2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
一時的に参加し、そのまま復帰かなわず・・・(定演前だったので遠慮していた)やっと本番が終わったと思ったら、父が逝き・・・・・ようやっと少し落ち着いてきて、楽団に本格復帰!!をすることにしました。今回の定演は記念演奏会でもあるので、全のりでがんばろうとおもってます。===-久しぶりに合奏参加。・・・っていうか、楽器吹くの自体が一ヶ月以上ぶり(汗考えてみたら、3月末のイベントで吹いたのが最後だったわ。練習に行く前にちょっとは吹いておきたいな~と思いつつ、時間が無かったの。やっぱりスタミナないな~。ホント、疲れた。譜面も全然読めないし。全然違う音とリズムで吹いてしまうし。っていうか、そもそも違うってこともイマイチよく分からないまま過ぎてました~~。これから本番に向けてがんばらなきゃな~~~。
2009.05.30
コメント(2)
今日の午前は、爛々が通っている学習塾の先生との面談。1年の3学期から通い始めて、とっても楽しくお勉強をしています。先生から言われたのは、「1年生の漢字にまだ不安があります」ってこと。漢字練習って、ホントに自宅学習で繰り返しが重要なんだって。・・・1年生の時は、結局のところ学童に任せきりで自宅学習ってものを全くといって良いほどやっておりませんでした。現在でも、青や赤、書く、という時がはっきりとかけなかったりしてます(汗ひらがなでも「ぎ」や「づ」や「ぜ」などの読み方が怪しい・・・・先生には「2年生の時点で気がつけてラッキーですよ!復習するって言ったって、たかだか1年前のことですから!まだまだ遅れているってレベルじゃありません。」と慰められたりもして。1年生の時から、もっと家庭学習をしっかりみてあげていれば良かったなぁ・・・ちと後悔。でも、まだまだ間に合うって言われたし、全体的なデキとしては決して悪くないと言われたので親子共々がんばらなくては。今年から例の「ゆとり」が撤廃されて、あれこれ小学生の単元に復活してきたものも多く、はっきり言って詰め込みになりかねない状況とのこと。この低学年のうちにしっかり基礎を学んでおかないと、今後はもっと大きな躓きになりかねないらしいし。願わくば、町内ですべて高校まで間に合わせたいと思っているので、子供達にはがんばってもらわなくてわ!(ただし、町内にある高校は県下でもハイクラスの学校なので、無理そう・・・)
2009.05.29
コメント(2)
父が逝って、何が大変かって・・・・・相続問題。実家の土地家屋をどう相続するのか。兄が住み続けるならばそれで構わないのだけど。ただ、どういう相続をするのであれ、手続きはしなきゃなんないし。とりあえず、無料相談があるというので言ってみた。色々聞いてみたら、結構自分で出来るらしい。ま、結局、そういった手続き等を実際に担当するのは私。相続の際に、その分の手数料もがっぽり頂きたいもんだ。所詮、たいした土地じゃないから相続税がかかるような金額は入らないけど・・・・楽器が買える位はもらいたいわ~~(笑
2009.05.28
コメント(2)
逝ってからちょうど2週間の朝、父の夢を見た。以前と変わらず元気そうにシャワーを浴び、バタバタと出かけていく父に「ちょっとちょっと、シャツのボタンくらいちゃんと留めていきなさいってば!」と声をかけて呼び止める。「いや、ホンダにバイクが来てるからいかなきゃならないんだよ」と焦った様子の父だったが、言われた通りに玄関前の通路で足を止めてシャツのボタンを留めている。その様子を見ながら「そうそう、この間のお父さんのお葬式の時にね、純子おばさんに喪服を着付けてもらったんだよ。お父さんからもちゃんとお礼いっといてよね」と、内心”いや~いくらホントのこととはいえ、父の葬式のことを本人に言うのも気が引けるわぁ・・・でも、これはいっておかないと”と思いながら夢の中の私は言ってるの。なんじゃ、そりゃ。夢の中の私は、これは夢だ、父はもう逝ってる、というのも理解していて、なおかつ目の前で元気そうに歩いている父に対して、本人の葬式の報告をしている(苦笑父はさすがに複雑そうな表情を浮かべているものの、「そうか~」と納得して聞いてる。「だから、純子おばさんに電話でもしといてよ」と言うが「でも、おばさんの電話番号、お父さんわからないんだよ」というので、ごそごそと自分の荷物からメモ帳を探して父におばさんの電話番号を渡そうとするのだが・・・メモ帳をめくってもめくっても・・・うちのちび達が書いたであろういたずら書きが続いていて、全然メモがとれるような紙が出てこない。