躰道∞(無限) 

2005年10月03日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 ただ帯の色が変わればいいんじゃぁない。

 例えば三級になったら、今日から三級だ。なのではなくて、これから三級の意味や責任感を学んでいくのだ。本当の三級になれるときは二級に合格したときだ。

 この上の言葉は本日練習終了後に先輩が話してくれたことだ。

 現在級、段ですべきこと修練しなければならないことを会得し、次へ進む。つまり志摩先生が常々言うことで「段階的に」がある。これは、車の運転で50キロをだしたから次は60キロを目指す、いや、そうではない。アクセルを踏む。次はブレーキ。アクセルを踏んだらまっすぐに走れるか。今度は停まるべきところで静止することができるか。というふうに裏と表。走る止まるも同じ、陰と陽が必要で。このことを理解していくことが必要と思う。盾と槍、つまり矛盾をいつかは気にならないものにしなければ人の心は大きくならないものだし、一見して自然とは矛盾しているもののようだが、人間も動物も植物も命をうけたときから自然に左右されて生きている。

 自然のなかの言葉、「四季」も一気に夏から冬には変わらない。じょじょに段階的に進み慣らされていく。つまり自然に調和されていることを自分の中で、自然に勝った気でいる。

 温暖化。どーでもいいが、人が蚊に刺されるだけで気になるように、地球も刺されれば堪忍袋の尾がいつか切れる可能性もありと思う。
 最近の地震はそうであろうし、テロリストも、もしかしたら自然の命をうけてガスを嗅がされ仕向けられているのかもしれない。

 テロリストも準備は段階的に。

 はじめからビッグバンのように上り詰めてしまうと餓死しちゃうよん。



 段階的、最後にもうちょっと振り返ると、「進む」を覚えたら「壁にあたる」も覚えさせる。
「苦しみ」を味あわせたら「楽しみ」も味あわせる。
 かたよって「楽チン、甘チンばかりさせると心の糖尿病患者」なってしまう。
 血糖値が低くなりすぎてもいけないが。

 そのことに気がつかないと本当の病で、わかってしまえば味噌汁の中の菜っ葉についた虫と同じで取り除けばよい。その虫が入っていた味噌汁をそのまま気にしないで飲めるかどうか、切羽詰れば飲む。そうでなければ飲まぬ。自分が親だったら、取り除いたとはいえさっきまで虫が入っていた味噌汁を飲むか、それとも、虫がはいっているくらい野菜が新鮮なんだと言い聞かせるか、どっちだべ?私は子をもったことがないから分からないが、バブルがはじけてからしばらくたつ。どんな時代がくるかもわからぬ。ぬくぬくしたこの時期にどう過ごすかが、あと何年後を楽も織り交ぜてすごせる鍵ではなかろうか。
 苦しむ段階を経験していない人は不満は不満、経験者は我慢に我慢。

 ものごとは段階的に進まなくてはならない。
 と、同時に食べ物も人も好き嫌いをしてはならない、というのが大事だと思う。それを無視しちゃうといつのまにか……。

 自分がどの時期に育ったのか、その時の家庭の経済状態、自分が甘ちゃんで育ってきたのかどうなのか、そういう人がどの面下げて物事を判断し行動しているのか、誰にも聞かないでそれは正解なのだろうか。段階的に進まない自分の精神も知る必要があるなと自分も感じたし周囲にも感じる。

 そういえば、渡波躰道に戻ってきてすぐに、公民館主催の「意見発表会」というのがあった。私が読むことになってその題名は「なぜお母さんはみえをはりたいのか」だった。読んだ後にある父兄さんから「自分のことをいわれているようだ」といわれた。そのときは、そうじゃーないよ。なんっつっていたが、実は当たり。いや、半分当たり。全員に向かって読んでいた。でなきゃただのイヤミ人間だ。一人に言うために作文を読むなんて。最低最悪だ。分からない人には分かってほしいから読んだんだ。今度いつか、その作文をこのブログにのせてみよう。

 おっと、もう、こんな時間寝よう。 





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年10月04日 00時07分10秒
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

天空の鯨5623

天空の鯨5623

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: