲間の中には、私のように50歳を過ぎている方が何人もいます。3年ほど前から臨時教職員の採用の年齢が50歳までだったのを撤廃させることができました。更に今年から、教員採用試験の受験年齢制限も撤廃することができました。それは、臨時教職員自らの立ちあがりと多くの臨時教職員の制度はひどすぎるという怒りをもつ埼玉県民の皆さんの支えがあったからだと思います。 私は、これからも多くの仲間とともに、子どもたちのためにいきとどいた教育を求めて、人間らしい生き方、より良い教師を求めて自らの正採用を求める闘いを仲間と共に頑張っていきたいと思っています。
April 27, 2009
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3月、4月と次の仕事探しの季節を迎えました。仕事を求めるその闘いに仲間とともに挑んでいるYさんは今の心境を次のように語ってくれました。「ある市で仕事があるといっておきながら今日その仕事がないということがわかりました。今までもそのようなことがいくつもありました。期待半分背負いながら、仕事探しをやっていくのが我々、臨時教職員の宿命なのでしょうか?私達の仕事かきれないよう、きれたとしても最小限になるようなそんな仕組みができないものか、制度として確立されないものかと思います。」Yさんの切実な願いは皆の願いです。
April 8, 2009
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1、目的 長期臨採の集いをやり仲間作りがなぜ必要なのかというと、ここだと安心していて話せると言う場所があって初めて長い間封印していた自らの思いを語ることができるのだと思います。長期臨採のかたの多くは何年もの長い間本音を隠しながら生きています。又家族の病気、介護を抱え、子どもの受験など生活人としての問題も抱えて生きています。仲間と出会わなければ、制度の矛盾を自ら自己責任と引き受けながら生きざるをえないのです。 しかし、自らの思いを語る中で自分の思いは自分だけの問題ではなく、共通する思いだと感じることでつながりができてくるのだと思います。その積み重ねの中で、やがて自分の問題は皆の問題だと立ち上がってくる臨時教職員があらわれてくると思います。今回のような集まりに参加したり、自らの仕事を求めて、職場の校長に仕事のお願いに行ったり、サークルの運営をやったり、採用試験の情報公開をしたり、母親大会はじめ色んな集まりに行き、自分の思いを語ったりなどと主体的に動く、立ち上がる臨時教職員を作ることに繋がってくると思います。そこでは、一人一人の思いを大切にした集いの持ち方が運営する側には求められます。2、集いの様子 集いは長年、非常勤をやっているAさんの話から始まりました。 Aさんの仕事は1つのクラスを2つに分け少人数指導をしています。今は、2つの学校を掛け持ちしているが、1つの学校で、「非常勤の枠を超えているがいろんな仕事をやって欲しい」と言われたそうです。しかもミーテイングをやるので、時間外になることもあるといわれ大変に驚いたそうです。 今まで非常勤の枠をこえるような働き方を強要されることは一度もなかったので、それほど現場が忙しく正規の先生が大変になっているということではないかと思ったそうです。Aさんのような非常勤の先生を増やし少人数指導を進めていくということは、正規の先生にとっても、授業の打ち合わせの時間が必要になり、授業で使う教具も2クラス分になるというように、仕事の負担を増やすだけで本当の解決にはなっていません。少人数指導の非常勤を配置するのではなく一クラスの人数を減らし、少人数学級を実現させることが必要ではないかと思いました。先生の多忙化を食い止めるためにも、非常勤の待遇を常勤に近づけ、正規採用させ、教員の数を増やす必要を感じました。 又、臨採の立場として次の3点が改善して欲しい点としてだされました。 1つは、毎年受けている採用試験の書類の中に健康診断書があるが、実費でお金がかかり、時間もとられるので、負担も大きく、学校で春に行う健康診断で兼用できないかという指摘がありました。 2つ目として、仕事がきまれば県費採用の場合、健康診断書だけでなく、大変に細かく書かなくてはならない履歴書、格付け表など面倒な書類を出さなくてはなりません。さらに、卒業した学校の成績証明書から本籍地から取り寄せる身分証明書、その他の書類もあります。仕事が決まるたびに毎年毎年、そのつど出さなくてはなりません。一度、採用された市に提出したら、登録したことにして書類の提出はしないで良いようにできないものかという要望もだされました。 3点目として、採用試験の特別選考に市費採用の7時間未満の非常勤も対象にして欲しいという意見もでてきました。やはり、同じ立場の臨採者が集まれば、要求もはっきりしてくるのだと思いました。3、集いを終えて感じたこと 集いにはじめて参加した方の感想として、「普段、色んな情報を共有できるということがないので、皆さんの色んな話がとても参考になりました。自分の悩みもはきだせて、気持ちも楽になりました。一人ではないということを感じ、勇気をもらったように思います。又、正規の教員だが、長年、臨教の経験もある方も参加していて、こちらの気持ちもわかってもらえると感じ、ありがたかったです。また、臨教とは同じ立場でないが退職された方々のアドバイスや話は参考になりました。採用試験の内容についてもつかみ所もないので、試験勉強をするにあたって、ポイントなども今後勉強会などでわかりたいと思っています。」というものでした。 長期臨採の集いをやって思ったことは、長期の臨採者自らが自分の言葉で語ってくれたことがとても大事だということ、その中からこうしたら良くなるという改善点が見えてくるし、今の学校の抱えている問題点も見えてくると思いました。また、自分の思いをはきだす中で、お互いの思いを共有でき、臨時教職員のつながりだけではなく、正規の教員とのつながりも感じられた集まりであったと思います。今回のような集いを重ねながら、長期の臨時教職員が自らの本採用化に向け、正規、臨時、市民や父母、他の職種の方と立場の違いを超えてどう繋がっていくのか、繋がることの大切さをあらためて感じました。 弱い立場の臨時教職員が自ら、声をあげ、本当の意味で教育を作る主体となったとき大きく埼玉の教育がかわっていくものと思います。そのためにも、今回のような長期臨時教職員の集いをやり仲間作りを丁寧のやっていくことが運動を前進させる大きな鍵を握っていると思います。