先ほどの微妙な空気を払拭して場を和ませようと、「ちょっとみてよ~この落書き!」と子供達の絵を見せながら、父に育児の愚痴を続ける・・・そんな風景の中、はっと目が覚めた。午前5時35分。いつもは6時に目覚ましをかけているものの、なかなかぴったりには起きられないし、最近は寝不足や疲労もあってなってても・・・・なのに、不思議とこの日だけはごく自然にふっと目が覚めた。・・・あぁ、もしかしたら父はこの時間に逝ったんだったかもな。朝、4時半~5時前には出勤してしまう兄をいつも通りに見送った後、おそらくトイレに入ったらしい。ベットから起き上がってトイレに行き、再度ベットに戻った後に心臓発作を起こした、と考えてみると、ちょうどその頃だったかも、という時間。検死の結果、死亡時刻は午前7時と書類上はなっていたけど・・・実際には分からない。でも、ちょうど2週間のこの朝にあんな夢を見て、こんな時間に目が覚めるなんて・・と思った。即座に姉にメールだけしておいた。=======夜、姉と兄と交互に電話で話していた時、二人とも「全然、父の夢も母の夢もみたことがない」と言う。ただ、「今回は凛々にずいぶん世話をかけたってオヤジも自分で言ってたんだから、それで挨拶にきたんじゃないの?」とは兄。「いや~やっぱりあの人、自分が逝ったのをまだ理解できてないのかもね~。やっと身体が軽くなって、好きなバイクにもほいほい乗れるってフラフラ走り回ってるかもね~」は姉。あぁ、うん。なんかいそうだよね、実家に。(軽く、オカルト?)
2009.05.27
コメント(2)
先週、父が亡くなりましたが・・・・・・亡くなった直後から「お母さんがきっと連れていったんだね」という話を兄妹でしていました。まぁ、誰かが亡くなれば「きっと○○(配偶者や祖父母や親しい人など)が連れていったんだね」って話は必ず出るのだと思いますが・・・今回は、★亡くなる前日に本人が 「かーちゃんが夢枕にたって、木の枝を切ってこいっていうもんだからよ」 と、言いながらかなりの不調だったハズなのに、街路樹の枝を切っていた。という、目撃談がありました。それに、★17日の日曜日が亡き母の7回忌だった。 家族全員がその日は予定を法事のために明けていました。しかも、その日が通夜になりました。★亡き母の命日は6月5日。3週間ほどしか離れてない。★亡くなった直後に新型インフルエンザが日本上陸。そして、今日は関東へも・・・亡き母は、割と義理堅く、また潔癖な人でした。朝の日課として、毎日家の前を掃き掃除をしていて、私はそんな掃き掃除をする母に見送られて通学したり、出勤したりしていました。そんな母でしたから、いくら父が「休憩する人の日除けになるから」と言っても、家の目の前にある街路樹の枝が伸び放題になっているのが我慢できなかったのかも。作業には、目の前の店のお兄ちゃんも一緒にお手伝いをして下さったそうです。お兄ちゃんは自宅での仮通夜にも来て下さいましたが「おじさん、具合悪そうではあったけど、いつも通り声にはハリがあったし、かーちゃんが、なんて冗談言ってて・・・って思ってたのに」と、かなりショックな様子でした。ヘルパーさんの日誌を読んでも、亡くなる前日は、食事がほとんどとれておらず、また、ヘルパーさん滞在中も横になることが多いなど、不安定な様子が記されていました。そんな中で、街路樹の枝を落とすだなんて体力の必要な作業がよく出来たな、と本当に思います。また、「かーちゃんが」と言っている通り、本人が街路樹を切らねば!と思い、実際に作業する理由が母の指図以外に考えられないというのも大きなポイント。元々はだらしなくて家の中もごちゃごちゃ・・・片付けというのが本当に嫌いな人(汗 →これは私にも遺伝しておるな・・・街路樹も、本来は商店会の方で毎年剪定をお願いしていて、自分でやらなくても勝手にやってもらうはずの仕事です。それを、昨年の夏はわざわざ「うちの前は切らないで良いよ」と切らせなかった、という経緯があったそうです。(後から商店会の人に聞いた)それなのに・・・・・やっぱ、かーちゃんか!?また、亡くなってから検死などのために多少日がズレたものの、通夜・葬儀はぴったりと法事にあたっています。逆に考えれば、私たち子供は、母法事が終わったら父のことをいよいよ覚悟しなければ、とは思ってたものの、まさかここまで来てこんな目前にいきなり逝くとは思ってませんでした。・・・ただ、疲れがかなりたまっていたのは事実です。「どうせ来週になったら入院して付き添わなきゃいけないんだから!」と今週のうちの休んでおこう、と思っていたり、様々なことが重なって「もういい加減にして!」とオヤヂにきれたのは実は11日月曜のことでした。