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おいしいお茶のいれかたをNHKの番組「プロフェッショナル」で知った。 それが熱湯だった場合、急須へ入れるお湯は薬缶やポットから直接入れるのではなく、何個か用意した茶碗に二、三回うつしかえてから急須へ注ぐのだという。 約98℃の熱湯も湯呑から別の湯呑にうつすと10℃ほど冷め、三回うつしかえると約70℃になって、熱湯を注ぐと現れる渋み成分が温度を下げたことで甘み成分が姿を見せるとのことだった。 試したら明らかに違う。 姉が「だったらポットの設定初めから70℃にしていたら」と言った。 私はその言葉に違和感を残したまま床に就いた。 布団の中で、前に途中まで読んでなげだしていた小説のことをを思い出した。 成人前の幼きころの石田光成と豊臣秀吉の初対面のシーン。 光成は寺の小僧だった。 秀吉が旅だったか、何だったか、体力が消耗し、ひどく喉が渇いていた。休憩のために腰をおろした寺の縁側で、秀吉は挨拶をかわした小僧に「茶をくれんか」といった。小僧は静かに返事をし、背中をむけた。 剃りあがった頭で盆を持つ腕をのばした。秀吉はお茶をとった。 口にしたお茶は思いのほかぬるかった。秀吉は思わず一気に飲み干した。のどに緊張をあたえず、お茶が自分で流れて行ったのだろう。 秀吉は小僧の持つおぼんに湯呑をおいて、指を一本立てた。小僧はすぐに察したようすでにこりとした。 一杯めより温かかった。しかし、一息で飲んでしまえる温かさだった。 秀吉は心地がよくなり、膝を打つ気分でもう一杯と言って、今度は小僧の細く白い指に手渡した。 茶が唇にふれる前にあきらかな温度の違いに気づいた。警戒にも似た緊張が秀吉にお茶をなめさせた。十分に咽は潤い、光成は口の中でで冷ますうちに味わいをもてなしたのだろう。 気づかい、心づかい、もてなしの心というのは利益、みかえりを求めた、もしくは意にした瞬間に消えてしまうものなのではなかろうか。 表情や姿から者の欲することを察し、何かを添える。 火のない場でぬるい湯を熱くするは難しいが、熱いものは容易に穏やかにできる。 強さを身につけ、心を鍛えれば、人によって必要な優しさを変化させて分けることができる。 ただ弱ければ情けをかけて終わることが少なからずある。 力はなくとも、知識、知恵をもってすれば己より人として大きい人間へも優しさを感じさせれれる。 そういった人為を自然にできるのが癒しというものではなかろうか。 私が姉の言葉にもった違和感はなんだったのであろうか。 たった一度でも沸点に達した経験があるからぬるくもできる。やさしくもできる。水と合わせれば何倍かのぬるま湯も作れる。 時には渋みがうま味より大事な時も生きていく中で必要なときもありそうだから、いざという時のためにも、熱湯から手間を惜しまず、もてなしを。
2008年11月15日
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おひさしぶりです。 2008年08月24日 無限を開くことも久々です。何通かのメッセージにもお応えできなくてすみませんでした。 オリンピックをみて思ったことを書いてみたいとおもいます。 私が習っている躰道でもそうです。なにが「そう」かと、言いますと、陸上の短距離で千分の一秒タイムを縮めることと突き蹴りの目標到達までの所要時間の類似についてです。 体力を持て余してタイムを縮めてくる選手もいれば、個々の能力そのままにバトンの受け渡しで他の先をいこうと錬ること、特に一つの世界で長くやっていると成長の限界を超えた人間にとっては維持の中に作戦や研究によって進化するしかないと思いがちです。 いっそのこと選択種目をかえてみてはいかがですか。 考えが変われば~~~が変わり、~~~~がかわれば人生も変わる。 常に切磋琢磨した状態もいいが、新しいことをふんで挫折をあじわうとか、わからないことをわからないと素直になれるのもそういった環境の中でこそ。 食事のバランスも大事だが、人生、「緊張」「不安」「安心」「行動」「休息」のバランスもこの五つが刺激し合ってこそ排泄もスムーズになる。 わたしの思い込みをひとつ言いきる。便秘の人、緊張することを忘れたひとではなかろうか。
2008年08月24日
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まっ暗闇。同じところを往復するころには廊下の輪郭もつかめている。さっきまでの手探りが微光をとらえ、足の速度は衰えるが認識はかすかに精度を持ち始める。 なんとなくでしかなかった手探りに、よく見ることにより判断が生まれ引きずるようにしていた足に膝の伸縮が灯る。 自信のない暗闇でジリジリと手足のない昆虫のように足の裏を進ませるが、廊下からホールへの曲がり角や閉められたドアのおぼろげな輪郭をつかむと、そこまでを無障害の道のりと決めてかかる。するとその付近まで変な緊張が消え、足を上げ人間の歩き方第二条第一項くらいまでを知識として持っているような勢いがでてくる。ただし左右のバランスは一定のものはなく、常にフラフラの状態だ。 しかし、これら真夜中のトイレか、真夜中突然の空腹かによって行動した人間がクリアできたのは体にしみついた家の間取り情報があってこそなせるわざなのである。 あるとき、ある娘の親の実家が石巻から離れた島だったことから少女にこんな恐怖をもたらした。 自分が小学校低学年というと、あっさりと最近と言い答えてしまう。それを二十五年前というと、あら、という違和感がただよってきてしまう。あのころの怖さは今もリアルなものだし、その場所に行けばまだ同じ状況を体験できるのも、背中合わせの二十五年前だからなのだろう。 そのころは離島といっても島で住人としている子供の姿をみるのは山でクマに出会う率よりそうとう高かった。こんな言い方になるのは今では自分を子供としてみないかぎり、まず見られないからだ。子どもがいる雰囲気がないのは道端にソーダアイスの包み紙や黒くすすけた夏らしい花火の形跡もない寂しさからだ。 最近のような二十五年前、そのころ少女だった自分の顔を思い出して立ちすくんだ。 島の子供はきまって面倒見がいい。町場から島へ遊びにくると、その近所や親せきの子供は決まってちょうどいいくらい歳のはなれたお兄さんお姉さんで、少女の話題にも楽しく合わせられるし、とけこめやすさを持っている。逆にあんまり歳の近いのがいると野良犬どうしがばったりであったときのように警戒し、背伸びするような主張を心の中でしてしまうのだ。だから友達になりずらい。 少女は親の実家のすぐ裏の家に遊びに行くか、お墓を近道とする少し歳の近いお姉さんのところへ行くかが針金のように細く不安ななわばりだった。誰にひん曲げられかねない。 裏の家だと、実家の勝手口の灯りとその家の外灯がわずかな帰り道を誘導してくれる。それでも焦ってしまうのは子供という性格がそうさせるのだ。実家と裏の一本線の中心に線を引いて十字をかくと一方は大木にかこまれたお墓がある。もう一方が不気味で、浜へ下りる道はかすかな風も不気味なざわめきにしてしまう細い笹が茂っている。どっちからもナマハゲが出現する確率は五十パーセント、勝手口でサンダルを脱ぐのをもたもたすると耳の軟骨が神経に逆なでされて後ろへ引っ張られる。しまいには足首をゾンビにつかまれたブロンズのロングヘアーの十七歳みたいに足をばたつかせサンダルを振り落とす。 その姿をおばあさんが目を丸くして見ている。何もいわず菜箸でコンロの魚焼きをひっくりかえしている。網の下に敷いたアルミホイルが閉めた魚焼き機からはみだしている。 わずか五、六メートルの距離でさえでさえこの怖さ。 あるとき弟は裏の家へ。少女は少し離れたお姉さんのところへ。ということがあった。午前は弟も一緒に三人でそのお姉さんのところへ行って遊んだのだった。まだ小さい弟がお菓子を買いたいわがままにつきあって遠回りして行くことになった。 ポテチの空袋を片手に虫取りをする弟が、一人でいることにすっかり飽きて、人形で遊ぶ少女とお姉さんのところにしゃがみこんだ。「おばあさんとこにもどりたい」少女はため息しながら目を細めるが、お姉さんは立ち上がって弟と手をつないだ。少女は今度は自分が一人ぼっちのような気がしてなかなか立ち上がれなかった。しつけのなっていない子犬に引っ張られる態勢のお姉さんは少女の名前を呼びウインクをした。自分は弟より上の立場にいることがエネルギーになった。きた道と違う方向にお姉さんは歩きだした。くるときの密集した家を縫うように歩いてきたのとは風景がまるでちがう。坂をのぼり、コンクリートの足場が山土と腐葉土にかわった。むき出しの木の根もある。少女は自分の性別を認識する前の幼年期に帰った。一コマが薄ぼんやりと、しかししつこく蘇った。誰かもわからない背中にしがみついて、どこかの玄関をくぐるまで目を開けなかったあのシーン。少女の足が止まった。いつのまにか弟はお姉さんに抱きかかえられている。動かない少女に振り返るお姉さんと弟の背景には山づたいに断崖絶壁の道があった。「怖い?」聞かれても正直にうん、と言えなかった少女は怖くないとも言わずお姉さんのふくらはぎに自分の膝をあてるようにしてついていった。道幅は畳一枚の半分しかない。木の根が動いているような錯覚と、偶然けとばした小石が崖下におちる。腐葉土が崖をおおって、その下には民家がある。その間にブロック塀があった。少女はもし落ちた時塀の向こう側に転がっていくかその手前の崖下に落ちるのかを考えていた。お姉さんの肘とわき腹の隙間から崖道の終点をのぞいた。残りわずかが恐ろしく遠い。少女は前のランナーを待つリレーの選手のような急かす足取りになっていた。 通り過ぎてしまえば、あっという間だった。何度も振り返り、その道に憎しみさえわいてきた。 心拍が安定してくると高い木の枝を見上げるゆとりがでてきた。おじいさんが眠るお墓だということがわかった。少女の頭の中に実家とお姉さんの家まで釣り針を立てたような形のルートが頭の中に描かれた。 お墓まで来た。あと注意することといったら、やぶ蚊くらいなもので、ここまでくると家まですぐ目と鼻の先だ。十一時という半端な時間に到着した。弟がテレビのチャンネルをまわすとタイミングよくヤッターマンが放送されていた。アニメに氷漬けされた弟をおいてお姉さんは、うちでご飯を食べようか?ときいてきた。少女はおばあさんにことわり、野菜のお土産を持たせて了解した。 お姉さんは自然にお墓のほうを向いた。少女は袋の中のじゃがいもを数えてみた。六個だった。ネギが三本。 三回同じ野菜を勘定するうちにお墓をぬけて崖までついていた。 さっきは気がつかなかったがこっち側からお姉さんの家にいくと崖道は下り坂だったのだった。 もし、袋が破けてジャガイモが転げおちたら、そしてそれを追いかけたお姉さんが飛び降りたらどうしよう。気が遠くなってきた。山際に引っ張られるように、忍者が身を潜め歩くように、それでもお姉さんが振り向いたときには肩を大きく動かして大丈夫さをアピールして崖を通りきった。二度目の慣れというやつだろうか。歩き始めると、頭の中から「もしも」が薄らいでいって、足もとの意外な固さや手すりの存在にあたる縦に落ちた山の壁から根っこの先がみえている。いつのまにか「もしものときは」と考えていた。つかまるところがずいぶんある。お姉さんのゆとりは、それをたくさん知っているからだろうか。お土産の野菜をおばさんに渡すと「あら、あらあらー。