March 21, 2009
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1学んだこと まず、意味をしっかり理解することが大切ではないかと思いました。5たす3という足し算、5かけ3という掛け算、10わる2という割り算にもそれぞれに意味があります。計算の意味を学ぶ前にたす、かける、わるという言葉は、どのような意味があるのかを知ることが大切だと思いました。 計算の意味もやりかたを知るというだけでなくどうしてそんな答えになるのかの理由がはっきり理解できると良いと思います。そのためには、実際に2けたかけ2けたの計算をタイルを使いやってみてなぜそんな答えになるのかよくわかりました。 長さの勉強では、初めの導入では、子ども達がやってみたい、実際に計ってみたいなあと思うようなもの、計る必然がありさらに興味をもてるものを計ると楽しい授業ができるのかもしれないと思いました。面白そうだな、やってみたいなあと思わせるにはどうしたら良いかを考えることが教材研究では大切だと思いました。 角度や大きな数の四捨五入の問題についても「角度とはこういうこと?」「四捨五入とはどういうことか?」ということが目で見てよくわかるような教具を使うと楽しく学べると思いました。どのような教具をどう使うのかをよく考えることも大切な教材研究だと思います。2、自分の課題 私は、自分の頭を使って色んなことを考えていくことがとても苦手です。決められたことを決められたとおりのやることはできますが、物事を順序だてて考えることや、積み重ねて考えていくということを今まであまり大切に考えてこなかったのでそういう力があまり育っていないように思います。そんな私ですが、今日の勉強会で学んだことを大切にしながら、自分で教材を考え、授業を組み立てていく作業をやっていく中で、自分で考えていく力をつけていきたいと思っています。
March 7, 2009
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後藤道夫さんの講演を聞いて1. 貧困の急増―1997年と今の状況を比較して・1997年・90年代半ばまで日本型雇用(5、6割)の年功型賃金、(就学援助を受けている人78万人、貧困世帯12,8%)・世帯主であるはずの男性中心の働き方でパート、アルバイトの賃金は家計補助・ワーキング・プアと呼ばれる人は、小規模企業零細者、日雇い労働者、自営業下層・ 「男の人がいれば暮らせないのは努力が足りないから。」「普通の労働能力と労働意欲があれば、貧困にはならないはず」・ 社会保障・社会的支援は働けない人(高齢者、障害者、疾病、母子世帯など)のもの。働ける人は自力でという考え方・ ワーキング・プアは基本的にいないはず。いてもなにかの特別の事情のせいというイデオロギー。今の状況(構造改革以降)・ 強い社会的規範としての日本型雇用の制度が解体、長期雇用慣行が解体し、小泉のリードで2001年から大リストラ。・ 派遣、パート、嘱託など非正規だけど家計の担い手となる。・ ワーキング・プアと呼ばれる人は、自活する非正規、低処遇正規があらたに加わる。特に母子世帯の困難が拡大する。・ 労働規制の大幅な緩和によって、派遣労働の拡大、一般化、様々な雇用形態の共存によって、「モノ」扱いの蔓延、パワハラ、いじめ、不団結の拡大2、人間らしい働き方を求めて(1)社会的に通用する水準の生活が保証されなければならない。米は10キロでも1キロでも買って良いが、労働力は、雇う側の都合で分割してはいけないはず。労働者はフルタイム・正規で雇われる権利をもつべき。・ 賃金水準は生計費を越えなくてはいけない。(2)労働力の持ち主を傷つけてはならない。安全配慮の義務がある。過労死などあってはならない。(3)労働力商品を売れない状態の人々(失業者、子ども、高齢者、疾病者、障害者、家族ケアで働けない人など)の生活が保障されなければならない。以上、自分なりに話をきいてまとめてみました。
February 16, 2009
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1、 算数の勉強会に参加したのは・・・ 先日、私は、ある団体の算数の授業についての勉強会に久しぶりに参加しました。 現在、私はサポート教員補助員という名前の非常勤の仕事をしています。先生の補助として算数の授業に入り分からない子に個別に対応しています。しかし、私自身、子ども達と共に学んでいる授業のねらいがつかめていないので、どのように子ども達に対応していいのかわからなくなり、学習会に参加し、学ぼうと思いました。 私が授業のねらいをつかみきれないのは、授業前や終わってからの話し合いができていないこともあると思います。私の勤務時間が一日、5時間と短く、先生が授業を終えて職員室に戻る時間は、私の退勤時間になってしまいます。担任の先生と教材についての話し合いをするのが良いと思うのですが、思うようにできないため、勉強会に参加し、自分で教材の研究をする必要があると思いました。2、学習会で学んだことは・・ 今日の勉強会で学んだことは、図形についてでした。どの学年でも図形を学んでいくプロセスとしては1、図形的な物を使って、まず、楽しく遊ぶ。2、遊んだ図形をそれぞれ仲間分けをする。3、分けたものにそれぞれ名前をつける。4、それらの性質を考える。5、自分の身の周りに同じような物はないか探してみる。というような流れで学んでいくと言われました。 その他に、算数の言葉にこだわりながら、なぜ「三角形」というのか、言葉の意味をしっかり子ども達に理解させることが大切だと言われました。そして、具体的なものを使って体を使って学ぶと図形の意味がしっかり定着するのではないかと言われました。更に、習った図形は身の周りの生活のなかでどのような所で使われているのかなどということを調べたりしながら、現実の生活と結びつけて理解することが大切だという指摘がありました。3、補助的な立場といわれようと・・・ 私は勉強会に参加し、図形のことが自分なりに少し理解できたように思いました。学習会に参加したことで、補助的な立場ですが、その後の図形の授業が前よりも子ども達と楽しくできたように思います。学校で打ち合わせがなくても、ゆとりを持って授業に入っていけたように思います。これから時間をみつけて算数をより深く学んでいきたいと思います。
January 29, 2009