朝の電話でもまたいきなりキレていたものだから、こちらも流せなくて・・・その後、外来は一緒に行きましたが、あまり優しくしてあげられなかったかも・・・・そんなこんなも母は見ていたのかもな・・・・。また、義理堅い母のことだから・・・年が明けて、父の命日・母の命日と順番通りになってた方が良いんじゃ、とも考えたかも。今後の法要も「お父さんの命日が先なんだから、お父さんの法要を先にやってもらって、私のはついでで良いから」なんて、いかにもうちの母の言いそうなことです。霊界電話なんてものがあるとしたら、聞いてみたいもんです。「ねぇ、お母さん、もしかしてスケジュール考えてお父さん連れてったの~?」「そうそう~。だって、お父さんわがままだからあんた達大変でしょ? それに、兄妹もがんばってなかよくやってるみたいだし、そろそろ良いかと思ってね~」「いや~それにしても急すぎるよ~。お父さん一人でちょっとかわいそうだったんじゃないの~?」「別に私が迎えにいったんだからいいのよ~。それより、あんた、そっちは新型インフルだとかで大変じゃないの。子供達にうつらないように気をつけなさいね。こっちからも気をつけてみてるからね。」なーんてね。ま、あくまで妄想でしかないが。たまたま今日、亡くなってから初七日は微妙にずれたものの、実家に線香上げに行こうかと思ってたけど・・・・ニュースでは関東にも新型インフル上陸。・・・都内を電車で抜けて実家に行くのってちょっと危険?と思って辞めてしまった。・・っていうか、実は新型インフルが上陸したら、介護どうしよう!というのも私の悩みの種だった。入院したら毎日通院しなきゃだろうし、子供達は保育園などでどうにかなったとしても・・・自分が人混みの中を否応なしに歩かねばならない訳で。かといって、行かない訳にもいかない?いや、病院に入ってたらお任せしてて平気?いや、入院できれば良いけど、出来なくて自宅だった場合は?とかも不安だったりした。なんだかタイミングよく父の葬儀が済んだ後に、関東上陸って・・・これもまた母が「お父さんのために子供達を危険にさらすわけにはいかないし、日程的にね、法事のための霊界往復便でそっちに行くのが13日だったのよ~。だから、まず先にお父さんを迎えに行っちゃったの」「帰りの便もちゃんと取っておいたから大丈夫~。お父さんと一緒に帰るから~」とか、のんきに言ってそうな感じ(苦笑色々考えて、母が連れていったんだ、と納得しようとしています。==追加考えてみれば、法事に絡んで翌月曜日も外来付添のために兄は仕事を休んでいました。父の介護のため、基本的には兄が仕事を融通つけて送迎してくれていたし、私も付添をしていたし、その為に仕事を休職したりもしたけど・・・その兄が、「そろそろ限界だ~おれも疲れた~~」とこぼしていた。・・・・母は兄をことのほかかわいがっていた。母の最後を看取ったのも兄だけだった。・・・そうよね~やっぱり母は兄が一番可愛いから、兄にこれ以上負担をかけさせたくなくて連れていったのかも(苦笑うん、これも納得。
2009.05.21
コメント(0)
昨日の月曜日、告別式も滞りなく終了。父親を無事に送ることができました。正直言って、さほど好きでもなく、むしろ過去の様々な出来事などを思い返しても、ホントにくそじじぃとしかいいようのない父親ではありましたが・・・事実として「親が居なくなった」というショックが深いということに、自分でもびっくりしています。兄妹3人ともすっかり自立している大人です。兄はバツイチですので現在独身ですが、姉も私も良き夫を得て、子供も生まれ、自立もしていますし、今更親が亡くなったからといってどうだ、という状況でもあるんですがね・・・・・
2009.05.19
コメント(0)
父が死にました。 どんな別れをしても、やっぱり後悔をするものなのかな。 あまりに突然で、本当にびっくりしたってのが、まず最初に思ったこと。 そして 『結局、私は両親の死に目には会えない運命だったのか』 とか 『やっぱり今日行ってあげれば良かったな』 とか思ったりした。 ヘルパーさんから連絡を受けたケアマネさんから私が電話をもらったのが、13日午前11時33分(着歴) 『鍵がかかっていて中に入れず玄関前で待ってます。お買い物かもしれないので、お父様の携帯に連絡して頂けませんか?』 とのこと。 一旦、電話を切っておやぢの携帯に電話するも出ない。 自宅の電話も出ない。 実家の玄関は、入ってすぐに電話があるので中で電話がなっているのはヘルパーにも聞こえているらしいのだが、何も反応がない。 実家はお店をやっていたので、商店街に面したシャッターがあり、脇の通路に一応の玄関らしきドアがある。 店を閉めてる今は玄関ドアしか出入りに使用してない。 店のシャッターは店をやってる頃は施錠してたはずだけど… 『もしかしたらシャッターが開けられるかもしれないから、店から中に入ってみてもらえませんか?』 とお願いして数分後、ケアマネさんからもらった連絡は 『ご自宅で既に亡くなってらっしゃるみたいです…』 おやぢは自宅のベッドの上で、孤独死してしまいました。 ケアマネさん自身もヘルパーさんからの電話での話、私はさらにケアマネさんからその話を聞いて…という状況だったために、ケアマネさんは最初 『もしかしたら亡くなってるのかも?』というニュアンスでの連絡で 『私も今からお伺いして確認してきます』といいながらも『もう冷たくなってらっしゃるみたい…』 とも… 月曜日に外来に付き添った時、主治医からも 『かなり元気そうにはしてますが、実際の病状はあまり良くない状況だと思います。次の外来は来週にしておきますが、緊急があればいつでも来て下さい』 とは言われたものの、先生の言葉通りに、相変わらずの不満愚痴はデカい声で、本当~に、かなり元気そう(苦笑) ちょうど17日の日曜に亡き母の七回忌を予定していたので、それまでは自宅で過ごし、18日外来に行ったらそのまま入院させるか~なんて兄姉と相談していた矢先。 まったくね~、七回忌をキチンと済まして逝けばいいのに… そんなことを考えながら運転し実家についた時は、警察の事情聴取や、現場検証も終わったところで、私はスムーズにそのまま実家に入り、おやぢの最後と対面。 本当に冷たい。 おやぢは本当に死んだんだ。 くそじじぃだけど、この人は間違いなく、私の父だった。 母も既になく、これで私や兄姉も、『親』が居なくなってしまったんだなぁ。 おやぢが死んでも泣けない、と思ってたけど、やっぱり目の前にしちゃったら泣けたな… くそじじぃでも、こんな死に方させてしまったのは、やっぱりかわいそうだったかな… その後は慌ただしく、検死・もしかしたら解剖のためにおやぢは移送されていき、兄と実家に残された。 まだ連絡のついてなかった姉の職場に直接連絡して姉に知らせた。 親戚やご近所の対応や、実家の掃除。 葬儀の日程確認や、準備。 夕方になって実家に到着した姉と兄妹三人で実家の片付けと掃除。 ずっとバタバタ。忙しく落ち着かない。 おやぢは結局『事件性なし』で解剖にはならず、検察医のお墨付きを頂いて、翌日に帰宅。 一晩を過ごして、これからの葬儀のために、今日これから葬儀場に行くことになる。 今日、実家を出るのが最後になる。 見送りはしてあげなくちゃね…。 当たり前だか、やっぱり人が死ぬって大変なことだわ。 色んな意味で。 そして、人ってあっけない。 案外、簡単に死んでしまうんだな。 なんだろう、悲しいわけじゃないけど、気が抜けた感じ、なのかな… まだこれから葬儀やなんかは続く。 とりあえず、そろそろまた線香を上げねば、か。
2009.05.15
コメント(3)
今朝はPTA会費の集金日。これも学級委員のお仕事でっす。クラスに集金に行く前に、PTA本部に寄って集金グッズを受け取ってからいくのですが・・・本部役員さんには、同じ町内会の方が何人かいるのですが・・・本日の集金担当の本部役員さんは、その同じ町内の人でした。しかも、家も50mも離れてません。朝、会ってすぐに「ねぇねぇ、田口さんち、サッカー好きだったんだねぇ、旗みたよ~」と言われました。・・・えぇ、形から入るのが好きな我が家(苦笑 は、すでにアルディージャのフラッグが掲げられておりまする。「あぁ、そうなんですよ~うちは一家で好きなんで~」と答えたら「そうなんだ~、○ッズ好きなんですね~」って言われた・・・「・・アルディージャですっ!」・・ちぇっ・・・・
2009.05.11
コメント(0)
最近、電車に乗ると必ず遭遇するのが『夫婦揃って赤ちゃん一人とお出かけ(inベビーカー)』って人たち。ホントに邪魔!しかも、夫婦揃って手ぶらだったりするから余計に常識疑う。普通に考えて、電車に乗るときはベビーカーたたみなよ~おかしいでしょ~。夫婦揃って荷物持ってる(手荷物レベルでなくて)一人で子供を複数連れている…なら仕方ないのかなぁと思いますが、大して荷物ないなら片方が抱っこかおんぶして、片方がベビーカー畳んで持てば?ってホント思います。だって、ベビーカーってかなり電車内では邪魔だよ?そういう風に考えずに『最近は危ないから乗ったままでもいいみたいよ』って解釈なのか知らんが平気でそのまま乗ってくるもんなぁ~そういう人が増えたから、『最近の若い親は』っていわれると思うの。毎回、電車乗る度に遭遇するベビーカー世代の人達!!周囲の迷惑を考えようね!
