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去年からある皇帝ダリアが一月くらい前に芽を出した。その芽が伸びて、20cmくらいになった或る日、女房にど怒られた。アンタガ踏んだんでしょう、という。何がなんだか分からないので庭に出たら20cmの皇帝ダリアが根元で折れている。しかし、良く観察すると、踏まれて折れたのではなく、根元付近が茎の75%くらいが無くなっている。何かに食われたらしい。付近に蟻が沢山おり、女房は蟻の所為だというが、蟻が植物を食うとは思えない。ナメクジみたいなものではないかと思う。いずれにしても、これはどうしようもないので、支柱を立てて、兎に角まっすぐにしておいた。それから1ケ月、なんと、皇帝ダリアはもう50cmくらいになり、茎の太さも20mmくらいに太くなった。75%も食われた部分は土の中にしたので、今どうなっているか見ることができない。このままどんどん大きくなるのを祈るばかりである。
2010.05.30
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去年皇帝ダリアが咲いた。皇帝ダリアは幹の高さが3-4メートルにもなり、きれいな花が咲く。我が家の庭には1本だけだ。それで、去年の秋にインターネットで増やし方を調べた。幾つかの方法があるようだが、簡単なのは今年咲いた幹を節毎に切り、それを保存して翌年植える。皇帝ダリアの幹は竹のようなので、節毎に切って一節づつにする。それを余り乾燥しないように、また凍えないように保存する。私はいい加減に切って16本作り、物置のバケツの中に入れて保存した。植えたのがちょっと早すぎたかもしれないが3月の中ごろに植えたと思う。3週間ほど前、ついに芽が出た。芽の数は3つ。植えたのは16本だが、多分2本から3つの芽が出たと思う。以来、少しづつ大きくなっている。残りの切り株からは芽が出てこない。16分の2または3でも大収穫、大成功だ
2010.05.30
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開高健著、朝日文庫、520円今を去る45年くらい前、当時まだ33歳だった著者開高健さんがベトナム戦争をこの目で見ようと焼く100日、戦争最中のホーチミンとその周辺で取材したルポルタージュであるベトナムは長い戦争に明け暮れた。中国に1000年支配され・・・・フランスに80年支配され・・・・第2次世界大戦で日本がフランスを追い出すドサクサに1945年独立を宣言・・・・しかし、フランスが再び支配しようとして戦争になる・・・そのフランスを1954年5月デイエンビエンフーの戦いで殲滅・・・・ジュネーブ協定で南と北に分かれる。南のゴ・ジン・ジェム政権は腐敗に腐敗を重ね、民衆が蜂起して内戦になる。その内戦においてアメリカはゴ・ジン・ジェム政権の肩を持つ。北ベトナムのホーチミン共産党は南の反ゴ・ジン・ジェム政権を応援する。こうして南ベトナムでは全土がゲリラ戦になり、北へはアメリカが空爆を始める。そのようなときに開高健は南のホーチミンへ行った。その戦いの様子、ベトナム民衆の貧しさ、アメリカの肩入れする政権のものすごい腐敗・・・だが、それは序の口に過ぎない。皆川一夫さんの「ベトナムのこころ」、近藤紘一さんの「サイゴンから来た妻と娘」それらに書かれたのは1975年頃のベトナム。その1975年まで、この開高健さんの書いたベトナムから10年。既に10年前戦争に倦んでいたベトナム。その戦争がまだまだ10年も続くのだ。10年後、南ベトナムは北の共産党ベトコンの総攻撃で陥落。共産党の苛烈な共産主義により数百万人のボートピープルが発生。さらに、ベトナムはその後もカンボジアとの戦争、中国との局地戦争をおこない、漸く1990年戦争が終了する。そして、漸く1980年1種の自由化ドイモイ政策が採用され、経済が復活する。それから20年。そして現在は・・・人間というのはどうしてこうもおろかなのか!支配層の腐敗はどうしてそんなにひどいのか・・・ベトナムはこの本に書かれた時代から較べたらもの今すごく豊かになった。しかし、再び貧富の差が拡大している。私の個人的感想だが・・・著者の開高健さんもまた故人である。