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昨年、暮れにある勉強会に参加しこのような題の話を聞きました。 その話をされたのは、小学校の先生です。その先生の受持つクラスの子ども達の中に重いLDのK君はじめADHDやアスペルガーの子ども達が数人います。学級崩壊も以前に起こしていたクラスでした。 大変なクラスでしたがその先生は、何ができるかをさぐりながら集団作りをすすめていきました。その中で特別な支援を必要としている子どもや、手がかかる子どもに振り回されずに学校全体の子ども達の発達要求や、課題を考え、子ども達が自立して生活できる世界をどう立ち上げていくのか1年間のイメージを持ちながら指導されたそうです。 様々な実践をされましたが、その中で大切なことは、教師の思想性として「人間同志が共に生きていくという生き方」をしっかり持つということであるといわれました。その生き方が根底にあり、発達障害をもつ子どもへの対応や保護者への対応、子ども同士の関係の作り方があると言われました。 発達障害をもつ子どもについて、その先生は、「生まれた時、指が4本の子どももいるのよ。体も皆それぞれに違うように、心の中もみんな同じではないのよ。」といいます。今までの子ども観を切り替え、発達障害のある子どものことを「分からない所もあるけど好き。」なんとか一緒に過ごそうとすることが大切だと言います。 また重いLDの障害をもつ子どものお父さんに対しては、「K君は自分がわかっていないということがわからないのです。やろうとしてもできない。そんなK君にどう対応していったらいいか一緒に探っていきましょう。」と話したそうです。さらにK君の障害を理解していないお父さんに対して、「是非、学校に来て、K君の様子を見に来てください。そして、連絡ノートを作って、K君の様子を交流しましょう。」といくつかの約束事を決めたりするそうです。 さらに、子ども同士の関わり関係を作るために、「成長というのは人によって違い、自分がどれだけ進歩したかが大切で人と比べるものではない」と子ども達に話し、そのような教師の子ども観は、子どもが子どもをみる視点に影響を与え、親が子どもをどうみるかに影響を与えると言います。子どもを大事にした教師の子ども観が実は親を巻き込んだ共同の子育てとつながっていくとも話されました。 私はこの先生の話を聞いて、人と人が繋がっていくことの大切さを強く感じました。「どうせ人は分かってくれない」と自分の心に内なる敵を作ってしまう私ですが、一人一人を本当の意味で大切にできる生き方を貫くことは自分が教師として生きていく拠り所になると思いました。どのような教師として自分は子ども達の前にたつのかの姿を具体的に学ぶことができたと思いました。
January 12, 2009
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年末より姜尚中の「在日」を読んでいる。姜尚中氏は、いろいろなメディアに出ているので知っている人も多いだろう。在日二世の東大教授であり、自身の在日としてのアイデンティティーと共に鋭い社会批判を積極的に行っている。情の深さが表れたあの静かでソフトな語り口は、心に染み入るものがある。 その姜尚中の文章、というか正確に言えば彼の講演をまとめた記事だったか、私が初めて読んだのは3年前の2006年の暮れのことだった。このブログの主の加藤氏より、「進める会」(臨時教員の待遇改善を進める会)の主要メンバーが集まる忘年会に誘われた場であった。メンバーの一人の姜尚中氏を敬愛する男性(彼も臨時教員)より、記事のコピーを手渡されたのだった。私は、今もそのコピーを大切にとっている。なぜなら、この姜尚中の記事について父と話をしたのが、最後の父との思い出となったからだ。 明けて正月、いつものように私は実家のある福岡に帰省していた。いつも、様々な分野の新聞の記事を切り抜いていた父だった。その父と私は、その頃、一般にも知られるようになったワーキングプアについてよく議論していたものだった。常々、そのことを含めた社会状況に憂いを持っていた父に、持ち帰った姜尚中の記事を見せたところ、「この人はすごかねー、よう、物事をみとんしゃーね。この人の記事、お父さん取っときたかねー」と痛く心服した様子だった。 その翌日5日、私は父と母と14年振りに愛宕神社へ初詣でに出かけたのだった。そこは、私がその春には結婚して東京へ行くという14年前の正月(今や17年前となるが)に一緒に出かけた思い出の神社だった。玄界灘の海が一望に見渡せる愛宕山の頂上にある愛宕神社だった。初詣より帰ったその日の夜、入浴中、不慮の事故で父は逝った。 と、いうわけで姜尚中の「21世紀をどう切り拓くか」というこの講演の記録は、父の手元にはなく、父との最後の思い出として私が大切に手元に持っている。 ところで、派遣教員の身の私としては正月(1月)は、その3月に次の任用があるかどうか、心配な時期でもある。幸い、私は連日の報道にあるように突然派遣を切られて、この年の瀬の寒空に投げ出されるという憂き目にはあっていないものの、同情すべきは、そのような、派遣切りをされた若い人々だろう。なぜなら、景気が悪くなれば、真っ先に切られるのが彼らのような若年労働者だからだ。私が就いてるような公教育の臨時教員というのは、景気にはそれほど左右されないだろう。むしろ、国の教育予算削減に連動して、それでも教員数を確保せねばならない自治体にとっては、教育費を節約するのに、正規で雇うより臨時は安上がりなわけだから。 今や派遣労働者は321万人に達し、ワーキングプアの温床となっているという。小泉政権の規制緩和の美辞麗句の下に自由化された派遣労働法の結末が今起きている派遣労働者の大量解雇ということなら、やはり、小泉のやったことは間違っていたということではないか。「痛みを伴う改革」どころではないではないか。当の本人はさっさと政界を降りると宣言し、責任はとらないし、痛みなど感じているはずもないのだ。 松下プラズマの偽装請負告発事件訴訟で高裁判決は『松下は労働者供給=人身売買をしていた。中間搾取という賃金泥棒をしていた。これらは公序良俗に違反する』と決定した。派遣労働法の改正については、よく調べてはいないが、おそらくはこのような悪徳企業が人間をモノとして使いまわすのに都合のいいものに改正されたのに違いない、と私は思っている。 若者が夢を持てないどころか、今日の食べるものにも切迫するという現実は酷い世の中になったものだ。派遣切りや、松下やトヨタという大手企業がおこなっている偽装請負などは、本当に、人間をモノとしか扱っていないとしか思えない悪行である。