ありがとうねー」とエプロンを叩くように手の水をきって袋の中をのぞいた。お姉さんと二人でご飯を食べた。少女は大好物のウニをたべた。崖の記憶もこのときばかりは消えていた。 六時もすぎると薄暗くなった。お姉さんのおじいさんは目が豹のような丸で、目尻には、いつでも食うぞという気迫が感じられた。そのおじいさんに「夕ごはんも食べていきなさい」といわれた。「オマエをとって食やしないから……」とは聞こえないが、外の夕日に闇がかかってくるのを見るとそんなふうに思えてしまった。夕食にもウニがでてきた。アワビもでてきてご飯もおいしかった。少女は「えあ、え?」とおかわりをどうかと聞かれて普通に「はい」と答えられないでしまった。 そのはっきり返事ができないことが、少女を恐怖の世界に導いてしまった。 送っていく?お姉さんの言葉だった。「だいじょうぶ?」「ん?あ、うん」ひきつった笑い顔の少女の手をお姉さんがにぎった。一瞬希望に満ちた。 次ににぎったのは赤いプラスチックの懐中電灯だった。「明日また遊ぼう」 えへら。と顔で挨拶し、少女は山に向かって懐中電灯を照らした。 振り返るとお姉さんの姿はなかった。家に戻っていた。とたんに懐中電灯の電池がもつかどうか不安になった。 少女の中に、お姉さんの家に戻って送ってくれと頼む選択肢がなかった。 民家をくぐって複雑な道のりを行く自信などない。 残るのは目の前にたつ山。そしてその山づたいの崖の道だけだ。 少女の踏みしめるコンクリートは子供の足を引く特殊な磁石のように足取りを妨害する。 いつか、いつのまにか足の裏の感触に凹凸が強く懐中電灯の矛先が足元寄りになっていた。 いよいよ。という感じは下から吹き上げる風と昼間は聞こえなかった波の音が耳鳴りのように少女にまとわりつく。 少女は足を止めた。そして懐中電灯の光を遠くへ投げ飛ばす。崖道の奥、お墓の出入り口が薄ぼんやり見てとれる。 投げた光をゆっくり手前まで引き寄せる。崖道があらわれ、その下のブロック塀が冷たそうに映る。 少女の足もとに光が戻ったとき、少女はしゃがみこんで自分の膝を照らした。 あの崖をわたること以外の方法を考えはじめた。 昼の店に行った道を辿ろうか。 少女はなんとなく崖下のブロック塀一点を見つめていた。無意識のうちに自分がお墓まで辿る方法をめぐらせていた。 木の根にしがみつきながらゆっくり崖下まで降りる。そして塀と崖の隙間を歩いて、またつかむものをたよりに崖をよじ登れば怖い崖から逃れることができそう。 しかし、それを行動しようと思うと崖と天秤にかけづらい。ありえない考えかただ。 そのときだ。波の音以外に何かが聞こえる。猫かカラスか。少女は耳をふさぎたくなった。それでも、暗闇の中ではいやでも集中してしまう。 足音。それと何か回るような、跳ねるような音だ。 正面の崖からくる。少女は懐中電灯の明かりを下に向けたまま近づく物音を凝視した。「サチコがー」 おばあさんの声だった。 泣いて寄っていきたかったけど、おばあさんは黒い影のままズンズン、ズンズンよってくるので懐中電灯を少しあげるくらいしかできなかった。 おばあさんの両手は一輪の手押し車でふさがっていた。「かりてきたのか」おばあさんはそう言うと懐中電灯をぶんどりお姉さんの家のほうへ消えていった。真っ暗の中に一人ぼっちで耳鳴りが、ザーっとなって心の中では「あーっ」と叫んだ。 おばあさんはすぐに戻ってきた。おばあさんの声以外に少女の頼るものはなかった。 おばあさんは早く乗れといった。暗闇の中、タイヤが一つしかない揺れる緑色の鉄の中にカメがひっくりかえった状態のままタイヤは動き出した。 おばあさんは孫を荷車にのせたまま歩きだした。少女は弾む箱の中で強く眼を閉じた。この真っ暗闇にどうやって。鋭く集中した少女の感が崖道の断面を通る二人の姿を想像させた。もう眼を閉じていても開けていても同じに思え、眼をあけた。 この速度。間違いなくおばあさんは崖を走っている。
2007年12月01日
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パソコン購入!(10回ローン。ただ、ビスタにかわったこともあり、ネットがまだつながらない状態。まんず、しゃます。
2007年10月30日
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ポテチを一袋あけて、カスまで食べる。しばらくして、ものたりなさを感じる。舌が何かに触れる。歯の間に残ったポテチに幸せを感じた。一流モデルがこんなことを思う。
2007年10月10日
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溶岩にゴミをぶちこんで処理代を稼ぐ。ぼろもうけ。
2007年10月10日
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シートベルト、しめ忘れで自首。
2007年10月10日
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人はいないが、留守や定休日の雰囲気ではなかった。二人は入口のすぐ近くの席で薄暗い天井をあおいでいた。いつのまにか水、前菜が運ばれていた。 テーブル中央にフォークとレンゲが二人ぶん立ててある。ヒラメキに似た衝撃は食べ終わるころに衝撃にかわっていた。天井の暗さに目がなれてきて、むきだしの梁は太くて黒い。そこに用心深いネズミが頭を出したとしても、虫食いだらけのサラダを完食したあとならそいつもリスに思えるにちがいない。二人は視界に白みがかったものを感じた。湯気だった。長丸の白い皿には店の照明に似たスープとそれに光沢をつけられたご飯が丼を引っくり返したように半円をつくっていた。二人で顔を見合わせているうちにご飯のかたまりは濃厚なバニラアイスが溶けるように皿になじんでいった。二人はゆずりあうことなく中央のグラスに立ててあるレンゲをぬいた。鶏肉の雑炊だった。スープに見えるのはおそらく脂だろう。火傷を覚悟しなければ、すくってそのまま飲むことなどとてもできない。ご飯なら何度も吹いて口の中の唾液で冷ましながら転がせばなんとかのどを通せた。舌がなれてきたころ、ようやく旨さに気づく。脂にとろみがでてきた。固まってきたのだろう。あともう一口とい うところでレンゲは皿だけをなでる。もう一口が恋しくて隣の皿に横目を流す。偶然にもその視線は交差していた。苦笑した。信号機そのままの青、黄、赤のゼリーが個皿三枚にそれぞれのっていた。青は水の味がした。口の中の脂がどこかへいってしまった。黄色はパインだった。味が濃く頬の内側がヒリヒリしてきた。赤を持つとその手が震えた。青と黄色と違うのは透きとおっていないことだ。血の固まりのように黒くさえ感じられる。勇気を必要とした。一口ではいけないにしてもスプーンで少しなら。二人は中央のグラスに助けを求めた。気のきいたデザートようのスプーンなどなく、グラスには円柱に丸めた紙が縁の幅一杯に広がっていた。グラスを寄せると底には小銭がいくらかあった。 紙には満足した以下の値段があった。もともと少ない中身だったが、これは支払えたはず。紙をよくみると領収書とあった。グラスの小銭と消えた財布の中身を計算するとしっくりくるのが逆に恐ろしい。突然鼻血が逆流してきたような感じに口の中に何かが溢れる。ザラザラしたような 何かが。赤いゼリーは何かで削られたみたいにえぐれている。 二人は玄関の鍵穴の向こうに外の灯りをみつけ、まばたきをするごとに減る赤いゼリーと反比例する口の中に危険を感じて荷物を持って立ち上がった。
2007年10月10日
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【あたたかい】【涼しい】の違いは個人の体感温度によってかわる。日影では長袖が必要。日向では帽子さえあれば眠くなるような陽気だが、時間がたつと汗が出るわけではないにしろ日影にうつりたくなる。昼をまわったころか木の枝を揺らすのも微かな風が吹いてくると海水に淡水が流れ込むのに似た心地よさがある。釣り好きにしかわからない喩えになってしまったが、どちらの域に通ずる生き物がやってくる。人間も同じに思う。極めようと思えば超のつく海水域。喉越しに全くざわめきのない純粋水。しかし、それは登山とダイビングで互いに背をむける。水面かスレスレか。そんなところに人はよる。日向にそよ風。
2007年10月05日
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ホームセンターで買ったイエコの孫。 ヨーロッパイエコオロギの幼生。おそらくだが、生後当日から四日五日内といったところか。昨年秋に生まれたイエコの子。やはり子はかわいくてしかたがない。ただ、ウォータードラゴンが死んでしまってショック。餌のはずのコオロギがただいまペットとして生活している状態だ。うちのコオロギはそろそろ10ヶ月近く生きている計算になる。まだ二十匹を超えたくらいの生体数を確認したが、前の孵化では200~400匹はいただろう。いまだに成虫が100匹は生存しているだろうから。
2007年07月17日
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私が選ぶ漫画。択ぶ漫画。択ぶは安易で、選ぶはより良い方。だそうだ。その中で私が択ぶのは『ジョジョの奇妙な冒険』だ。ジョジョの第二部の主人公が三部、四部とまたをかけてその漫画の舞台に出場する。名はジョセフ・ジョースター。 ジョセフはジョジョの家系の中でも突飛した【逃げ腰】の男。しかし、その相手へ背を向ける行為を殺さずに次ぎの世代まで生かし、あくまで私の目でだが敵の強さとする中ではジョナサンからスティールボールランまでの各部中でぴか一の強さを誇ったのがジョナサンを主人公とした第二部だったと思う。 私が思うに背を向ける行為は動物が生きようと思ったときに行う行為で、攻めようというのは、何がしかを守ろう。時間を稼ごうという行為にあてはまるような気がする。 この梅雨の時期、攻めるか、守っているか、極端な言いきりはできないにしろ、心の奥底では解っているのだろうと思う。
2007年07月03日
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題の虫を略称すると『イエコ』。そのイエコの育て方についてだが、まず私の失敗例は水槽で飼育(餌用としてなので、むしろ保管にちかいかも。少々残酷だが)したことだ。糞がそのまま残るし、蓋をしめていないにしても空気の流通がほとんどない。部屋中に空気が立ち込めてしまう以外になにもない。そこで考えたのはA3ほどはあるであろうタッパーとザルがセットになったものを使用することだ。ザルにイエコをいれる。そのほかに餌入れ、隠れ家、水入れ、産卵用の土をいれた容器。 ザルの外側と、タッパーに空気流通の隙間を作るために三センチ程度の木片等を使う。すると、異臭をはなつ糞はザルの隙間を通りタッパーの底へ落ち、糞が匂ってきたりした場合にはザルと蓋を持ち上げ、タッパーの木片をどかして、糞だけが残ったタッパーを掃除する。 虫かごや水槽に土を敷いてしまうと糞の除去に困ることがある。それを解消することができると、ザルを使用する前の死亡率約40%だったものが、使用後は98%、ほぼ100%にまで伸ばすことができた。ただし、成虫にならない羽のないものはザルを抜けることがあるので注意が必要だ。頭部以下は膨らんで見えるが骨や甲虫のような硬いものでないため首までザルの向こうに出てしまうと簡単にすり抜けて行ってしまう。コオロギの頭を正面からみると丸いが、横からみると縦長である。人間が隙間に落ちたお金を拾うときいくらでも手を細くし、それでも届かない場合はグリグリと無理矢理にでも入れてしまうのではないだろうか。コオロギも同じような執念をもっている。 逃げるという生き物の本能。
2007年06月26日
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ひそひそ話をする息使いと声量で、言葉の語尾を上げ気味に発音してみよう。発音する言葉は次の四文字。自分は頬に部族、民族のペインティングをした女性なのだと思い込み発音する。あくまでひそひそ声をわすれてはならぬ。「アシタカ!」 これであなたも明日から「もののけ姫」。イジリーなみの芸達者。
2007年06月22日
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酔い薬っちゅーのは酒なのかもしれない。ここで言いたいのは『酔い止め』のことだ。 私の母の実家が離島にある。そこに行くためには渡波という石巻の一角からクネクネ道の風越し峠をぬけて鯨の町鮎川から船に乗らねばならぬ。その船で私は必ず嘔吐した。平たく言う『げろ』だ。それを吐く。 じつはその前にも吐いている。父の運転が荒い。しかも二tトラックに大人二人に子供二人の乗車オーバー。類まれなドライブは私と母の脳を揺らす。二人はO型。酔わぬ二人はB型。血液に関係を得てして、さかのぼること数分前。 私は母に無理心中の勢いで肌色の薬、半錠を口に含ませられる。そして何度も洗ったあげくラベルの落ちたワンカップのビンで水を飲ませられる。苦く、変な臭いでやられて半島を越える前から吐きそうになる。その薬を飲む前から「おめぇはすぐ酔うから、絶対に酔うから、吐くから」と連呼され、意識付けされ、とうとう暗示にかかってしまっていた私は際限なく吐いた。 ある日、いつだったか、何年生だったか忘れたが、夏か正月、島へ行くシーズン。お決まりの薬と水が用意されていた。私は母の睨む目を盗んで薬を口にほうるふりをし、いかにも苦そうな顔を作って水を飲み干した。そのときの心境はどうせ吐くのにこんな嫌な思いはしたくない。だった。向かう途中、停車場で母は指を喉に突っ込みはいていた。この家族に一緒に降りて背中をさする者はいなかったと記憶している。 その日、奇跡か、わたしは車でも船でも吐かずに島へ降り立つことができた。 島から出るとき薬を飲めと軍隊のしきたりのような口調で母はコップと共に薬をさしだしてきたが、「実は」ときりだして、くるときは飲まなかったことをつげた。そこで、母もこれまで飲んでいた常用というべき行為をやめて四人は自宅へ向かった。ゼロゲロ宣言完遂!! 今になって思うのは『絶対に酔う。酔うに決まっている。吐くはず。吐かないわけがない』という極度の心配が、車酔い、船酔いを一つの文化のようにしてしまったことが結果として胃に暗示を送り脳が反射してしまい、トシャ物を半島の一角にマーキングしていたのだと思う。 私が思うに、事前に防衛的な対処も必要だが、過保護による『無駄』な意識付けをするのはどうかと思う。その人間の成長に応じて、『暗示』となるような言葉は消し、信頼をハラハラしながら見守る勇気が大人には必要だと思う。 自分の行動を省みない人には何を言っているの解らない。自分の家族さえ、自分に話を合わせてくれる人さえよければいいと思っている人にはわからないことかもしれないですが、全てを取り払って、市民県民国民が政治家を批判するように自分自身の振る舞い、子供の育成方針、自信のこれからを振り返り、そして深呼吸をまじえ被害妄想を一旦解いて、思春期の希望に満ち溢れ、同時に苛立ちのつのるあのころに立ち返り考えてほしい。 『暗示』をかけて自分以外の人生を狂わせていませんか。 そこから脱却しようとしている人間を蜂のごとく攻めていませんか。 最近の政治がらみから日常、そして私の過去を思い返し、親の思い違いによる子供への『悪暗示』について書いてみました。
2007年06月18日
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過去に宝くじの一等を二度引き当てた男がTVで申していた言葉を思い出した。「売り子の笑顔が自然で見返りのない表情である売り場をみつける」 これだった。 笑顔で、「当たるといいですね」「ありがとうございました」そういったマニュアルにはない、思ったままの変哲のないふれあいがあると、その当選の達人は何等でも当選してしまう気になってしまうものらしいというのだ。 細木さんや銀座のママあたりに言わせると、生まれたときから「決まっていた」「こうだ」と言われてしまうだろう。確かにそうだ。そう思う。 決まりごとがわかっていれば、だれも失敗などせずに「絶対に間違いのない」ほうを選択して生きていく。比例して新たな病名が増えていく。 私が思うには、誰の思うとおりに地球は回ってくれない。 その回転を楽しむゆとりがなけれは、回転を否定し、嘘をつかねばいきていけない。嘘をフォローし生きてしまう。それを代々受け継がせてしまう。 ここで宝くじの当たり外れの答えがあるように思う。「銭がほしい」と思う金銭欲、物欲よりも霊長類として万物を思いやり、その者の行動そのものが人をいやすようでなくては、勇気を、やる気をもたせるようでなくては宝くじではないと思う。 別な人間の言葉で、人類の層を
2007年06月13日
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「一歩手前」こう言われて、自分が人より一歩手前に行こうとしていることを考えるか、自分の前に手前に人がいると考えるか。 自分自身の世界観で生きてそれで満足できている一握りと、そういう世界観で生きているが素人異常の人に中々認められずイライラのしっぱなしの人間ではゆとりの差が大きく出るのだと思う。 最近NHKの教育番組で観た、装丁家の題材のことを思い出し、打ってみている。 装丁というのを辞書で引く。『そうてい』印刷物などをとじて表紙をつけ、書物の形にととのえること。また、その表紙のデザイン。 こう、広辞林にはある。 装丁に家、(いえではなく、か)がつくと、周囲が認めた専門の業務職種を持った人間。というふうになると思う。専門家というのがそれで、現在、仕事の依頼が押しよせて引き際が見えない人のことだというニュアンスで、取材をうけた装丁家の人も言っていた。 その装丁家が表紙のデザインを手がけると売れる。『売れる』という言葉が番組内で幾度となくナレーター、進行(たしか、ホンジョウマナミ)の言っていたセリフだった。 私が思ったのは、そうではなく、その装丁家の彼は本の読み手として素直なのではないかということだと思った。その理由に装丁というのは、まずその出版したいという本を読んで編集者、著者の意見をくみとりつつ表紙を具現させていくものと私は受け止めた。その中で、読んで面白いと思わない本には、魅力の感じることができないものには意欲は削がれるきがした。なぜかというと、その装丁家の言うとおりでもあるのだが、「手にとらせる」こと。つまり、店に入った客、書店を訪れた人間に「表紙の存在で足止め」をさすことが命。そのあとはページを開く指に期待を感じさせるか、苦痛をもたらせてしまうかは作家の力量だ。と、こう言っている。私もそう思う。その装丁家が面白くないと思ったものをそれなりの表紙をデザインし、店頭にならべ進めるとして、本人の気持ちはいかがなものだろう。 私個人の話だが、自分で食べて「おいしい」と思ったラーメンを無理にでも人にすすめる癖が私にはある。その美味しい話を幾度となくして、チャンスがきたら身銭を叩いてでも食べてもらいたいと思う。それで私は自分が気持ちがよくなる。自己満足の〇ナ〇-だ。 装丁家も、満足や販売数や新聞雑誌の売り上げランク、文学賞の評価等で気になるのは「装丁家としてお奨めだよ」という点があった場合ではないだろうかと思う。 ある意味では、面白くない本を装丁の力でどれだけ売ったかというのも仕事かもしれない。しかしそれは、質の悪い家を営業のトークでどれだけ販売契約したか、とういうものにしかならないと思う。 この番組をみて、私が思ったのは自分に自信がない人には、この装丁家に頼まない。頼めない。遠慮してしまう。 自分の収入と生活の比例にも等しく、編集者も含め作家として自分の技量を知らぬ間に図っていると思う。それか諦めか。 諦めたらそこで終わりだし、それを開き直ってもなにも始まらない。妥協人間の集いは嘘と悪口の集いにしかならない。それに関連した罪なき人々も影響をうけざるを得ない。「あれ?」と感じたら、なんでもいいからその道の『頂』に触れることを考えることが大事だと思った。自分自身に言っているようで心苦しい。
2007年06月11日
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いつも同じ博多チャーシューメンを注文する。それぬ特別なこだわりを持っているわけでもなく、生まれが博多で無意識に体が欲しがることでもない。店に入ってとりあえずメニュー表を上から下まで見る。ラーメン、ミソラーメン、モツラーメンとあるが、ラーメンかミソならわざわざここにこないで、よそで食べたい。モツラーメンを頼む気にならないのはネーミングに問題がありだ。 ここの店でメニューを見るのは質屋のウィンドウを眺めるようなもので、「新しいものはないか、見落としはないか」というちょいとした宝探し気分にほかならない。わかってはいたけど、やはり掘り出し物はみつからず、立った姿勢に疲れを感ずるまもなく、どちらかといえば「通りすぎた」に近い。通りすぎた、ように注文される博多チャーシューメン。 しかし、結局のところ店へ向かう前、あらためてまで思考しないが、頭の中のボンヤリした部分は博多チャーシューを食いにその店へ行くのだろう。
2007年05月25日
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天井も入り口もさほど高さの欠けた三畳間の空間に三名が一人ずつ入ってきた。 誰が準備していたのだろうか、部屋の中央には湯気を立たせた鉄の薬缶がみえた。みえた、というのは鉄だろうということで確信はないが、ということである。 襖をすべらせて、その部屋にまず入ったのがお茶を入れてくれる先生、次に黒い袴すがたのなにがしかを演武をされる武道の先生、続いて普段テレビをみて店屋物にけちをつけるのが日常の私が天井の高さの違和感に腰をかがめてしまいながら襖を柱にぶつけて外の空気を遮断した。 いくら私でも茶室だという知識はあって、着物のお茶の先生の顔に向いた。武道の先生はまず目を動かし、遅れて首を動かし、数回繰り返した。 お茶の先生が平手を斜めに見せて、いかにも「そこに座りなさい」という強い意思の目線をその伸ばした指先にこめていた。私は従うしかなく、だまってだいたいの角度に正座した。合わせて武道の先生も正座した。 私と同じように武道の先生もお茶の先生に促されたのだが、たまたまマイペースに腰をおろした感があった。私の見た感じではお茶の先生の希望から少なくとも薬缶三つ分は壁際によっている気がした。 お茶の先生は白い足袋の足、一個半分下がってたち、見下ろしているはずの角度から私たちを不思議に見上げた。武道のが深呼吸をして両手をついて頭を下げた。 産毛の立ったような障子から差し込める光にホコリが行ったり来たりしていた。お茶の先生が着物を優しい曲を委奏でる弦のように扱って畳み膝を畳みに落とした。一分の間も置かずに足の甲が畳に密着する。 空気が止まった気がして息苦しい。息苦しさに私は肺の活動を調整する。この場の雰囲気を壊すほどの苦しさはなかった。
2007年05月21日
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自慢でも、手術でもなく。 一重瞼(まぶた)から二重瞼になってしまった。 中学二年の思春期のころ。今から十五年前。尾崎豊が亡くなったあたりのころだ。たしか、片思いの子の隣の席になったころ……。朝、起きると、自慢の切れ長の吊りあがった一重瞼がパッチリくっきりの二重まぶたになっていた。徒歩で二十分の通学の間も朝に鏡で見た二重の顔に嫌気と焦りまじりに瞼の皮をひっぱてみたり、まばたきを繰り返してみたりした。いっこうに治らない。普通なら二重瞼のほうが好まれるのだろうが、その頃は勘違いにも等しく自分の一重瞼が尾崎豊気取りで誇らしかったのだ。 最近、青森のさくら祭り躰道優勝大会から帰ってきたあたりだっただろうか、そのころから二重が一重に戻ってくれない。 私は自分の人生の変換機だと思っている。 ただし、私の変換機も道場にいる以上は他のものにも影響があるようにも思えるので考えて行動せねばならないだろうと思う。 さっきトップランナーをみて、メモした言葉がある。ゲストはモトヤユキコだった。漢字は忘れた。 そのモトヤは二十歳で劇団を立ち上げ、処女作では客の反応を得られないまま千秋楽を迎え、肩を落としたとの話だった。そのとき思ったのが、『発表しなければ傷はつかない。発表すれば傷をつけられる』だそうだ。 なるほどそうだ。黙って人の陰にかくれてさえいれば傷もつかない。ところが自己表現を持って表現したいと思うが、人が認めてくれなければ自信を落としてしまう。 しかし、ところがその処女作を何年か後に発表すると、うさんくさくさえ思ってしまうほどの好評だったという。同じ技、同じ気持ち、同じ情熱であったとしても、自分で気づいて変えていく努力が無意識のうちに達成できるのであればモトヤの例も常人の参考になるのであろう。 妥協と言い訳と嘘、このトライアングルを一辺、一角でも持っているやつには安定を味わう資格は与えられない。
2007年05月12日
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「う」という一文字が基本となって「く」「す」「つ」「ぬ」「ふ」「む」「ゆ」「る」というのがあると思う。 この「う行」は未来に向かっている気がしてならない。「いく」「します」「旅立つ」「歩」「歩む」「する」 その中で「ぬ」と「ゆ」が武士か赤ちゃん言葉でないかぎり中々でてこない。この文字達にこそ未来を感じる。意思の強さを感じる。 掟、ルールなどの決まりは何らかの呪縛めいたものや、大袈裟半分に言うと脅しめいたものがある。「ぬ」という文字を書くと、一角目に左角から中央真下に筆を下ろす。その曲はまさに一太刀である。「ゆ」とは刀も衣も放し、囲いから立ち昇る戦意を感じない雰囲気がある。 未来に向かうとはその土地の文化を知って言葉や考え、それらを発する人間の影響、これまでと、これからのなすべきこと、変えてはならぬことの重要になる最終的な選択を誤ってはならぬと思う。 よく、「今の若者は」や「今の親は」などというが、祖父祖母の立場で、自分の孫が犯罪を犯しても他人のせいにして免れれば、嘘をついて裁判で勝てば、それで満足ではなかろうか。それで本当にどうだろうか。 逆に自分の世代が「あーだ、こーだ」言われてる場合はどうだ。 自転車をこいで、左にバランスを崩せば右に立て直そうとする。ところが、現代では親が、祖父祖母がそれを立て直してやろうと必死である。それはまるで自己満足のブロイラー家畜にしかみえない。 どうして人間のずるい、あまい考えで子を育ててそれを指摘されて反発がでるのだろうか。死んでから、もしくは死人同然になってからでは遅いのに。 そういったことに逆らうことは変えるという本質があるからだ。
2007年04月16日
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基本的な時間割を崩さないように心がけて稽古していました。 七時から十分までランニング。五分間のストレッチ。整列。五条訓。勢命の法形。七時半ころから構え、五技の基本。八時から五分間休憩。休憩時間を利用し、プロテクター装着し、実戦(団体実戦重視)。同時に後ろのコートで個人法形。八時半頃から団法、展開という割りふり。 その日によって八時五分から団法であったり、展開であったりもしますが、むらなくそれぞれ稽古をおこなっております。 伝説の漁師さんのご要望に応えて筆をとった今回の更新ですので、深いところは予想で解釈ねがいます。私の目から見た最近の会員は構え、基本技の稽古に集中力を感じ取れます。動体視力と思考力を養う狙いの基本技を行いました。まず始めに公民館のステージほどの高さに立ち、肩の高さからボールを落とします。子供たちにはボールが手から離れたのを見てとり、起発する。そしてボールが床に落ちる音と技の極めの瞬間の速さを勝負させました。成果はすぐに上がりますが、速さに気をとられ技の形が崩れるのが目に見えてきました。そこで、約十五人から五人ほどトップレベルの速さをもつ者を選び、そのほかの者が審査をし、ナンバーワンを競わせました。一人ずつ抜けていくにつれ僅差の判定です。そこで、皆に重要性を気づかせるためにも、構えと動攻五戒の正確性を判定材料に加えました。そうした意味で、会員に「どちらが速い?」と聞かず、「どちらの勝ちだ」という聞き方をすると、速さよりも基導線に順従で正確であるほうの評価を選ぶ者も少なくはありませんでした。こういった真剣は判断は思考力の積み重ねというふうに捉えることができました。以前までのボールで遊びながら体力作りではなく、目と聴力を使って、相手がいるにもかかわらず、自分の五感でもって闘う喜びを無意識のうちに持てる者がでてきたように思いました。相手を意識するが、それに惑わされることなく自分の能力を発揮するというのが、法形、実戦ではなく基本でもって表現されたこちらは言葉にできないものがございました。 この稽古は三回に分けて行い、二回目になると、ボールが手から離れる前、つまるところボールが動きだすと反応のよい会員は起発し始めます。明らかにボールの着地よりも極めが優っていました。本人等はそこまで気づいた様子もなかったと言うこともあり、このことに運足を加えることにしました。反応のよくなった分を差し引いたとしても、交足からの技が音に負けることはありませんでした。運足により技に勢いがついていました。 三日目には正面に一人を立たせ、相克の法則を用いた稽古方法に応用させました。ボールの代わりに正面の会員が五技をランダムにくりだします。それに対し、優位に立てる技を直視判断でもって選択し整列する側の会員が制しようと技をくりだします。例えば旋技の起発に対しては捻の技で対応、捻に対しては運の飛燕などというようにです。ただ、整列する側はまともな対応はしきれませんでした。これは一日目のままだったからです。二日目にやった稽古を思い出すようにいうと前列に並ぶ上階クラスが答えを導き出し、運側で角度をかえ、同時にその最中に技の選択という思考を行えていました。 動体視力や反射神経を向上させ、これまでに突拍子のないことと捉えられていたことをクリアできる基礎能力をあげていくきっかけを、と思い実施してみました。 団体は法形も展開も見てのお楽しみということもありますが、思考と誘導の戦いと言ったところでしょうか。今回の団体では、勝つことより、個人個人の基礎能力をアップすることを意識づけました。昆虫の形態変化のように筋力アップと個人の向上心を求め、本人がそのことで自信を持つことで空を回転することも浮遊することもできてくると信じています。各個人の能力に合わせて稽古する家庭教師のようなことは道場ではできないので、心を一つにし、各個人が課題をクリアしていくことを基本としB&Gを目指したつもりです。土曜の壮行式には納得のものをみせてくれ当日は感動を我々に与えてくれることと信じています。 ほとんど私一人で道場をやっていく状態だったので、悪く言うと子も父兄もルールでがんじがらめにし、統一性を保ち稽古を行ってきました。 文章では表しつくせないこともありますが、また道場でアドバイス願います。
2007年03月14日
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木こりがおりました。雲模様の空の下できこりは弁当を広げております。 砥いだばかりのマサカリを最近のここ10日の間、木に打ちつけておりません。 めぼしい木を縄でしばって目印をつけるのは、だいたい木を切る三日前です。 三日たってその木の場所へいってみると、それほどきつくしばったつもりのない縄なのにどこも弛みがなく張っています。だれかがきこりの後からやってきて縛りなおしているふうには思えませんでしたし、この島の絶壁を登ってこれるのは、このきこりただ一人だけなのです。 きこりは釣りが趣味で、家から半日かけて親戚のすむ浜まで降りてきます。小船を借りて出かけたある日、まったく釣れないが、波はおだやかな日、おばさんに握ってもらった大きなおにぎりを三つたいらげると竿がしならないのをいいことに昼寝をしはじめました。きこりはぐっすり眠っていて、実は竿が引いていることに気がつきませんでした。始めは小さなハゼでもかかっているようなひきでしたが、それを丸呑みしたヒラメが針の傷みに暴れているところを後ろから巨大なサメでも食らいついたかのような力強さで凪た海で船が不自然なスピードをだします。木こりが目をさましたときは船に立てておいた竿はみあたらなく、船自体は砂浜に乗り上げておりました。目の前にあったのはみたことのない砂浜と、立ちふさがる岩肌の絶壁でした。人の気配がまるでなく無人島だと直感がはたらきました。絶壁の上には樹齢何百年とも思える木々が雲を目指して伸びておりました。きこりはマサカリを握って船から下りました。商売道具はどこへいっても放しません。 ということで、縄が独りでに締まることも考えられません。きこりはあるお侍さんの話を思い出します。馬の首あたりに手をあてると、馬の心を読み取ることができるということです。このとき、自分が馬を見下す目線で読み取るのではなく、馬に対して無防備になると、馬のほうから心をあらわにしてくるとのことでした。 きこりはさっそく木に手をあてて、率直な心を打ち明けました。「おまえさんは夜になると枝を手のように動かすのかい」 きこりは小便がしたくなっても、我慢ができなくなっても、それでも木の答えを待ちました。 毎日、いつのまにか寝てしまうのが日課になりました。 やがて、ある日のこと。一度もマサカリを使わずにその辺の草で編んだ縄が千切れて根元に落ちていました。きこりはハッとして両腕をめいっぱい伸ばし、木に抱きつきました。たしかあのときは幹に回した左右の手を組めたはずなのに、今は指を触れるのでなんとかでした。きこりは木の生長、という一行が思い浮かびませんでした。縄から逃れた、というふうにしか思いませんでした。 きこりは釣り好きでしたから、かかった獲物はどんなに小さくとも逃がしたりせずに持ち帰っておりました。 逃げよう、逃げようとする魚は元気をみせようと考えています。自分の成長を釣り人に期待させるために精一杯抵抗します。人間が根負けしたとき、魚は思うはずです。今度は釣りの罠とわかっていて、魚はさらに成長した自分を試すため、人間に挑むのです。 木はきこりの期待感という興味を失うまで生長し続けます。三日でこれほど生長したならば、この先の三日後にはどうなっているのだろうか。老木といってもおかしくない大木は。というふうに木はきこりの心をゆさぶります。 きこりは伸びきった髭に手をあてて思いました。人間は、「これでいい」という気持ちをつい、持ってしまう。根負けしたときこそが学習なのではないだろうか。 きこりは浜へ降りて、一番高い木に目星をつけて、また絶壁を登りました。 一番高い木は絶壁など問題にならない高さでした。朝は濃かった霧がすっかり晴れていて四方八方が見渡せました。山育ちでつちかった目の良さが生きました。蜃気楼でなければ遠くに大陸が見えます。おそらくは自分の出発したところでしょう。方向を覚えて木をおりました。地に下りて気づきました。ちぎれた縄が足に触れたのです。 この木のほんの一伸びがなければ故郷をみつけられなかったかもしれませんでした。 人は、周りの成長にこそ己の目を、心を、向上させてゆくのでしょうか。
2007年02月14日
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人は感情を空白にしたままでいることができません。 上品に振舞わなければいけない席で、一匹の蝿があっちへ、こっちへ、酔ったように飛んでいます。その虫が見栄を張った奥様方のうち、誰に寄っていくか。そして、誰にたかるか。視線は嘘をつけても神経は嘘をつけません。化粧の下敷きになったしわが地割れのようにうきでてその蝿を追っています。 このとき、奥様方の感情はどのようなものでしょう。 焦り。 おそらく、これが大部分をしめていると思います。家で普段、朝食の後片付けを済ませ、洗濯をし、掃除を終わらせます。テレビをつけて、お茶をすすり、何かを思い出して受話器を持ちます。湯飲みの縁に蝿がたかっていました。カッとなって往復ビンタの要領で大袈裟に追っ払いますと、次は蝿が決まって顔によってきます。「ううん。なんでもない」などと、雑音を気にした相手の質問に答えます。さんざん誰かの悪口か、自慢をしたあと電話をきって深いため息をつきますが、自慢と悪口で癒されるストレスは何もないことに気づいていません。そしてぬるくなったお茶を飲み干します。 子供が家でするままに振舞うとマズいときが母親の立場としてあります。そんなとき母親は心の中で「私の気持ちを察してちょうだい」と念じますが、習慣を念によって変えることなど無理でありますし、それはただの自分勝手な見栄というものです。そういった子供は中学生になる前に反抗期になるか、母親そっくりの人格に固まって、人をいじめるかいじめられるかの人間になっていくように思います。世界のことを思うと反抗期になるのが望ましいと思います。家庭では反抗するが、外へ出ると何か目標をもって生きているのであれば、親が常に悪口を言ったりすることが苦痛になり、これまでその悪口を平然と聞いて相槌を打っていた自分に嫌気がさしてきます。 蝶は芋虫が好きでしょうか、嫌いでしょうか。孵化後、まずは与えられた環境で手の届く食べ物を口にします。ときには葉の裏にしがみついて、外敵から隠れながらも生きていきます。姿は芋虫ですが、脳は蝶と変わりがありません。本能が自分の姿を嫌い、青臭い食べ物をも嫌います。ところが、嫌いなものを超えていかなければ自分の姿、形に変化がないことを芋虫は本能で感じ取っています。芋虫が一番意識するのは時間です。食べるのが遅ければ痩せ衰え、成長に持っていきたいために無理して食べているはずの嫌いな青野菜の成分が、体力の回復やカロリーに費やされてしまうからです。風邪で喉が痛くとも外敵の鳥がすぐそこに迫ってきていても横目を使うくらいにして「擬態がばれてない、ばれてない」と念じ、芋虫は食べる手をゆるめることができません。いち早く蝶の姿を望むのです。蛹になります。これまでの自分を思い返し、そして、これからの自分への期待に溢れます。理想の姿を想像し、時がきて蝶になります。羽化する瞬間が蝶のエクスタシーです。例えば人間が世界的な舞台で表彰されるとき、「なんてすばらしい。自分はこういう場に立ち、それにふさわしい人間になったのだ」と実感がわき、もっとも時間を惜しむものだと思います。ですので、じっくりと殻からでてきます。ただ、表彰式と同じで、きついネクタイやなんかで多少窮屈なこともありますから羽化の手をゆるめることはありません。そうして、ようやく蝶になると風に煽られます。その風に抵抗すること三時間。疲れます。適当な花をみつけて着陸態勢にはいります。三時間のうちに風が止まることを覚えます。なにげなく止まった花の上で芋虫のころはのんびりしていてよかったなと、ふと考えてしまいますが、すぐに「ぜんっぜん、違う!やっぱ、蝶は最高」と頭上のもやもやをかき消しにかかります。初のフライトと注文したものとちがうじゃん的な思いが混ざり合って、喉が渇いてきました。花の中心部が蜜で潤っています。ちょっとなめてみると、とても甘いのです。あの青臭いものに懐かしみを感じることなどありません。周囲を見渡すと、あちらこちらに形や色の異なる種類があります。外敵の存在などすっかり忘れています。あっちこっちに手をだしてようやく自分好みの蜜にたどりつきます。かすかに茎が揺れて隣にも客がきたことをかんじました。枝分かれした花に蝿が降りてきたのです。蝶は羽を広げてみたり、羽の模様を蝿に見せびらかしたりしています。「私とあなたはちがうのよ」と、見栄をはった姿は蝿からみてどのようなものに映るのでしょうか。
2007年01月27日
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思うに、ビートたけしと所ジョージは好みにとやかく左右されないのではないか。 某有名ラーメン店で注文した品を食べてみると、全くと言っていいほど期待を、勝手な期待ではあるが裏切られることがある。それはただ単にその人の好きこのみかもしれないが、絶対に人には進めない。人付き合いと逆にポーンとはねることができる手軽さを持っているのも実はホッとすることでもある。 表面化の良さ、ラーメンの場合のそれは広告や噂。人間の時は第一印象と噂。でも、実際はどちらも貫通とまでいかなくともある程度やりとりをしないとわからないことでもあるが、忙しい人はそういうことでの時間の無駄を省きにかかると思う。あの店だけはもう絶対にいかない。など。 所ジョージや、ビートたけしの場合であればどうだろう。番組作成者がどんな人物であろうと、世間のほとんどが彼らの全てを知り尽くしているかのように期待をこめて時間を過ごす。私が思うに裏も表も、光も影も、ほぼ同時に表現し、そしてまたそれを受け入れられている事実があるからだと思う。 普通の人間は自分の持つ隠したい部分を表すことがないし、それを表すとあまりいい事がないのを知っている。知っているが、事実、そこのところを変えずに抱き、ある部分の人には見せてあるところでは非公開。それで受け入れられてその後何があるだろう。背負ったものを隠し通していきていくという限りないストレスだけではないか。 彼ら二人は陰の部分に光と同じか、もしくはそれ以上の魅力をもってるのではないかと思った。
2007年01月22日
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南海キャンディーズは『しずちゃん』と『山ちゃん』 笑い飯は『西田』と誰? チュートリアルはボケのほうと、ナンチャンのほうは何て名?
2007年01月01日
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一度好けば最後まで好きじゃし、一度嫌えば最後まで嫌いじゃ。一等先に思うた感覚がものを云う。好きの中で感情が上下もしくは激浪の破天荒を歩んだとしても、ちょいとそれがやめば、また好きな天気にもどる。雨の日は家からでたくない。日があたれば家は暖かい。冬はそうだが、人もそうだ。 ただ、のっけから好かんととことんじゃ。どうやって家からでようか。雨を理由にでようか。晴れだから散歩にいこうか。 とにかく、どちらにしても頭を使うのはおなじことで。 恨みも感謝も活力で、それはうけとる側の幸せに左右される楽しみはクジと同じでひいてみなければわからない。 クジを押すとどうなろう。よきもわるきもクジと考えて引いて幸あらばそれが進まんとは限らん。
2006年12月27日
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躰道下半期の反省会である先生がいった言葉が「嘘で始まり嘘で終わるった年」です。 各県知事、建設業界、会社社長、先生、振り込め詐欺。 身近にいる嘘つきも、それら嘘つきも同じ嘘つきだ。 味噌つきー。CMでもやってますなー。 組織にはいると真実より嘘のほうが多いかもしれませんな。私が組織のトップなら嘘つきで、さらにつきとおす人間の首は全員のいるところで公表してバッサリだけどな。
2006年12月19日
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嘘に始まって嘘に終わった年。
2006年12月17日
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笑っていいともウキウキウォッチング 笑っていいともハクハク、ホクホク。 芋かよ! ※頭で歌ったときはウケたのに、文字にしたら自分でもしらけた。
2006年12月13日
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自分の中で本能的に認めている、欲する人間の名前を思い浮かべたときには漢字で浮かべる。 「感じ」、という曖昧さのある、それこそ曖昧さを感じる言葉は「漢字」と読み方が一緒なのは創造したものを線で曲で、跳ね、止め。つまり呼吸、息吹を込めた図だからだ。一文字、一文字を考え、ひらめき、木の枝を握りやすい長さにして地面に傷をつける。 その個々に雰囲気を与えたものが漢字。 漢字、と感じは同じ、どちらもとらえ方一つだ。 人と出会い、興味をもつことで名前を知り、記憶する。そうすると、その人間の感じ、雰囲気は世界が二重になっていく。
2006年12月08日
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普段の食事は計画であり、一日のサイクルが一定だと空腹感と満腹感のタイミングが日々一定だと思う。で、飲み歩きが好きで、でもダイエットも志している人は食わなかったときにかぎってカロリーを消費、神経をすり減らし、ということが重なるとだ。何かがはじけて、箸をつかむ。 自分の習慣を客観視し、それを改善してから何かにのぞむのがいいような気がする。
2006年12月08日
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花に土と水日光をあたえなければ痩せ、そして枯れる。 痩せる薬、痩せる器具。そろって取り扱い説明説明書に書いてあるのは食事制限だ。 花は薬も器具もなくても痩せれてる。