彼は1989年12月59歳で死んだ。皆若くして死ぬなあ!ベトナム戦記は単に事実を知る事も意義があると同時に、大国アメリカのおろかさを知るためにも是非読んでみる価値がある。この本の頃はまだアメリカがベトナム戦争を始めて間がないのだが、アメリカがドミノ理論でベトナムに軍を入れてから10年後のアメリカ撤退に至る結論が既に出されている。そのベトナムの敗戦、実際にはアメリカは負けてはいないのだが、逆に勝つことができず撤退する。その敗戦が・・・それから30年後のアフガニスタン、イラク戦争にまで尾を引いているのだ・・・そのことを書いたのが松岡完著「ベトナム症候群」中公新書。話は飛んで、さて、北朝鮮の将来は・・・
2010.05.29
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近藤紘一著、文春文庫の書名です。私のこのブログ5月16日に同じ著者の「サイゴンから来た妻と娘」について書きました。近藤さんは1940年生まれ、早稲田大学仏文科を卒業、産経新聞に入社1971-75年特派員としてサイゴンに滞在しました。彼は1971年にサイゴンに行ってから現地で結婚しています。奥さんと連れ子の娘さんはサイゴン陥落の寸前に日本に行きました。「サイゴンから来た妻と娘」はとてもすばらしい本でした。しかし、46歳で胃がんで亡くなった近藤さんの他の本を読むのはつらいので読む心算はありませんでした。しかし、タイの暴動が深刻になり、近藤さんが特派員として住んだころのバンコクを知りたくなり本書を読むことにしました。彼らはバンコクでスクンビット、ソイ・ソントンのアパートに住みます。この当りは結構高級なホテルやコンドミニアムがあります。既に1970年代から新聞社の特派員が多く住むエリアだった事が分かります。私の常宿に近いし、今回のバンコクのデモで占拠された通りから2筋離れているだけです。当時のタイの様子がいろいろ分かります。もし、タイに赴任するという人は是非読んでいただくとよいですね。また、フレンチ・スクールというフランス人の学校の様子が良く分かります。企業の方で子供連れで海外生活をされる人には子供の教育のことで参考になることが書かれています。近藤さんには他に「パリへ行った妻と娘」という本もあるのですが・・・それを読むかどうかは思案中。まずは既に購入して机の上に積んである「サイゴンの一番長い日」を、開高健さんの「ベトナム戦記」の次に読む心算。
2010.05.24
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外山しげひこ(滋比古)さんの本、毎日新聞社刊、1470円。読んだわけではありません。今日の朝日新聞の書評に載っていたのです。新聞の購読者向け小冊子【毎日夫人】に連載したものを本にしたものだそうです。その内容や書評に惹かれたわけでもありません。外山しげひこさんが86歳でも健康で、今も書き物を楽しんでいるそうです。少し前に外山しげひこさんの「知的創造のヒント」を読みかけて、読了に到らずということがあったのでちょっと気になったのです。もう一つ、最近読んでいる本の著者ー皆川一夫、司馬遼太郎、近藤紘一ーが皆亡くなっているので、外山さんが高齢でお元気ということがうれしかった。
2010.05.23
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赤シャツ、タイのデモ(6)ですが、デモではなく暴動にしました。漸く、暴動終結ですね。毎朝、新聞、TV、Google、Yahoo、ブログで状況把握に努めていました。今日は遂に何処にも新しい情報は出てこなくなりました。表向きの暴動は鎮圧されたということでしょう。しかし、タイ政治の混乱は依然として続いていると考えます。今回の出来事でプミポン国王の調停能力が全く機能しないことが明白になりました。国王に代わる人も出てきませんでした。これは重要な事です。過去60年近くにわたり、王室の権威がタイ政治の安全弁として機能してきたのですが、それが機能しなくなったわけです。デモに6000人参加といいますが、5500人までは1日100バーツか200バーツか知りませんが日当を貰い、3食無料だから参加していた人たちでしょう。そして、100人か200人が政治のことを考えており、200人から300人が暴徒になった、という図式ではないか政治の不満を暴力で何とかできるという状況自体が問題です。もちろん、空港を占拠した黄シャツの親玉がなんらお咎めを受けず、外務大臣かなんかになっているということも大問題です。ところで、私は昨日の朝タイから戻ってきていたはずなんですがさて、キャンセルした旅の埋め合わせを考えないといけません。6月になったら出かけるかな