この年末、You tubeで何度も共産党の志位委員長の国会答弁を聞き返した。以前、このブログに紹介した時の答弁から繰り返し、彼は派遣労働の切迫した実態について国会で首相に質問をし続けている。 前回、ブログで紹介した時のものは確か、福田首相だったと思うが、昨日見たのはその福田首相に次いで、現麻生首相に対しての答弁だった。ここで、その状況を説明する気もないが、率直で的を得た志位委員長の質問に対し、のらりくらりの答弁、質問されているのは首相本人なのに、福田、麻生、両者ともひたすら、厚生労働大臣の舛添要一氏に答弁させているのが姑息だ!まずは志位委員長より両者への質問の様子をご覧ください!→ 福田さんへの質問 麻生さんへの質問 姜尚中はその講演で述べている。以下、姜尚中の「21世紀をどう切り拓くか」より抜粋。 戦後はじめての格差と矛盾 自己責任ということを私たちが認め、容認し、それを積極的に進めていくとするとどうなるか。その結果として、昨年だけで3万2,000人近くの自殺者が出ております。私の教え子がライフリンクというNPOを立ち上げ、自殺防止のための立法化にむかって新しい動きを始めました。今から八年前日本の自殺人口は3万人を超えました。約30万人近くの人間がこの年間で亡くなっております。1人の人間が死ぬということは、その親戚やいろんな人々を入れて最低でも10人の人にとっては大きなショックであり、トラウマになっているのではないかと思います。 日本の人口当たりの自殺率は、ロシアに次いで世界で第2位か第3位ぐらいで、グローバル化を進めていく本家本元といわれたイギリス、アメリカと比べても、断然高いんです。社会はほとんどこ3を自己責任として、個人の悩めるできごととして放置していたという問題は、深刻です。三万2,000人を365日で割ると1日あたり90人の人が死んでおりますし、私の話が約1時間ちょとだとすると、私の話が終わったときには4人ぐらいは亡くなっている計算になります。 一方では、巨万の富を得る人がいます。パソコンひとつクリックして、それで何億、何十億というお金が飛び交うような社会もあります。これはただ単に不平等や格差があるというのみならず、戦後日本が一度も経験しなかった目もくらむような落差です一度も経験していない未来への希望がないという事態です。<中略> パリにおけるもう一つの現実 3月の初旬から二週間、NHKのBSでフランスへ行きました。1万台の車が全土で焼かれた移民暴動の取材です。フランスというと自由、平等、博愛のすぐれた民主主義の国だと考えますが、現実に起こっていることは移民の子弟による暴動でした。さらに、CPE(初期雇用法案)という、だいたい2年間にわたって雇用主が被雇用者を理由も言わずに自由に解雇できるという、官公庁では労働市場の弾力化と言われている首切り自由化法が出されたのです。これが通るということになって、パリで約一五十万近くの中学生や高校生たちのデモが発生しました。しかも肌の色も民族もそして自分の主審母体も違う若者が、結局この初期雇用法案を廃案にしました。 この取材で思ったことは、若者たちが街頭に出る、自分たちの未来にむけて自分たちのことを決定する、これは非常に清々しいことでした。これは私も一度も見たことのない光景でした。六十年安保の時も国会を取り囲んだのは、まあ30万くらい。このデモは150万でしたからさすがに驚きました。そういうことが若者に中から起きている。つまりさきほどの全体会の発表が、このようかエネルギーとなっていくならば日本の未来はあるのではないかと思うんですが、発表した一人ひとりは、そう簡単ではないと、ある程度はわかってらっしゃるのではないかと思います。 フランスで、移民系の人々は9・11以降、人種差別の対象になり、チュニジア系・アルジェリア系等を問わず、ほとんど自分の未来が奪われる状況です。かつて「在日」の人々が潜在的な犯罪者と見られ、自分の未来を閉じざるをえない状況と酷似しています。母語としてフランス語しかしゃべれない。アルジェリアに行ったこともない。にもかかわらず自分たちはフランス国民ではない。失業率は50パーセントに達している。華やかなパリから車で約40分、シテといわれている廃塊のような高層アパートがありました。そのゲットーのような中で、唯一の楽しみは、食べること。そこにはマクドナルドが一つ、あとは何もない状況です。<中略> 紙面の関係でかなり抜粋したがこの文章を読んで思ったこと。暴動を起こすエネルギーと正義を持っている若者が結集するならまだ、日本に希望はあるけど、今、若者は内へ内へと向かうから、それが切れたときには連帯の暴動ではなく不特定多数に向かう暴力となることが問題なのだと思う。また、そんな若者にしてしまったのは私達大人なのだろう。そして、今、日本の若者はかなり不幸な現実に直面しつつあることは、たぶん確かな事だと思う。このまま、この状況が続けば、間違ったカリスマ指導者が登場する時、彼らは付和雷同的に追従するかもしれない。 全体主義の再来とならないよう子供たちに教えるのは私達教師に課せられた仕事である。ただ、そんなことを教える間もなく、臨時教員の私はあとわずかで切られるのも現実である。これも全体主義者のもくろみかー。(怒) じゅんじゅん
December 31, 2008
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『派遣』という言葉が一般化して久しい。今では小中学生までが普通に知る言葉となった感がある。私は時々、教えている中学生に、「先生ねー、今年来たばかりだけど、来年は居なくなっちゃうんだー、だって、先生、実は派遣なんだー」と言いたい衝動にかられることがある。まだ、実際に口に出したことはないものの、言えば、おそらく、子供たちはそれですべてを理解してくれるだろう。「あっ、あの先生今年いっぱいで派遣切りされちゃうんだー、カワイソー」、と。 かつて、派遣法制定当初は、「正社員の職を侵食しないよう、特別な知識や技術を必要とする業務に限られていた。」らしい。教員はILOで専門職と見なされていると聞いたが、どうも日本の労働者派遣法の専門職の業務には入ってないようだ。 現行の「労働者派遣法」ではソフトウエア開発のような専門職(26種類の業務が専門職と認定されている)の場合は,実は現在でも派遣期間に制限はない。例えば,2年契約を2年ごとに4回連続で更新すれば,派遣労働者は10年間同じ会社に勤務できる。そこで、26種類の業務とはどんな職種なのか調べてみた。