2009.05.08
コメント(2)
家族揃ってサッカー観戦してきました。・・・実は、結構、ああいう雰囲気好きです。旦那は元々レッズサポで、まだ付き合っている頃、一度だけ駒場に行ったことがありました。が、「おもしろいなーサッカー観戦って」・・・とは思ったものの、正直、レッズをすごく好きにはなれない引っかかりがずっとありました。だって、浦和市民じゃないし(←ここが、実は一番ポイントだったりして)なんか、とにかく好きになれなかっただけ。理屈じゃないの。かといって、レッズを応援している旦那を止めることはなかったし、試合だっていける時はいけば~と送り出していたと思う。それが、旦那自身も仕事が忙しくてサッカーどころじゃなかったし、もちろん選手も替わっていったりして・・・だんだん、レッズへの熱が冷めてきたらしい。そんな時、なんとなく氷川参道の散歩途中でオレンジスクェアによりこんでみたりして、あぁやっぱりホントは地元・大宮アルディージャを応援すべきなんだよなぁ・・・と思ってみたり・・・なんというか、何か大きなきっかけがあったとか、特別な何かがあったという訳じゃないんだけど・・・やっぱり「地元」ってのをすごく意識するようになったんだな。長女が入学してから特に思うようになった。小学校に入学したことで、地元の町内会子供会に入ったり、たまたま同時期に町内会の班長が回ってきたり・・・そんな中でホントのご近所の奥様方との交流があったり・・・地元の交流って大切だなぁ、って思うことが多かったしね。「大切だなぁ」と思うと同時に、「こういう“地元”っていいなぁ」も強く思う。人間、みんないろんな人との関わりがあって生きてるんだな、ってことを実感してるっていうかね。幼稚園くらいまでって意外と個々の家庭のみでやっていけてる感があると思う。実際に、子供会にも入会してなかったし。お祭りにいっても、なんかよそ者みたいな感っていうかね・・・なんだかそれがどっぷりと「地元」に浸かり始めるのが小学校からって感じ。そんなこんながあって、どっぷりと地元チームにはまることに決定。なんだかんだいいながら、すでにクラブメンバーになってるし、今日の観戦前にもTシャツ家族全員分そろえたし、雨だから急遽キャップも買ったし。宣言する以前に、すでに立派なサポーターかしら??まぁ、そんな訳で・・・・今後もまったりと地元で応援していきたいです。
2009.05.05
コメント(2)
新学期と介護が重なり、ヘロヘロな日々が続いております。 まずは末期ガンのオヤジ、日に日に進行中で弱っていってます。 先週末のみ入院し、月曜退院。 自宅での一人暮らしの為に、配食とヘルパーさんを依頼。 29日?祝日は、姉と二人て一日中実家のそうじ。 折り畳みベッドを購入して一階の一部屋に全部まとめる。 朝10時には始めて、結局、夜11時近くまでかかった ちょうどその頃帰宅した兄と今度は兄妹3人でいざという時の打ち合わせ。 母の時に親戚にあれこれ口出しされて本当にウンザリしたので今回はそういうことのないように予め準備しておかねば。 このところ、子供達はすっかりパパと保育園任せ。 だけど、一応、PTAのお手伝いなんかは頑張って参加してます。 昨日はPTA総会。 担任の先生や吹奏楽の先生とも歓談して楽しいひととき。 が、そんな最中にもオヤジからのヘルプコールもあり。 痛みのせいか、痛み止めの麻薬のせいか、会話してるものの、内容がはっきりせずに記憶の混濁?らしき状態も… 早くまた入院した方が良いかと思うものの、なかなかそうもいかず。 また日は変わって今日は区役所から来る介護認定の立ち会いのため、また実家へ。 実家と自宅の行き来で往復3時間はかかるので、こう連続だと疲れる
2009.05.01
コメント(1)
全11件 (11件中 1-11件目)
1