2010.05.23
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今年の気候は異常暖かくなったので春の布団にしたら寒くなり、冬の布団に戻した。もう、それを3回繰り返している。若い人はエアコンで調節するのだろうが、エアコン嫌いな私たちは布団で温度調節するのだ昨夜も冬布団にした。今夜はどうかな
2010.05.20
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我が家の魚の水槽が5つになってしまった。家の中の水槽が3つ、庭の鉢が2つ。庭の鉢は直径50cmくらい。一つには金魚が2匹。もう一つにはメダカが9匹。金魚の鉢は私の管理。メダカの鉢は女房の管理。金魚はいずれも“えさ金魚”といって、金魚やさんでは値段がつかないもの。要するに、金魚すくい用とか、肉食魚のえさになる金魚。しかし、2匹の内の1匹は長さ12cmくらいに大きくなっている。メダカは4匹がもう3年目くらいである。どうも、我が家では繁殖しない。卵を産んで幼魚が生まれても気がついていないのか?数が少なくなったので、女房が新しく5匹買ってきた。水槽は1つは私の管理。2つが女房の管理である。女房の管理の1つには金魚が3匹いる。こちらはえさ金魚ではない。それぞれにきれいである。この3匹は2年目で、買ってきたときに較べると長さで2倍、体積で8倍くらいに大きくなっている。初め何匹だったか忘れたくらい沢山の中から生き残ったやつだ。女房管理の二つ目はつい最近買った熱帯魚用である。熱帯魚“おたく”の孫に教えてもらってインターネットで水槽1式を購入し、近所のホームセンターで魚を買ってきた。カージナル・テトラ14匹とラミー・ノーズ・テトラ5匹である。まだ、買ってきてから1週間くらいだが、カージナルのほうは随分太った。まだ、1匹も死んでいない。私の管理する水槽の魚は近所の川ですくってきた“はや”か何かである。最近、だんだん大きくなってきた。魚は水槽の中だけで、犬のように散歩させる必要がないので、他人に迷惑を掛けないのが良い。
2010.05.18
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去年の秋、近くの川で川魚の稚魚をたもですくってきた。“はや”とか“おいかわ”とかいう魚と思う。メダカではない。以前にも違う川から、同じような魚の稚魚をすくってきて、庭の甕で育てた。結構大きく、4-5cmにまでなったのだが、夏の暑さでだんだん死んで、最後は私のミスで甕に入れた石でつぶしてしまった。今回は家の中の水槽で育てている。春になり、水が温かくなって、餌取りが活発になり、じょじょに大きくなりだした。ほとんど同じ大きさだったのが、この頃は大きさに差ができ始めた。9匹いたのだが、2匹が明らかにほかの7匹より大きくなってきた。そして、1匹が全然太らない。他の魚が群れているのに1匹だけ群れに入らない。餌をやっても水面に上がってこない。このような状態が1ケ月くらい続いて、とうとう、昨日死んで浮いていた。朝は生きていたのに・・・なんまいだ、なんまいだ・・・・
2010.05.17