<専門的派遣の26業務> 【1号】ソフトウエア開発の業務【2号】機械設計の業務【3号】放送機器等操作の業務【4号】放送番組等演出の業務【5号】事務用機器操作の業務【6号】通訳、翻訳、速記の業務【7号】秘書の業務【8号】ファイリングの業務【9号】調査の業務【10号】財務処理の業務【11号】取引文書作成の業務【12号】デモンストレーションの業務【13号】添乗の業務【14号】建築物清掃の業務【15号】建築設備運転、点検、整備の業務【16号】案内・受付、駐車場管理等の業務【17号】研究開発の業務【18号】事業の実施体制の企画、立案の業務【19号】書籍等の制作・編集の業務【20号】広告デザインの業務【21号】インテリアコーディネータの業務【22号】アナウンサーの業務【23号】OAインストラクションの業務【24号】テレマーケティングの営業の業務【25号】セールスエンジニアの営業の業務【26号】放送番組等における大道具・小道具の業務 これを見る限りにおいて、小中学校で働く教員は専門職には入っていない。ちなみに派遣で働いている人は、派遣雇用契約書を見ると、自分が何号業務で働いているのかわかるらしい。 そもそも、臨時教員として雇われるのに雇用契約書なるものは貰わないし、貰うのは雇用期限が記された極めて簡単に書かれた辞令のみである。専門職ではないので契約書など必要ないということか。そこんところ、いったいどうなっているのだろうか、改めて知りたいものだ。 ともかくも、教員は派遣労働法においては専門職とはみなされていないことがわかった。専門職に該当しない職種の場合,派遣期間は原則1年である。それでだろう、以前は同じ学校に2年続けて勤務できていた人もいたのだが、近年はきっちり、1年以上の勤務は不可と厳しく制限されるようになった。 ILO・ユネスコ『教員の地位勧告』は、「教職における雇用の安定と身分保障は、教員の利益にとっても不可欠であることはいうまでもなく、教育の利益のためにも不可欠なもの」(45項)と謳っている。 しかしながら、管理と競争による人事管理、劣悪な定数・教育条件のもと、慢性的な長時間過密労働と精神疾患の急増、「指導不適切」教員政策や教員免許更新制など教員の「地位」低下と不安定化が深刻化している。それに加え、臨時教員を大量に生み出し、それらが1年限りの専門職とは見なされない単純労働と同じ?派遣労働者として、安易に使い捨てにされている日本の現状を知ると暗澹たる思いにさせられるのは私だけだろうか。 今年も地元の友人から忘年会の誘いのメールが送られてきた。二人の友人共、派遣で働いている。そのうち一人は、何も資格を持っていないので単純労働に甘んじてきた。彼女は労働者派遣法で禁じられている建設現場への人材派遣を違法に繰り返していたとして、東京労働局より改善命令が下された大手人材派遣会社の「グッドウィル」に登録していた。そのグットウィルの違法が公にニュースで報じられたとたん、突然、派遣が切られ、それ以来職無しの暮らしが続いているらしい。もう一人は経理、会計の専門家でおそらく、上の【10号】財務処理の業務の専門職にあたるのか、無事に仕事が途切れずに何とか年を越せそうだとのこと。 私を含み3人とも、バツであり、一人身である。毎日、大手企業の派遣切りのニュースが流れる中、互いになぐさめ合う侘しい忘年会になるのか。(笑) じゅんじゅん
December 21, 2008
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4年ぶりに教職員組合に加入することになった。いうところの日教組(にっきょうそ)である。と、いうのも私が教職員組合なるものに生まれて初めて加入したのは今を去ること4年前だった。10年間非常勤として勤務した私立女子中・高一貫校をリストラ解雇になったあと、定数内臨採( 欠員補充、定数内臨採とも言う。 学校の定数の中に入る臨時採用のこと)として埼玉県のある市の中学校美術教師として常勤雇いとなった時である。 長年の私立勤めから久々の公立の職員室に入って多少緊張気味だった私に、すぐに声をかけてくれたのが組合員の0さんだった。彼女が組合員だとわかったのは、その学校に勤務しだして、まもなくだった。なぜなら彼女から直接、「組合に入りませんか?」と誘われたからだ。その後、4校派遣教員として勤務し、現在5校目になるわけだが、4校のうちどの学校でも、そのようなあからさまな?勧誘を受けた覚えはない。どの人が組合員なのかさがすのが難しいくらいなところもあった。 思い出せば、その中学校では週1度くらいのペースで分会という名の校内の組合員のミーティングが開かれていた。分会、つまり分科会の略なのだろうか、そもそも、「改悪教育基本法を考える」だの「第9条を考える会」などに参加することのなかった私だったが(“異業種交流会”や“○○で起業するセミナー”などにはやたら参加していたが)、そういった会合にも足を運んだものだ。当時その学校で勤務していた私達臨採がすべて組合員になったおかげで?なんと、その学校は日本一の組合加入率を誇っていたらしい。(笑) で、今の学校である。現在勤務している学校は以前もこのブログで書いたように、やたら若い人が多い。当然組合員は少ない。そんな中で、毎日、朝の職会(職員会議)が始まる前に各教員の机に組合の新聞やらビラやらを巻いている、年配の教師がいる。聞くと今年退職されるそうな。前の学校でもその前の学校でも、このような印刷物を巻く年配の教師が居た。わたしは、これらの組合員の教師を『誠意の人』と呼ぶことにしている。本人は『正義の人』と信じて長年の組合活動に殉じてきた人なのだろう。 先に紹介した組合員加入率NO1の中学校を退職してから、組合費を延滞していたので自然退会になっていた私である。この学校にきて、ビラを巻く年配教師に、かつて組合に入っていたこと、さらに当時、毎月の組合員費1,000円が自動引き落としになっていた通帳はそのまま解約せずに持っていることなどを話し、ふと、『こんなご時世でもあるし、私、もう一度組合に入ろうかしら』などどともらしたところ、さっそく、申込書を渡された。彼の熱心なる誘いにふたたび4年ぶりに組合に入るに至ったのだ。 公立小・中・高等学校における組織率及び組合員数は、かつては86%を誇っていたこともあるらしいが現在では28%、ちなみに今の学校では私が加わって4人なので10%程度だろうか。日教組批判もあるだろうが、ネットカフェ難民や、現在の派遣労働者達の悲惨な現状を見れば、国会で派遣労働者の使い捨てを正す日本共産党の志位委員長の映像が You Tubu で配信し続けられ、若者に支持されていることも納得できる。 『連帯』がふたたび若者の間の合言葉になるのも近いのかもしれない。 じゅんじゅん
November 15, 2008
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A先生のマットの授業実践を聞いて、新たな考えを学んだり、色んな疑問をもつことができました。 私は、体育の授業を主になって、担当する機会はないのですが、自分が授業をする立場だったらどうだろうかと思いながら聞いていました。まず、スポーツの目的とはなんだろうと思いました。 A先生の指導案には、「スポーツはその歴史や文化が背景にあることを知らせる」と書いてありましたが、そのことを、まず学び、分かり易く子ども達に伝える必要を感じました。その中で、なんのために体育の授業をやるのかその理由、目的を子ども達とともに学んでいきたいと思いました。その理由が自分なりに納得できたら側転をやることも、鉄棒をやることももっと積極的に楽しく子ども達とやれるのではないかと思いました。 そして次に、具体的に側転や鉄棒を成功させるためにはどのような身体の動きが必要なのか、理論的に学ぶ必要があると思いました。A先生のレポートには「しっかりと身体の動きの関連性をわからせる。」と書かれてありましたが私も自分自身がそのことをまず理解したいと思いました。さらに「できるようになるためには仲間達と共に、自らわかる世界を広げていくことが必要」といわれていました。 体育の授業においてお互いに教えあいながら、みんなと共にできるようになっていくという視点は、今までの私にはありませんでした。小学校の低学年生でも自分の気付いたことを、友達のためにアドバイスできるのではないかと思います。どうしたら側転ができるようになるのか仲間と共に考え合ってわかる世界を広げていけたら本当に充実した時間を子ども達同士過ごせると思いました。体育の授業では補助的な立場で子ども達に関わっていますが、子ども達同士の関わりを大切にできたら良いなと思いました。
November 6, 2008
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これからの課題 先日、同じ職場の正規の先生と話す機会を持つことができました。その話し合いのなかで、私の働き方に対するいくつかの指摘がされました。思いつくまま箇条書きしてみると、1.「今の私の置かれている状況をどうして否定的にしかとらえられないのか。」2.「朝の話し合いに参加できない、研修に参加したいのにできない。行事に参加できないから何をやっても駄目だと思うのではなくて、限られた時間の中でなぜ精一杯やろうとしないのか?自分の思うようなことができないから駄目というのではなくて、自分に与えられた場所で精一杯やろうと考え方を変えてみてはどうか。」3.「私が研修や朝の会に参加することよりも、授業の中で、担任が授業をすすめている時に、次に担任がやろうとすることを先周りして動いて欲しい。」4.「先回りして子ども達に声かけして行動を促がしたり、子ども達が行動しやすいように自分の動きを考えると良いのではないか。」5.「担任の先生からみて、『助かった』といわれることを精一杯やっていくことが、職場の信頼を得て、管理職からみても好意的にみられ、加藤先生にとり良いほうにいくのではないか。」6.「授業においても、若い先生達の授業についてアドバイスできるようであって欲しい、対応の困難な子どものことも担任の先生は必死で対応しているのだから、担任に聞くのではなく、自分なりに対応方法を見つけて欲しい。」などなどといろいろな角度からのアドバイスでした。 私のために、このようにいろいろとアドバイスしてくれる先生にありがたいなと改めて感じました。 今まで、私は、「職場の担任の先生は、私が勤務時間を過ぎて長くいればいるほど助かって良いことなのだ。」と思い込んでいました。また、私が、「職員会議や朝集や研修に出ることは、学校や子どもの様子が把握できて指導しやすくできれば職場の先生に取って良いことになる。」「私が管理職の注意を無視して、勤務時間以外までも子ども達と関わり仕事をするということが、大変に忙しい職場では、先生方に取ってはとても助かることになるのだ。」と思っていました。 私は、市内の同じ立場のサポート補助員の人たちと定期的に集まりを行っていましたが、そこでは、「私のように、もっと子ども達と関わっていたい。」と思うのとは反対に、「子育てなどをしているため、今の勤務時間の方が働きやすい。」という人たちとサポートの仕事に対する考え方も別れていました。サポート補助員は、職場ごとに実際の働き方もいろいろで、専科のような働き方をしている人や担任の補助的な働きのみというような人もいて、学校によって様々でした。しかし、この頃では、サポート教員補助員という名前も後から付いたように、時間どおりに勤務時間を守らせるという職場が増え、決められたとおりに働かせる学校が増えたのではないかと思います。 そのような状況の中で私は、「補助的な立場では物足りない。」と言いつつ、「自分としては、担任になる自信もない。」という中途半端な考えでいるために、先ほどのような職場の先生との考え方の違いがでてきたのかもしれません。私自身、本当は、「もっともっと、子ども達に関わって仕事がしたい。」「もっともっと、学校のことを知って職場の先生の役に立ちたい。」と思いながら、長いことサポートの仕事をしていたように思います。 私は、担任を補助するという自分の仕事をよく考えながら、まわりの先生に認めてもらえるように職場で頑張ることがサポート教員補助員の待遇改善につながると思います。そして、サポートの仲間のつながりを作り、要求をよく聞きそれをまとめて運動を作っていこうと思います。
November 3, 2008
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立場の違いを超えて 私は、勤務時間外に管理職の先生の目をよそに、他の先生達と話をしています。そうすると、「立場は違っても、子どもからみたら同じ先生です。先生ももっと自信をもって自分の意見を言ってください。そのことは子ども達にとって良いことだから」と言ってくれる先生もいます。 でも普段、正規の先生達は、毎日、長時間労働を強いられ、職員室での会話といっても必要な用件しか話していないという感じがします。お互い、クラスの子どもの状況を話し皆で考えていく、あるいは教育実践の悩みを語り合うような、そんな時間がもてたらどんなにいいだろうと先生たちを見ていて思います。 そして、その中に私のような捕助的な立場の人も話し合いに参加しながら、子どもを中心にして、立場の違いを超えて、それぞれがそれぞれの立場で関わりあうことを大切にしてやっていけたらと思います。このような話が、職員室で普段されているならば、私たちは、もっと生き生きと自分に誇りを持って働けるのにと思います。そして、お互いの立場を理解し、お互い尊重しながら、共に、人間らしい働き方について考えていけたらと思います。そのような語り合いが職員室でされるなら、それは、子ども達にとっても居心地の良い学校になっていくことにつながっていくと思います。