2006年12月08日
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ベッドを十三万円で購入。でも、それに寝ると腰が痛い。腰痛は他の何かが原因と自分に言い聞かせ、睡眠不足覚悟で一週間我慢した。ある日、痛い腰を伸ばし伸ばしベッドを見下ろして考えた。六畳間に置いたセミダブルをようやく起こして畳に布団をしいた。幅の広い熊が両手を広げているようなもんで、地震でもきたらと頭によぎり、目をつぶってもなかなか寝付けない。還暦間近の女性、初のネット注文であった。
2006年12月08日
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「クリープどっさりいれといたから」 休憩でだされるコーヒーにクリープを多くいれることがとってもいいことだと思っている年代。
2006年12月07日
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山に行こうって言う場合なら弁当。おやつ。雨具。水筒。それらを持っていく。登山をするために最低必要なものだからだ。どうしてもしなくてはいけないよ。ということだからだ。そしてこれがルールというものになる。やぶると人に迷惑のかかるものがルールだ。守って当然のことがルールだ。 弁当を持ってこない。するとどうだろう。先生のもってきた弁当をゆずる。とか、少し気のきいたことをいうと、みんなが少しずつ弁当をわけてくれたおかげで友情が深まった。こんなこともあるだろう。ただ、幼い頃から、こういうことがあたりまえで、まるで叱られない。注意されない。という育ち方をしてきてはどうだろう。荷物のチェックが甘くなる。もしくは親が全てを用意してくれる。確認を頼むのはあたりまえかもしれない。だから、五年生くらいになったら親にみつかってはまずいものを持っていくくらいになれば逆に自分で準備もするようになるだろう。そのしぐさを妙だと思ったらそれに対して親も考えねばならないと思う。 いい歳になってから、海外旅行にいくとして、空港についてからパスポートがないと騒ぎになる。誰もわけてくれないし、これが修学旅行ならみんなに迷惑をかけて、慰め、かばう友達もいるだろうが、せめられて当然だ。たまたま忘れることもあろうが、普段からあほら口をあけて生活する習慣があるとそうなっても不思議じゃない。まるで波のない、同情すればいい人的な考えを捨てないかぎり、そいつは何も変われないし、ルールを限りなくやぶっていく。 ルールをやぶったあげく、そのことに対し嘘をつく。よくドラマやなんかでみると、それを親に注意した先生がそのPTAから逆ギレされる傾向がある。それでは指導はできない。そして、集団万引きで補導されたときなんかには自分の子がしたのにもかかわらず、先生にくってかかる親。別の子になすりつけようとする主犯格の子の親。現実は小説より奇なり、などというが、そういう面をまだまのあたりにしたことのない私ではあるが、そうなったらと考えただけで逃げたくなるほどゾッとする。 先生はお巡りさんと同じだと最近感じる。スピード違反やシートベルト、つかまったときは「クソオマワリ」「人の税金でくってるくせに」なんていうが、いざ自分に火の粉がかかるようなときは「お巡りさんたすけてください」「ゆるしてください」に、かわる。 とうとう、自分の子が手におえなくなると「先生だけが頼りです」なんていう。お調子者なのか、嘘つきなのか、それはわからないが、親の無責任の被害妄想と同じで、その昔に言われたほうの先生は忘れないと思う。 自分が高校生のころ、こんな話があった。体育の授業でマラソン大会の練習をやった別のクラスのやつ三人が先生に鼻血がでるほどなぐられた。おきまりで、親が登場。先生は謝罪させられた。そして学校を辞めた。辞職だった。「ばかばかしくなった」といっていた。殴った理由は決められたルート以外を通ったからだ。「それだけで?」というふうに思うかもしれない。これは大変なことだ。躰道で、指導者が言ったことと違うことを故意に行った場合はそれはきびしく処罰されるし、それを続けるようなことがあれば破門だ。大人の世界でもあるだろうが、通勤ルートが決まっていて、近道かなんかのつもりでそれ以外の道路をを通り事故をおこした場合は保険がおりない。労災もおりない。そんなことと同じだ。それを未成年のうちだからと危機感を持って指導しようと思っている教師をつぶすのはかなり乱暴な世の中だ。汚い金の匂いをかぎわけ、周囲に良く思われることだけを考え、そっちに進めとばかりに育てる親ばかりいる、この世で、どのようにして、人を認め、そして信じあうかがわからなくなっている。 本当のひとつかみだけの人間でわかりあっているマスターベーションにはもうあきた。 二十歳もすぎて、親の嘘、悪いこと、自分がやられていやだったのに矛先が誰かに向けばすぐ傘下に入ろうとする。そんな人間が人より立場が上になりたいと考えているのが私にはよくわからない。そういうのは末代まで、しっかりつづく。偽善者とはいわないが、嘘はつくな。とは言いたい。ただ、そういう人間に力でぶつかりあってもいけないという宗家のの教えに基づいて、ある程度言ったところで「はいはい、そうですか」というようになってくる。 そういうのが一つふえれば、信じあえる仲間の増えてくるから、かまっていられなくなるのだろうか。体は一つで、時間も止まってはくれない。ルールにそむく奴、嘘をつくやつには道場では時間を与えない。 それが、例え道路であっても教室であっても同じではないだろうか。 ただ、家庭に限定すれば、こんなルールもあろう。親が嘘をつけというえば、子供はゲームを楽しむように忠実だ。 テレビでやっている問題はこんな些細な、しかし、それらやっているものは気づかないほど夢中になっている。もしもにでも、自分にそんなことがふりかからないようにと願うのは無責任だろうか。
2006年11月27日
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「かーい、かいかい、かーいかいかい」で始まる【怪物くん】のオープニング曲。 曲か進んでいくと、狼男、ドラキュラ、フランケンを紹介するような歌詞がつづいていく。 「フンガ、フンガ、フランケン。ザマス、ザマスのドラキュラ」 フランケンの口癖は『フンガー』ドラキュラは話の語尾に『ザマス』をつける、これまた癖がある。それを歌詞にもってきたのだろう。ここで、この曲の替え歌を考えた私。ただし、宮城県の方言に詳しい方と、今まで話した怪物くんの存在を知っている人にしかわからないので、ご了承いただきたい。 では、発表します。「フンガ、フンガ、フランケン。しゃます、しゃますの宮城県」 以上。
2006年11月17日
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長部日出雄 著 『支倉常長』 時代物で伊達家の家来がヨーロッパへいく話。上巻は全然その匂いがないけど、おもしろい。こんなにおもしろいのに聞いたことない作家で、だした作品のほとんどが重版未定どがってぇ。 古本屋へいったときさがしてみてちょうだい。
2006年11月13日
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同じ時に収穫した蕎麦を水、気温湿度、それらすべての分量とを一緒にしても同じ蕎麦はつくれないという。だから最高のものを常にめざせるし、いつも新鮮。そのような気持ちで基本技の稽古をしてみようと思う。 イチローいわく、ミスは気持ちの問題ではなく技術のなさだという。つまり結果にたいしていいわけをしない。ということだろう。失敗したことを気持ちのせいにし、体調のせいにし、その前に練習で気持ちをしっかりもとう。
2006年11月12日
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セブンイレブン、ファミリーマート、ローソン、ホットスパー、ミニストップ、サンクス、……。そういった店をひっくるめてコンビニとよぶ。 うちの田舎町にはじめてコンビニが登場したのは約、二十年前。今はコインランドリーとしてだが建物はまだのこっている。そこはホットスパーというコンビニで、父がよくホットスーパーと読んでいて三年くらいして「スーパー」から「スパー」に慣れさせた。慣れたころにスパーはなくなり、近くにセブンイレブンとローソンができた。スパーがなくなってからもよく私に「ホットスパーで競馬新聞をかってこい」とかいう。私はセブンイレブンのことをいっているのをわかっているのでむやみに反抗しないで買ってくる。 ある日、煙草の銘柄でセブンイレブンに置いていないものを吸い始めた父が私にこういった「あっちのホットスパーにはケントの一ミリはないから違うほうのホットスパーで買って来い」 コンビニという言葉を慣れさせるのは、ビデオをようやく知った人にDVDやらHDDやらを教え込む難しさがあるので、よしとする。父より十二も年下でホットスーパーと呼んでいる人がいるからなおさら、その変な習慣をいじりたくない。知人がきたときに自然とそれがでたら楽しい気がする。 ヘッドホンステレオをソニーの商品名ウォークマンとよぶのと同じ理屈だろう。「サンヨーのウォークマンは厚い」とか。電気グルーヴの石野卓球がDATのデッキを使っているからファンの人もその機械を買う。そして何を聞くのかというと電グルのオールナイト日本をデジタル録音。本人の「音がいい」のセリフは十二万円も払った負け惜しみのようにも聞こえた。三年くらいでこわれて苦笑いの本人。
2006年11月12日