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近藤紘一著、文春文庫の書名です。近藤さんは1940年生まれ、早稲田大学仏文科を卒業、産経新聞に入社1971-75年特派員としてサイゴンに滞在しました。1975年は南ヴェトナムが北ヴェトナムに負け、サイゴンが陥落した年です。近藤さんはその北による南の解放(北の表現)を現地で見て、1ケ月後に日本に戻りました。彼は1971年にサイゴンに行ってから現地で結婚しています。奥さんと連れ子の娘さんはサイゴン陥落の寸前に日本に行きました。本書はその奥さんと娘さんとの日本における生活を中心に、ヴェトナムについて書いています。少し前に書いた「ベトナムのこころ」の皆川一夫さんは外務省の在外研修生で、サイゴン陥落前後の時期サイゴンにおられた人です。皆川さんといい、近藤さんといい、本当にヴェトナム人の生活に溶け込んだ経験を書かれています。先日書いた司馬遼太郎は、南ヴェトナム陥落の後サイゴンに行きいろいろの経験をして、近藤さんに世話になったと述べています。これらの本を読んで、1970年代半ばのヴェトナムのありようを体感しています。それから35年、私の経験したヴェトナムとホーチミン(サイゴン)は外見は大いに変わりつつあります。現在は、皆川さんも、司馬さんも、近藤さんも予測のできない状況にあるでしょう。もし、彼らが現在サイゴン(現在はホーチミン)に行ったら、どんな感想を語るでしょうか?ものすごく興味があります。本題の『サイゴンから来た妻と娘』すごく、面白い、すばらしい本です。細かいことは書きません。読んでください。司馬さんの本より面白い。ちなみに、この本は1979年大矢壮一ノンフィクション賞、1980年上田ボーン賞を受けています。残念な事に、近藤さんは1986年胃がんで早世しています。わずか46歳でした。お酒がものすごく強い人だったようです。 皆さん、是非読んでください。
2010.05.16
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昨夜はますますエスカレートしています。明日からバンコクへ行く予定していましたが、中止しました。精確には延期です。チュラロンコン大学も電気・水封鎖の地域に入っているので、大学には行かず、ホテルに皆を呼んで打ち合わせする予定でしたが・・・私の常宿はデモゾーンからBTSで一駅しか離れていないので、万が一、を恐れました。今までのデモなら、デモ地域に近寄らなければ良いのですが、今回は暴走している強硬派がどんな行動に出るか予測が付きません。延期しても、致命的な損失が出るわけでもないので、“さわらぬ神にたたりなし”です。今朝は旅行延期の連絡のためメールを15件うちました。ヤレヤレ・・・これから航空券のキャンセルをします。昨日、HISから、今回はキャンセルしても手数料2100円以外はお返ししますという連絡を貰っていました。普通なら変更の聞かない格安航空券なので、ほとんど全額キャンセル料が発生するのですが、おお助かりです。HISさまさま・・です。感謝、感謝。
2010.05.15
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長いですねーーー出口が見えません。軍、警察がデモの一帯を封鎖してライフラインを止める対策を始めるのが遅すぎましたね。これも、軍、警察の内部が統率取れていない、アビシットの信頼度が低いためでしょうか?眞に混沌としています。私は明後日からバンコクです。大丈夫かという人もいますが、大丈夫でしょう。ホテルはデモの現場から少し離れているし・・・・でも、命をかけるほどの仕事に行くわけではありません早く落ち着いてほしいですね。
2010.05.14
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司馬遼太郎著「人間の集団について」中公文庫、705円+税、という本のサブタイトルがーヴェトナムから考えるーです。この本は司馬さんが(なんて気安くさん付けしていますがご容赦!)長年行ってみたかったヴェトナムを訪問した時に考えたことをまとめたものです。ただし、その訪問時期が只事ではありません。訪問したのは1973年4月、長いアメリカとヴェトナムの戦争がこう着状態になり、アメリカが北ヴェトナムとパリで交渉してついに南ヴェトナムから米軍を撤退した直ぐ後です。だから、この時期、表立って戦争は行われていないのですが、共産主義の北ヴェトナムとアメリカの傀儡政権である南ヴェトナム政府が両立していた時代です。そして、それから2年後、ヴェトコンの総攻撃によって南ヴェトナムはこの地上から消滅するのです。従って、司馬さんがヴェトナムはホーチミンを訪問した時は一応平和でした。しかし、完全に戦争が終わっていたともいいがたい時期です。ホーチミンと書きましたが、当時の名前はサイゴンでした。