November 2, 2008
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職場での様子 私の臨時教員としての仕事は、主に1年生と2年生の授業のサポートとして、担任の先生の補助をしています。中には「特別な支援を必要」とする子どももいて対応に戸惑いながら係っています。授業では、国語、算数、生活、図工、音楽、体育という殆どの教科に補助として入り、授業についていけない子どもに個別に対応しています。そのために、自分で指導に必要な本や教材などを購入しています。また、苦しい生活ですが、ピアノや絵、水泳などを習っています。さらに、国語や理科などのサークルでの学習会にもすすんで参加しています。 これらのことを生かすためにも、授業前には担当の先生との授業方法などの打ち合わせが欠かせません。ところが、私の勤務時間が8時55分から2時40分までのために、打ち合わせをする時間が殆ど取れません。さらに、今日の授業での子どもの理解の様子、明日の授業についての打与合わせなどが必要にもかかわらずできないのです。 「勤務時間が過ぎているのだから早く帰ってください」という管理職の先生にはいわれますし、また、先生達が忙しそうにしている様子をみていると、どうしてもこちらから声を掛けづらくなってしまいます。先に帰るときも「失礼、しました」との声も掛けらず、しょんぼりと学校を後にすることも度々あります。 また、職員室以外で先生達と係ろうとすると、職員旅行や、学期に一度の納め会などがありますが、それらの会費は金額が高く参加するのに:負担を感じます。でも、「このようなときでもないとゆっくり職場の先生方とも話ができない」と思い、納め会ぐらいは無理してなるべく参加しています。
November 1, 2008
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私は、さいたま市の少人数サポート臨時教員補助員という非常勤の仕事をしています。さいたま市では、30人学級を実現したいという運動を背景に全校に1人ずつ少人数サポート教員が配置されました。しかし、1日5時間の勤務時間では思うように子ども達や先生とも関われず教育効果を上げているのか疑問に思います。 また、サポート教員は県費ではなく、市費で雇われているため時給が1210円と安く、夏休みなどの長期の休みは仕事をきられ、サポート教員の仕事だけでは年収が80万円にもならず、私自身は、今は、生活保護を受けながら教師の仕事を続けています。一人一人の子ども達を大切にし、教師として、安心して生活できるためにも、国の教育にかける予算を増やして欲しいと思います。
October 26, 2008
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10月12日の日曜日に東京の歌声合唱発表会がありました。その会に私も参加しました。職場の合唱団として、労働組合の合唱団のメンバーの一人として参加しました。12日の前に予選がありそれを、突破しての参加でした。この日に参加したグル-プの中から11月に行われる日本の歌声祭典に参加できるのかが決まるのです。 私達が歌った歌は「たんぽぽ」と「先生大好き」の2曲です。「たんぽぽ」は学校でも良く歌われる曲ですが「先生大好き」という曲は東京の中野区の非常勤の保育士さん達が首切りという攻撃を受け、それを許さないと闘いに立ち上がり、4年間の闘いを経て今年の4月職場復帰を勝ちとったという闘いの中で生まれた曲です。この歌の生まれたいきさつを聞いた聴衆から、大きな拍手が沸き起こりました。 中には、この歌を歌いながら思わず涙をこらえるというメンバーもいました。結果としては、日本歌声祭典には参加できませんでしたが、歌をとうして、臨時非常勤のたたかいを色んな人達に伝えたことは、おおきな意義があったと思います。先生だいすき 中野保育争議「私は保育士」4部作から第2番1、ほっぺの色はにんじん、 まっしろい歯はごはん、 くろいひとみはこんぶいろ。 みんなもらって大きくなーれ。 せんせいだいすき。 あしたものこさない。2、うさぎになってピヨーンピヨン かにさんみたいにチョ―キチョキ、 いっぱいあそんだこどもたち。 どのこのねがおもあいらしいね。 せんせいだいすき。 あしたもまたあそぼ。3、まちくたびれたこども、 だいてせなかをとんとん、 いそいでおかあさんかけてくる。 きょうもいちにちげんきでした。 先生だいすき。 保育園辞めないで。 わたしの意志ではありません。 わたしの意志ではありません。 こんなくびきりゆるさない。 きっときっとかえってくるからね。 せんせいだいすき あしたもまたきてね。
October 15, 2008
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8月9日から11日まで大阪で39回目の全国臨時教職員問題学習交流集会が開催されました。学んだことはたくさんあり自分の中でこれから仲間とともに学習会などをひらき全臨教で貰った資料をもとに学び合っていきたいと思っています。その中で、今私の中で大切にしたい闘いがありました。今の私の状況から考えると、とても必要な闘いでした。その闘いの経過とそこから私が感じたことと学んだことを自分なりにまとめてみたいと思います。 それは、大阪の橋本知事が行おうとしている府立高校で働く非常勤職員の首切り=解雇の問題です。「財政再建プログラム案」を実施し「御堂筋イルミネーション」などの大規模開発事業はすべて「存続」させる一方、高校の教務事務、図書や理科、家庭科などの実習補助、350人全員を今年度末で全員解雇し、なくしてしまおうとしています。府立高校、各学校1名配置され正規の実習助手が大幅に削減される中、その運動から非常勤が配置されたといういきさつがあります。