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そうかもう約1年か・・・。
大変だったでしょ。今更だけど・・・。
その言葉で蘇ってきた。数々の後悔・・・。
あなたは私達を守るべき存在なのだから、弱さを見せてはいけないんだと
あなたの病状の深刻さに気付いていないふりをした。
病院のベッドに縛り続けられてるあなたはどんなに1日が長かったことでしょう。
忙しさを理由に、あるいは、故障から夢をあきらめた落ち込みの中で、
あなたは自分で頑張ってと家族の誰もがそう思っていた。
あなたほどの苦しみをさみしさをせつなさを経験したことのない
若い妻と子供たち。
わかっていても、感じていても、
あなたの前では誰一人泣き叫ぶどころか涙一つみせなかった。
そんな私達を、それぞれが、頑張っているから、それぞれが苦しんであがいているから
弱音を吐いてはいけないと思っていたのでしょう。
担当医以外には、看護婦さんにさえ、
「ありがとう、ごめん」と声をかけても
「辛い、痛い」とはいわなかったというあなた。
もう1年ではなく、まだ1年です。
世間一般のよな供養はできない私達ですが・・・。
私達の幸せを願う間もなく、私達といっしょの生活へまだまだ戻れるつもりでいたよね。
最期の1日はそばにいても、
こころを通わせての会話もできないくらい、痛みと苦しみと戦っていたよね。
そばにいても私だとわかっていてくれていたかどうかもわからない。
子供たちもそう感じていた。
その夜、あなたの元から離れてしまった後悔。
それから、数日は覚悟しないといけないと思ったんです。
でも、翌日あなたのもとへ行った時には、思っていたよりひどく、意識ももうなくて・・・。
まるで最期の瞬間を待っているようにしか思えない看護婦さんの待機の仕方だった。
「いまどこ?」
『電車のりこしちゃった、ごめん、たばこ買ったからね。もう少し待ってて」
『了解」って笑った電話があなたらしさを感じられた最後の電話
顔見たときはすでに苦しさにこわばり、
「ありがとう」といったけど、「しんどいから寝るわ」って
その後、持って行ったたばこのただの1本も吸えるようにはならなかったね。
そのまま、だんだんもっともっと苦しくなったんだよね。
ずっと考えないようしていたのに。
夜中に3人でやっとのおもいでいったけど
会うのを嫌がったね。
苦しさと、夜中であることで同室の人への気遣いと・・・。
もう8月だ。
仕事に、学校に、そこの人々の中に、自分の居場所を作ることで、
家族の苦しみから、不幸から逃れて、それぞれがやっていこうとあがいている。
人に寄りかかるのではなくて、自分の足で立たないといけないんだ。
みんなわかっている。
家族に寄りかかることも避けて、自分の精一杯で立とうとしているんだ。
だけど、まわりの人々に助けられているのをそれぞれの場でそれぞれが感じている。
だからなんとかやっていけていると。
家族だけでは苦しすぎて頑張れなかったとわかっている。
世間の冷たさには家族で笑い飛ばしてもやっていけるよ。きっと・・・。
いい人のふりをして、心配すようなふりをして、
そういう自分に酔っている人なんか一目でわかってしまうから
自分の思いを一方的に押し付けてくる人なんか、
「おかしいやん!」って不愉快ながらも、苦笑いでやり過ごせる。
何も言わず、興味ないと、見ていないそぶりの息子が痛々しい。
まだ、想いを寄せている人に毎日送迎してもらっているとふわふわしている母を
嫌悪する娘の方が強いのかも。
涙は透明なのにいろんなものをゆがませて、ぼやけた画面。にじんだ世界。
置物のように私達を守ってくれるすべての人をそばにおいておけたなら・・・。