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いじめ。いじめを無くすためには、などをいうつもりはない。人をいじめるほど暇がないならそんなのはない。 金魚を数匹飼うと必ずといっていいほど、いじめられるのがいる。突っつかれたりして、次第に弱くなって死んでしまう。ただ、飼い主が他の水槽にうつして単体で買う場合は長く生きられる。 このことを人間にあてはめるとどうだろうか。あくまで私個人の考え方ですが(苦情や批判は匿名希望でもうけつけます)、弱いものや嫌われ者が集団からいじめをうけるのは水槽も教室も一個の組織も同じだ。そこで、みんながみんなで弱いものをいじめるのは本能だろう。肉食動物が足の襲い草食動物の子供を狙うのとおなじだ。ただ、野生生物のそれは生活のためだからあたりまえだ。しかし、金魚はどうだろう。餌を食っていてもつっついてみたくなる。そう。ストレスだ。水槽の広さに対し、混泳する金魚の数が多いため縄張り確保の行動だ。サル山の場合はボスがいてそれが支えでなりたつ。 人間は金魚とサル山の融合体だと思う。自分は大将になりたい。自分の考えを通したい。だけど、自分より力のある奴にははむかわない。悪いところをみせない。金八先生でも、女王の教室でも、あれだけやっても自分を客観視できないのは、これまで家庭での生活にすべてがある。三つ子の魂百まで。とあるが、三つまでの記憶はその頃の写真を見ても、写真の自分に記憶がよみがえらない。それはなぜか。ストレス(刺激)がないから。二歳の記憶を持つ人間は少ないと思うが、こういうのはどうだろう。二歳のときに犬に襲われた。そして、それからその子が四歳になるまで犬の存在をあたえないようにした。四歳を迎えて犬を見せる。どうなるだろう。そういったストレスはよみがえるのだと思う。三歳までは家族親戚にかわいがられ、ちやほやされる。そうされれば本人は嬉しいし、家族もうれしい。ただ、そこで、わるいことをしてもかばうか、見ぬふりをして育ってしまうとどうだろう。叱られるストレス、刺激がなく、恐怖が蘇ることがない。もしくは、恐怖があっても、だれかにしがみつけば、その人が何らかの力で解決してくれる。と、そういう習慣がついた人間は将来どうなるだろうか。悪い政治家がみんなを裏で口止めし、悪い教育者が裏で口裏を合わせて嘘のことを通してしまっている。そういうことになる。悪いことを他人に言われるとムカつく親が親のうちは子供は将来一人ぼっちのピノキオ君になってしまう気がする。ここいらで、変えていかないといじめる側にたっても、られるほうになっても、末恐ろしい。 少年犯罪と騒ぎ立てるが、まず、大人の犯罪をなくしてから言わないと説得力がない。子供の嘘はがまんできるが、大人になってからの嘘は虚偽罪となってしまう。 振り込め詐欺もは相手を同情させて、だまし金を奪い取る。心をのっとられる。魔術のようなものだ。 いじめた側に意識がなくとも、いじめられた側に被害妄想だろうと、そういう意識があればいじめにあてはまると私は思う。ただ、問題なのは、あくまで、本人対本人がそう思えばのことで、周囲からいじめと判断するのは早計だ。だから、その辺の判断は難しい。 学校の先生にしてみれば、いじめをみつけても、それを解決しようとしても、いじめたほうの子の親が強気でむかってくるにちがいない。そして、子供が認めても、親が無理矢理口裏あわせをし、認めさせない。弁護士をたてたあとに答えが一変する大人の犯罪と同じだ。 報道する側は何を書いてもいいが、おもしろおかしく編集するのではなく、解決策を代議士を通じて発表するとかしたほうがいいような気がする。教師にばれないようにするのが、いじめの鉄則であるし、ばれたら素直に認めないのがいじめをする人間だから、学校の管理といわれてもこまる気がする。いじめた生徒の親の顔をテレビで公表するほうがよほど効果が出るし、家庭崩壊するくらい生活管理に親は力をいれると思う。 体造りと同じで、飯を食うところでいじめをするか、されるか、はたまた、見てみぬふりをするかの人間になると思う。嘘をつくのがあたりまえのところに育った人間と、嘘は絶対にいかん、いかん、いかん、いかん。どっちも同じ気がする。ようは伸縮。私は時に嘘をつき、ときに正直に。というふうに、感情を素直に表し、カッコいい人間をみつけてまねたり超えたりして、金と栄誉におぼれずに、気がついたらそういうのや、人が集まってくるというふうになっていればいいと思う。それにはそう意識をするのでなく、ガムシャラに一生懸命でなくっちゃあならないと思う。どうか、かっこいいものをみてそれを追いかけてもらいたい。テレビっ子のこの世の中、五歳、まではほとんどが正義のヒーローの素質があるはず。どうか、嘘をみやぶる子をしからず、みやぶられた親は改善を意識していただきたい。それをしないと、生活にストレスがでる子供は、嘘に合わせて褒められるのが習慣になってしまう。そうなると、いじめられるか、いじめるかの人間になる確率がグンとあがる気がする。そこで、どちらにもならぬよう、巧く立ち回る人間に私は興味をもたない。「ハウルに心がないですって!!たしかにわがままで、臆病で、何を考えているかわからないわ。でもあの人は真っ直ぐよ!!!」 ジブリをみて自分を客観視して、そして、改善を。 大人、つまり親がそのままのかぎり絶対にいじめや、学校の立場つぶれは今後増してくる。私はその逆を、川をのぼる鮭のごとく傷だらけになっても次世代に期待をするつもりだ。期待、呼んで字のごとく、その時期を信じて待つしかない。 こういうことにうまく話だけあわせて相槌をうつ人がいるというのは私の被害妄想だろうか。その人間の現状をみてありのままに、つい思ってしまうのだが。 いじめ、と、ぐれるの違い。それはない。どちらも、親やへっぽこ先生に愛想をつかす人生の行事なり。
2006年11月06日
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少年少女、一般共、個人戦入賞を果たしたのが渡波では二名。惜しくも負けた選手は私を含め数人いる。勝ち上がった選手とはどこか何かの違いがある。それを何かのせいにしていては来年も何かのせいで負ける。 入賞を情けない話、私は一つの勝利と思っている。等の本人はくやしいだろうが、私としては三位でも準優勝でも嬉しい。決定戦の場所に立てただけで、すごくうれしい。それは、優勝する内容の練習をしていないこともあるし、ものには段階があって、その順序を間違えると、勝ちは手にしてもその先の何かが狂ってくる。個人実戦で館長を倒した掛け橋選手は何度も舞台に立ち、それでもつかめなかった頂点をようやく手にした。私らが想像を絶する努力をしたに違いない。勝ったことによってその団体はさらなる成長をするように思う。ただの勝ちではなく、本当の価値あるものだったと思う。そういったことを私は子供たちにも願う。テレビやなんかをみてもわかるように、親や政治家、先生がでてきて無理矢理勝ちをもぎとるようなことは、それらの人生を壊すことにしかならない。自分が努力するから周囲は支えたいという欲求が生まれるのだ。それを知ってほしい。二日間を通して、mの二回戦(和歌山の選手)が私の目では安心ならぬ観戦であった。二対一で勝ったときには心底ホッとした。決勝戦ではこれまでで最高のものを観ることができたし、初めて館長の法形を見たときの次くらいの衝撃があった。負けた試合だったが、本当に真剣にがんばったと褒めたい。Tの三位は準決勝での危なっかしさをみじんも見せずに取れた。Mの話をもちだせば、Mの決勝の集中力を身につけることができればこれからの困難に面白みすら感じて望めることだろう。順位は素晴らしいが、これからの厳しさに負けぬようなら変化もあろう。 団体戦。少年少女の団法と展開。どちらもよかった。最高にやった。展開の順位はハート(渡波気質)で二つ三つ順位を上げただろう。団法は個人個人の意識を高められないままの演技だったと思ったが、試合度胸はついているようだった。いざというとき強いだろう。ただ、基本の構えが悪すぎるのと個人出場者も同じで下半身の強化が求められる。親の過保護を振り払ってたくましくならないと、問題は解決に向かわない。消化できる分を食らい、排泄する。排泄物(うんこ、おしっこ)がでなくなるほど、エネルギーを燃やせ。 団体実戦。少年少女はKがでてたが相手の負傷により勝利。負傷するまえにくりだした捻技は褒めたい。てか、褒めた。 一般のほうは、メンバー紹介から入る。ゼッケン一番A木。二番M浦H。三番天空の城ダチュラ。四番松U。五番Y信。仲間以上兄弟未満だ。 一回戦、広島戦。結果は五勝無敗で勝利したが、一本勝ちしたのは二番と四番の二人で、圧勝とは程遠いものだった。相手の実力も癖もまるでわからないので作戦の組みようがなかった。作戦の全てを私が担当したが、このときは、先攻の順序で行ってみた。結果がいいほうに転んだ。そして、第一鬼門といっていい山梨戦。メンバーを見る。勝つ確率を計算するも、算段がうまくいかない。どうすっぺ。S本弟はA以外の誰がやっても勝てそうに思わなかった。後攻で、旋技に同じもち技をあてるのは心ぐるしかったが、しかたがない。これが作戦。そして結果は正直予想以上の引き分け。 D息子がでてきたらYをだそうと思っていた。過去、さくら大会で二回対戦し、一敗、一引き分けと分が悪いはずだ。これが引き分ければ絶対勝つと思っていた。作戦なので強気の予想はしていなかったのが正直なところ。次鋒戦では後攻の我々から先に選手を立たせる。H先輩に頼む。「絶対に白熊がくるはずだ」と決めてかかってのこと。私と松uが合計三度戦っているから互いにやりづらくなる恐れがあった。対彼は渡波の三戦二勝一敗。飛燕突きだけ気をつければ絶対に負けないという自身があった。結果は負けたが、それ以上のものに火をつけた。勝利への火を。その内容は松uの言うとおり私以外の感動した人間の言葉を待ちたい。 中堅戦。出てきた。D息子。Yしかいない。結果は負けだった。ビデオを何度も見たので、Yへのアドバイスを書く。着眼の遅さが勝敗の切れ目だった。センジョウ蹴りなど、相手の離れ際や、動後、カウンターぎみの技で、どうしても腰の回転に着眼が負けている。下半身の安定は上半身の安定が必要。その逆も同じ。 副将戦。相手はD父とS本兄。松Uが、あんたがD父と戦ったほうが確実と言ってきた。正直言うと、S本兄と勝負をしたかったし、彼を私が倒すと精神的に楽になる気がした。山梨では白熊とS本兄に絶大な信頼を置いていたと思ったし、向こうが私とS本兄をやらせたい汁が目に見えてでていたのであった。仮に松Uが四番手をつとめていてもD父が出てくると思っていた。先にS本兄を倒すことが勝利への精神的リードにつながると思っていたし、D父が私をやりにくいと思っていると仮定し、それ以上のクールさをもっている松Uが負けるとは一つも思わなかった。S本兄は一昨年前のさくら大会で私を知ったようだが、私は彼が高校生のとき法形二連覇、実戦二年連続の準優勝をかざったときから見ていた。絶対にやりたくない二人だと思った。もう一人はもちろん白熊君。結果、どちらともやって勝った。私が無名で彼らが有名のさは研究深さの差があったのかなと思う。 大将戦、予定どおり勝ち。ここが予定の狂いどころなら作戦の段階から負けだったのだろう。作戦に不備はなく、勝てた。どこまでも相手のペースにのらない松uのなせる業。D父と戦ると、つい合わせたくなる躍動感をもつベテランらしい戦いかたをするが、スタミナとスピードが桁違いだ。そういった情報を「あっそ。で?」みたいに聞き流す男こそが勝てると確信を持っていた。あと、松Uは舞台の大きさに比例して力をだすところがある。予選の二回戦。二敗一分け一勝、ときて、絶対に勝たねばならぬ場面、普通なら不安がつもるところだろう。しかし、彼は小学生の実戦日本一。翌年、中一で中学実戦三位、いいわけすると準決勝の相手がそのとき三年のKN淵選手だった。そんな男に不安をいだくほうがむずかしい。昨年のさくら決勝で同じ状況があった。二敗一分けの場面で私が一本勝ち。大将の彼が足がらみで今年高校生チャンピョンに一本勝ち。代表戦で私が勝って優勝。そのときとほぼ同じ戦略だった。 本当に考えて、正攻法を選んで、そのとおりことが運んだ。「スラムダンクのさ、なんだっけ、一回戦で優勝候補に勝って二回戦ボロ負けのやつ」「あー、山王と湘北がやって、勝ったと思ったら二回戦で愛知だかにまけたやつな」 この会話があったのは全日本前日。黒豹(松U)と私。これからはもっと自信をもって、相手に恐れおののくことなく優勝をめざしたい。 このあと、神奈川代表に負け、三位決定戦の城西に負けて四位に終わるが、私の誇る先輩の存在が魂が、全日本選手、それを目指す選手を何らかの形で浄化もしくはパワーアップしたことを確信し、キーボードを叩き終えます。 みなさま、ありがとうございました。
2006年10月31日
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カナ変換からローマ字に戻す方法がわかりません。だれか、お助けを!