初日の集会で図書館に勤務している方が発言されました。4月初旬に廃止が発表されそれから10日間の間に殆どの学校で廃止を求める署名が取り組まれ、府立高校の全職員数を上回る数の署名が集まりました。ある学校では「あの先生がいなくなったら大変」と生徒達も署名に取り組みました。事態を知った、PTAから知事への要望書も相次いでいるということです。 短期間にこのような運動の広がりをみせたのは、1つには、非常勤職員自らが組合に入り闘いに立ち上がったことだとおもいます。当事者の思いとして、「私達も教育の一旦を担っている」という誇りと、「少しでも学校・生徒のために」というおもいがあるから立ち上がったのではないかと思います。非常勤職員の年収は約110万円、生活できないからと、ダブルワーク、トリプルワークをしている方もいます。しかも仕事は、勤務時間を超えて早朝から放課後までかかるほど多忙。ボーナスや退職金もなし。しかし、多くの非常勤職員が10年、20年と勤めてきています。このような低い労働条件でも情熱をもって仕事をしてくださっている非常勤の方々がいてこそ子どもたちは安心して学習活動ができると思います。そのように情熱をもって働いている方々をやめさせるのは、教育条件を悪化させることになると思います。自分たちの首切りは教育の問題、子ども達の問題だという思いがあったのではないかと思います。 2点目は非常勤職員を支えた組合の存在があったと思います。当事者を支え励まし、いろんな悩みや葛藤を要求にまでまとめるには当事者がここで闘おうという組織ぬきには闘えないと思います。単なる愚痴の言い合いにならずそれをかえていくための要求にするには、当事者を支え励ます第三者の存在はなくてはならないものだと感じました。おそらくその存在の確かさがここまでの闘い、広がりをつくったのではないかと思いました。 私達も非常勤の待遇を改善したいとやってきましたが、一定の改善はなされましたが、勤務時間の問題などまだまだ課題はたくさんあります。待遇改善のためにも大阪の闘いに学び、非常勤の仲間作りを基盤にしながら、当事者の立ち上がりをどう作っていくのかを模索しながらやっていきたいと考えています。当事者の団結を作りながら、多くの人に協力を呼びかけ、大阪のような運動を作っていきたいと思いました
September 30, 2008
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1.ワーキングプアと呼ばれる厳しい現実 全国では、20万人にも上るといわれる臨時教職員がいます。私もその中の一人です。 私は、自分の住んでいる地域にある「生活と健康を守る会」の会員でもあります。そこの会合で、ある人が「生活保護を受けている人が、難病になり医者にかかるときの交通費が非情にも打ち切られようとしている」という状況について怒りをもって話されているのを聞きました。また、昨年、都内で開かれた「反・貧困」という集会に参加したときには、「システムエンジニヤとして正規と同じ激務をしているのに、ボーナスや社会保障もなく国民保険料も払えない月もある」ということや「年齢を重ねてもまだ派遣という状況から、精神的な病気になった」という方の話しなども聞きました。また、「多重債務を抱えているために、保育園に通う子どもさんの、給食費や、保育料が払えずその子だけ卒業証書がもらえなかった」という話を聞きました。 一方、教職員として子ども達の教育を担いながら、不安定雇用やワーキングプアに置かれている臨時の教職員が年々増え続けています。私も、非常勤のため収入が少ないため、現在、生活保護を受けながら教師という仕事を続けています。私の勤務時間は1日5時間、時給1,210円です。私の収入は、年収にすると80万円にもならず、仕事が切られる夏休みなどの長期の休みは学童保育でアルバイトをしています。2.職場での様子 私の臨時教員としての仕事は、主に1年生と2年生の授業のサポートとして、担任の先生の補助をしています。中には「特別な支援を必要」とする子どももいて対応に戸惑いながら係っています。 授業では、国語、算数、生活、図工、音楽、体育という殆どの教科に補助として入り、授業についていけない子どもに個別に対応しています。そのために、自分で必要と思う本や教材などを購入しています。また、苦しい生活ですが、ピアノや絵、水泳などを習っています。さらに、国語や理科などのサークルでの学習会にもすすんで参加しています。そして、授業のわからない子どもに少しでもわかりやすく指導できるようにしています。 これらのことを生かすためにも、授業前には担当の先生との授業方法などの打ち合わせが欠かせません。ところが、私の勤務時間が8時55分から2時40分までのために、打ち合わせをする時間が殆ど取れません。さらに、今日の授業での子どもの理解の様子、明日の授業についての打ち合わせなどが必要にもかかわらずできないのです。 「勤務時間が過ぎているのだから早く帰ってください」という管理職の先生にはいわれますし、また、先生達が忙しそうにしている様子をみていると、どうしてもこちらから声を掛けづらくなってしまいます。先に帰るときも「失礼しました」との声も掛けらず、しょんぼりと学校を後にすることも度々あります。 また、職員室以外で先生達と係ろうとすると、職員旅行や、学期に一度の納め会などがありますが、それらの会費は金額が高く参加するのに負担を感じます。でも、「このようなときでもないとゆっくり職場の先生方とも話ができない」と思い、納め会ぐらいは無理してなるべく参加しています。。「お互い、クラスの子どもの状況を話し皆で考えていく、あるいは教育実践の悩みを語り合うような、そんな時間がもてたらどんなにいいだろう」と先生達をみていて思います。 そして、その中に私のような捕助的な立場の人も話し合いに参加しながら、子どもを中心にして、立場の違いを超えて、それぞれがそれぞれの立場で関わりあうことを大切にしてやっていけたらと思います。このような話が、職員室で普段されているならば、私たちは、もっと生き生きと自分に誇りを持って働けるのにと思います。そして、お互いの立場を理解し、お互い尊重しながら、共に、人間らしい働き方について考えていけたらと思います。そのような語り合いが職員室でされるなら、それは、子ども達にとっても居心地の良い学校になっていくことにつながっていくと思います。
September 23, 2008
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