司馬さんは北のハノイも行って見たかったそうですが、許可が下りなかったとのことです。さて、本書の書評ですが、とても、私には批評できるような見識がありません。度々、司馬さんの言っていることが十分理解できませんでした。それは、中国を含めた歴史に関する私の知識が司馬さんのレベルに達していないからです。一方、司馬さんはヴェトナムの戦争は終わりがない、いつまでも戦争しており、それが代理戦争であり、終わる事がないだろうと書いています。しかし、37年後の今、私たちはヴェトナムの戦争が司馬さんの訪問の2年後には終わって、それから35年経った今日、ヴェトナムは共産党一党独裁の国ですが、ドイモイ政策で大発展しつつある事を知っています。本書のあとがきで司馬さんは「・・・現地の支局長近藤紘一氏には随分お世話になった。・・・」と書いているところで、私は『あっと驚きました』なぜなら、今司馬さんの本と並行して読んでいる本は、近藤さんの「サイゴンから来た妻と娘」だからです。近藤さんはその2年後南ヴェトナムがヴェトコンの総攻撃で陥落した後で日本に帰ってくるのです。近藤さんの本については読了したら書きます。司馬さんの本は良い本です。また、近いうちに再読してみようと思っています。
2010.05.13
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事業仕分けに直接関係ありません。書きたいことは、「官僚の作る書類の文章は分かりにくい」ということそれが、事業仕分けにも間接的に関係してきますというのは、分かりにくい文章は逆に解釈の仕方でいろいろ都合よいように解釈できるということすなわち、一般から応募できる事が建前になっているが、もともと、一般からの応募を採用する気はさらさら無く・・適当に解釈して、コネのある企業や人に予算を付けやすくしている・・と勘ぐりたくなる事例が往々にしてあるNEDOは既に仕分けが済んだが、NEDOの一般応募の場合、同じ企業が何遍も採用される事がある。NEDOファミリーがあるらしいそもそも、NEDOとODA-JICAの仕分けが不明確、さらに文科省のJSTの補助金ともダブりがあり、それらの補助金を渡り歩いて貰っている大企業もある世の中、ずるく生きないといけませんな
2010.05.11
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事業仕分け第2弾が進行中ですが・・・仕分けでこうすべきという結論になっても、それがどのように実行されるのかは別問題ここに大きな問題がありますね事業仕分けが有益かどうかは議論がありますが、私は有益と思います。すくなくとも、どのようにお金が配分されているかが分かります先日、TVでの話し。某独立行政法人への天下りの人は1日10分くらいしかやることが無い。そして、毎月海外旅行をする。飛行機はファーストクラス、ホテルは五つ星、レストランは三ツ星。その独法に在籍の7年間に、海外旅行に3億円を使った・・・事業仕分けは継続する事によって効果が出てくると思います。1回や2回ではダメでしょう役人はそんなに甘くない。何とかして既得権を守ろうとする。毎年やって、前年のフォローをしていけば、既得権の壁を破る事ができるでしょう。事業仕分けに大いに期待しています。
2010.05.10
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朝日新聞の朝刊のマンガのタイトルです。漫画家は「いしいひさいち」さんこのマンガ、相当長く続いています。どうしてでしょうか絵はまずいし、アイデアは不足だし。私には意味の分からない時が時々あるし。他にもっと面白いマンガを書くマンガ家はいないのでしょうか
2010.05.09