2006年10月30日
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タイトルの響きは「ぜんにほん」 それほど意識のない中で今日の出発を迎える。 全日本にちなむ話をどうぞ。 『中学二年の女の子がいました。いる場所は枯葉の姿がチラホラ見える道路です。散歩にでる前は西の空がまだ紅かったのですが、もう、すっかり暗くなりました。しかし、さほど怖くありません。一緒にサンタがいるからです。サンタはフカフカの毛でおおわれた中の上型犬です。ロープを手にグルグル巻いているので歩くたびにサンタの横っ腹が女の子のひざとぶつかります。かといってロープをゆるめていてもサンタはひざに腹をあててきます。一心同体とはこのことでしょうか。サンタが急に立ち止まって女の子は跳び箱の直前であたふたするように犬の腹に両ひざをぶつけて立ち止まりました。こころの中で「こら!サンタ」と言いそうになりましたが、やめといてよかったです。女の子の鼻先をかすめるように無灯火の自転車が猛スピードで通り抜けていったのです。振り向いてその自転車をしばらく眺めました。マフラーをなびかせバランスをくずしながら信号無視をして自転車をこいでいきました。サンタが甘えるようなおかしな声をだしているのに気づき、女の子は腰をおとしてサンタの顔をみました。サンタは舌をだして左前足をちょいちょいと浮かしていました。通り過ぎる車のライトをたよりに女の子はサンタの足を注意深くみました。薄っすらですが、黒っぽい跡がついています。さっき、女の子をかばうためにサンタの足がひかれてしまったのです。サンタは家のほうに向かって歩き出そうとしています。女の子はサンタを歩道の端によせ、首をムギュッとだいて心の中でささやきました。「少し休も」すると返事をしたようにサンタがクーンとなきます。女の子はめじりに涙をたずさえますが、それをがまんしてサンタの首にグリグリ顔をうずめます。女の子はだんだんお尻が冷たくなってきました。そろそろいかなくてはと、思ったときです。サンタにうずめた顔に首輪以外の金属があたるのを感じました。女の子は目を開けてひざ立ちでサンタの首もとをさすりました。その金属をつまむと一円玉をさわったときのような、いえ、それよりもっとスリムな感触があって、何かに似ているなと思いました。そう。ファスナーです。女の子は一瞬おもしろく思いました。しかし、サンタに悪いのでこらえました。それでも、ファスナーのつまみみたいな感触がどうも気になります。おもいきって下におろしてみました。すると、ほぼ治ったカサブタでもはがすように簡単に取れてきました。嫌な感じがしました。目の前のサンタが水溜りのように伏せてしまいました。女の子は背筋が凍り、あわててサンタの腹に手をやりました。手が吸い込まれるようでした。サンタの体の中身がまるでありません。まるで雪男のジャンパーです。女の子は、殺しちゃったのと毛皮になったサンタに顔をうずめました。サンタの毛が涙を次々にすってくれます。泣きながら、漫画のみたいに涙で生き返るとかはないのかなと思いましたが、あの大きいサンタのガタイの感触はよみがえりません。女の子はしばらく泣きましたが、やがて恐る恐るサンタのお腹に手をいれてみました。そして、考えました。さっきのファスナーが原因だったのかな?お腹の辺りをさぐると金属のものが当たりました。さっきのアレです。思い切って一気に首までファスナーのつまみをもちあげました。女の子はでっかい風船におされたようにやさしく尻餅をつきました。ほっとしました。すると現実が急によみがえり、こんなに遅くなって親にしかられることを考えました。ホッとしたり、あせったり、混乱した女の子はロープを引っ張って「サンタ、いくよ」と声をかけました。いつもより重く感じて、大事なことを忘れていた、と振り返りました。サンタは左前足をピョコピョコさせています。女の子は何度も心の中でゴメンを言って、叱られる覚悟をきめました。ゆっくりかえろう。そう決めました。ゆっくりでもサンタは苦しそうでした。でも、女の子にこんな大きな犬を持ち上げる力はありません。あ。そうだ。女の子は落とした目ん玉を急いで探すようにかがみ、サンタの首をさぐりました。あった。思ったときには腹までファスナーをおろしました。やはり、さっきみたいに毛皮へ変化しました。こうすれば抱いていける。そう思いましたが、歩いてみるとサンタの頭が重くて、ゴンゴンと固い地面に打ち付けます。かといって、首を持てば体が地面にすれてかわいそうです。閃いたのはオンブでした。おぶっていけばいいんだ。おぶるとサンタのアゴが女の子の頭をコンコンとうちます。前足と後足がプラプラしています。女の子は汗が冷えてきて寒気を感じました。サンタの前足に手をつっこみました。とてもあったかいです。もう片方もつっこみました。やはりあったかいです。足も入れてみました。顔も入れてみました。閉まった店の鏡で自分の姿をみました。すっかり犬ですが、立っているその姿には笑いがこみあげます。お腹のファスナーがパックリ開いているのがものすごく情けない。女の子は短い前足をつかってなんとかファスナーに手をかけて引き上げました。すると、急にバランスを失って立っていられなくなりました。慌てて両手をついて反応します。左手に激痛が走りました。痛かったのは手の甲です。まさか。まさか。と念仏のように女の子は繰り返し、痛みのないすでに前足になった右手で首もとのファスナーを探しますが、みあたりません。涙が出てくるのに反応して女の子は「ゥオーン」と動物のような鳴き声をだしました。家を目指すしかありません。とにかく、帰れば両親が助けてくれるだろう。家について、お母さんと玄関で呼びかけているつもりが自分にも「ワン。ワン」としか聞こえません。でてきたお母さんが自分になんとよびかけているのがよく理解できません。自分の家にどれだけの人が集まったのでしょうか。クラスの仲間、先生。小学校の旧友。女の子は自分の知っている人間全員があつまったように思えました。自転車でだれかがきました。自分の好きな人でした。マフラーをなびかせてとばしてきます。自転車をおりてこっちにきます。男の子は女の子の首をギュッとだきしめました。見た目はサンタだから、さっきはゴメンとあやまっているのでしょうが、女の子は不幸中の幸いだと思ってまた泣きました。誰の声も理解できなかったのが理解できてきました。「あれ、なんだ。このファスナーは」』 自分の信じる何かと一体になったとき現実が奇跡をもてあそぶ。さて、大会がんばりましょう。
2006年10月27日
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緊張した蛇が唾液と一緒にうっかり奥歯の毒を飲んでしまい自爆。
2006年10月27日
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その前に、何かを話してそのあとに『口止め』をする人間の話を信用できるだろうか。「~なんだってよ」「~って、あなたのこといってたよ」と言って、その後に必ず、「私が言ったって言わないでね」もしくは「本人に言うとアーダコーダ言われるから黙っててね」と口ぞえする人間が何らかの話の中心にいるとき、そんなメンバーの行く末は? そして、その話をまともに聞いて、同情したり、意気込み反発精神を持つ。そんなことを私は会社員の時代によくやった。だけど、ある日、そのことをまともに指摘されて、このままでは生きていけないと判断し、次の日から考え方を180度変えた。 自分が間違ったことをした認識がありながらも、人の話を聴きながら、それを指摘されそうなときは、それとなく話をそらす。それでもつっこまれそうな場合は「そーなんですよね」なんとか言って相手の話に合わせる。ところが、それではすまない人がいる。つまり、『いいわけ』と『嘘』と『同情させるための虚偽』をみやぶって「おまえは巧いよなー。話をすりかえて、誰かを悪者にしたり、自分の悪いところは一つもなくて」と指摘されたことがある。 過去の自分と同じことをする人間の行動、とりまきへの指示。個人の世界なら会社なら首になって終わり、いじめられて終わりだからいいものの、仲間やまして家族までそのようなことを正義と偽るのはどうだろうか。気づかない人は一生幸せ。少しでもうさんくさい、さっきの話とくいちがう。まるでちがう。と思ったら、そんな話をする人間からうけた口止めを暴露することも新世界への一歩だろう。 というところで、私も考えかたを少しだけ変えて生きてみようと思う。どうかわるかは自分にははからないが、ほんの中での一行。「人のことを批判したいと思ったときはだな、世の中のみんながおまえほど恵まれた環境で生きてきたわけではない」 これを読んだからだ。 嘘と知って、嘘をつくのがあたりまえの家庭に育つ人間に、それは違うというのは酷というもの。と思う。 ただし、期待できる人間にはそのかぎりではないと思う。
2006年10月18日
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森田まさのりと深見じゅんは大好きな漫画家で、森田まさのりの「ろくでなしブルース」「ルーキーズ」はとにかくいい。好い。 漫画、『べしゃり暮らし』はお笑いに命をかける高校生の話だ。作家、「井上ひさし」いわく、いい作品は一言でかたれると言う。 おもしろい。おもしろいのは芸がおもしろいのではなく、漫画がおもしろい。体調をくずし、休載する師の言葉だが、森田まさのりはおもしろいし、尊敬できる。 わたしが、尊敬したと思ったのはユウスケ君と昇と崇の三人しかいないが、この森田師は尊敬していた。自分がなにかの縁で漫画家にお世話になるなら、この森田さんと出会いたいと思っていた。ろくでなしブルースがとにかくいい。私は躰道という武道を習って、今、一生懸命がんばっています。この躰道を続けていけたのは前田太尊の存在があったからだとハッキリいえる。すべてが理屈じゃなく、理不尽もとおりこした究極の愛の戦士。 今、自分に迷いがあってイライラしている人や、無気力に悩む人がいたら、ぜひこの漫画をよんでいただきたい。なかでも「ろくでなしブルース」が一番。「ルーキーズ」も一番。「べしゃり暮らし」も一番。作者が一番なんだからその伝える伝えたい愛は何にも変えられないものなんです。 玄制流も一番だし、躰道も一番。人に感動、感激して初めて本当の熱中をしる。 森田がしばらく漫画を書かないことを知ったときはほんとうにかなしい。 だから、その一人の存在にすがりつく。 スラムダンクが曖昧に終わったことが、バガボンドを落としても花道をしりたい。心配だ。期待感がつのり、つのる。 あのとき、ろくでなし、ドラゴンボール、スラムダンク、個人的にジョジョがポイントゲッターだったころ。世の中をあのときの期待感にみちあふれたものにするかしないかは我々一人一人にかかる。 ろくでなしのキャラをおもいだしただけで、死んだおじいさんを思い出すようなリアルさがある。人を愛すものどおしの見えない何か。男女の枠を、家族の枠を超えた、寄せ合う肩をならべた仲間との……。何十回も読んで、n 本当に「ろくでなしブルース」「ルーキーズ」を読んで本当の人間の心、自分のありかたをしってほしいです。 本当にかっこいいとは彼らのことです。
2006年10月07日
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キンガーZさんからいただいた画像です。
2006年09月25日
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専門用語の連発になることをご了承いただきたい。自分の所属する道場の小さな躰士が、関東の女の先生に実戦の審判をしてもらったところ、当たった極め技がポイントに入らないことの理由を運足の不十分としっかり言ってくれたことを本日の反省会で言った。納得して競技するその環境は時に厳しいものであるのかもしれないが、じつに清々しいものであるのだと知った子供は勝ち負けではなく、それ以上の感動とやる気を得たことだろう。 自分のことを書く。その日審判だった某大学の若き男性監督に三つのアドバイス(注意点)をいただいた。そのことが、自分にとってかけがえのない二分半を産んでくださった。法形競技においての集中とは、対戦相手を意識して行うものだと思っていたが、そうではなかった。そういった考えでもってこれまでの納得のいかない試合も納得のいくものに思えてくる。 構えの本手肩置きの手の在り方。引き拳の際のわき。瞬きの多さ。この三点をいただいた。この3点は、代々伝わるものなのだろうか。自分にとって魔法の言葉だった。これまでの集中というものがちゃんちゃらおかしいものに思え、事実、試合後、自分自身に驚いた。 試合開始の笛がなると、審判のK先生の下腹部辺りだけがみえて、その周囲がぼやけてきた。審判の動きが大きくみえてしまう。相手の法形が気になるが、音も雰囲気も感じない。自分だけが動いている。意味がわからず、たんたんと法形が終わる。旗が自分にあがる。勝ったのだとわかる。 先生がたにその自分の雰囲気を聞いて、ああ、やったのだ。と感じることができて、自分をはじめて認めれた。 あの三つだけを忘れずに競技をおこなった。この次の全日本ではあの三つを忘れずに全日本の実戦を行うことにする。 その三つが生きた理由は我が子供たちの真剣さに大きく影響されてのことと強く思う。人を認め、その人間をひきだして愛す武道。それが躰道。来年は辞書にイミダスに躰道五条訓がのるだろう。
2006年09月18日
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koibito募集中だそうで…… またあとで書き足します。
2006年09月18日
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社会に貢献、還元しているかどうか。それを確認できることはないが、その姿勢でもって表現しようと思い、そして行動することは可能だ。 気迫を全面にだしていいボールをなげるのと、ハンカチをひたいにあて、一呼吸おいていいボールを投げる。これはどちらがいい球をほうるかというのが問題じゃなく、その球が相手にどのような効果をもたらすかが問題だ。 両雄がハンカチを額にあて合い勝負するなら比べ物にもなるが、相違するものだったからこそ完全にうけとめてみれた。日と影。陰と陽。裏と表。 我々は自分の考えの反対を持った人間を見捨てない。去られない限り一生懸命やりあう。渡波躰道協会から自分はそう教えられた。 社会人、の一言で決まる子供の将来があるのと、研修生の審判員の判定で躰道人生の決定もある。ただ、それを踏み台にするかどうかはその人間による。 社会人大会、みなさま、おつかれさまでした。今週はさかな祭り大会です。みなさん、よろすくおねがいすっからね。
2006年09月11日
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