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桜の木には、春、毛虫が付きやすい。去年も一昨年も、注意していたのに、葉がすっかり食べられて 、丸坊主になった。桜の木の下は、毛虫の糞で真っ黒になった。今年は異常気象のおかげで毛虫の活動が中断していた。そんな、4月の半ば過ぎ、桜の木に登ってみたら、孵化した毛虫が主に木の股に糸を吐いてテントのようなものを作り、その中で寒さをさけているようだったおかげで、アースで一網打尽毛虫はアースに弱い。アースをかけるとあっという間にちじこまって、しばらくすると木から落ちる糸の巣を7ケ所くらい探してアースをかけた。1ケ所に20-30匹いたと思われる毛虫を一網打尽にやっつけた。以後、2-3日置きに観察。今日は0匹、昨日は9匹、一昨日は5匹・・・・という具合の成果おかげで今年は桜の葉がしっかり残っています木の下に糞もなし今日は桜には毛虫0、しかし、梅ノ木に種類の違うのが5匹これもやっつけた今年は、毛虫の厄年だ
2010.05.05
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外山滋比古さんの本。“滋比古”これで「シゲヒコ」と読むんです。ちくま学芸文庫、560円+税。最近、書店で見ていてなんとなく買った本です。2008年刊ですが、同じタイトルの講談社現代新書1977年刊を原本として再刊したもんだそうで、その点では古い本です。この内容ですから、時代は関係ないでしょう。ただ、私にはあんまり面白くなかったな。私が『考える』ということについて普段考えていないからかな。だから、途中で止めてしまいました。
2010.05.03
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ゴールデン・ウイークになり、孫が全員来ています。普段は二人の我が家が昨夜は10人、今夜は9人です。机に座って仕事というわけに行かないので、ぱらぱらと本を読むことにして、書棚から取り出した本が「ヒマラヤ自転車旅行記」翻訳本で、もともとはイギリスの出版社の“シリーズ・ザ・スポーツ・ノンフィクション12”となっています。ベッテイナ・セルビーという47歳の子供が3人いるイギリス女性が、子供も大きくなったのでご主人の理解を得て一人でカラチからカトマンズまで5ヶ月をかけて5000マイルを自転車旅行した記録です。5ヶ月で、5000マイル=8000キロというのも大したものです。さらにインド、ネパールという高い山々のある地域を自転車で走破することの大変さ。それにも増して、パキスタン、インド、ネパールという男性にしか社会に出ることが許されない国、そして貧しい地域を一人で旅することの如何に大変な事かこういう旅行記を読むと、大抵の場合、すばらしいな!うらやましいな!と思うのですが、この自転車旅行の真似をしようとは到底思いません。私が若くても無理です。騙される、盗まれる、下手すると殺されているかもしれませんその点、イギリス人というのは実に冒険好きだなあと感心してしまう。この本、出版は1991年です。源本はもっと古いのでしょう。日本の出版社は「東京書籍」こんな出版社聞いたことがありません。もう絶版かも私の書棚にあったのですが、読んだ記憶もありません。面白かったけど、こんな苦労の自転車旅はしたくない。もっと、軟弱で楽しい旅ならしてみたいですが
2010.05.02
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皆川一夫著「ヴェトナムのこころ」ーしなやかさとしたたかさの秘密ー、めこん、1997年刊。1900円+税。この本も私のたいして沢山は無い書棚に眠っていました。3月14,19,29日に書いたように、坪井善明さんの「ヴェトナムー【豊かさ】への夜明け」と「ヴェトナム新時代」岩波新書を読んだ余勢で、この本も読みました。皆川さんは外務省のお役人ですが、多分、キャリアでは無いのでしょうね。なんと、ヴェトナム戦争の最中1972年にヴェトナムに駐在を始めたのですから。坪井さんの本はヴェトナムを総合的に理解する事のできる良い本です。皆川さんの本は外務省のお役人ではありますが、政治・戦争のことはほとんど書いてなく、ヴェトナム人の生活を書いています。彼の人生は波乱万丈です。いい人ですね。私より9歳若いのだ。しかも、日本人の奥様を亡くされ、二人目の奥様はヴェトナム人です。ヴェトナム人の習慣とか心、南北の違いなどを知るには実に良い本です。既に、発刊から13年経っていますが、内容は古くありません。
2010.05.01
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