躰道∞(無限) 

2006年01月29日
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 小学五年生の息子は、これといって成績が良いわけではない。スポーツ万能でもなければ、他人より秀でた特技を持っているわけでもない。母親として、このことは大問題だ。

 南米に『ある能力者』がいるという話を聞いて、ぜひとも逢ってみたくなった。ある能力とは、人間の持っている『器(うつわ)』を知ることができるというものであった。

 一人の親として、やきもきしていたときに、朗報が。というより奇跡に近い。神のおつげとでもいうべき必然。ある能力者といわれる女性が日本に来ている。ということだった。

 細かい情報を手に入れ、さっそくその女性が滞在中のホテルへと息子をつれて向かうことになった。

 ロビーに入った瞬間から、空気が違った。息子はゲームボーイの画面に夢中であった。

 フロントの男性に「ある能力者に会いに来たのだ」と伝えると、男の怖気づいた目線が私の後ろに向けられている。黒服の大柄な黒人の男が三人後ろに立っていたのだった。

 気付いた瞬間、私は取り乱していた。なぜかカウンターの呼び鈴を連射してしまっていた。ハッと我に返り、息子の心配をし、また後ろを向いた。そこには毛のない黒い頭が三つがあった。息子のゲームボーイに興味を示しているらしい。

 なんとなく、気持ちが和らいだ。視線を上げた息子がニッコリと三人に微笑んだからだ。私は不思議と懐かしい気持ちになっていた。



 二十階につくうちに、息子がゲームを再開しようとすると、「ガマン」と狭い空間でも圧迫感のない声で黒服に制されていた。

 黒服三人がエレベーターに残ったまま、私たちは廊下に降りた。
「ありがと」息子が言った。三人は陽気に歯をむき出し、扉が閉まるまで手を振ってくれていた。

 目的の部屋が何号室かも何も告げられないのに、私と息子はドアにノックをしていた。

 入ると野菜の匂いがした。

 女性が二人いた。外人だろうか、日本人だろうか、区別がつかなかった。ただ、ふたりが双子だということはわかった。

 突然、ゴゴンと頭に衝撃が走った。

 気付いたときは、私はロビーの喫茶で、レモンティーをすすっていた。黒服の一人がゲームボーイに夢中になっていた。息子が熱心に手ほどきをしている。

 おかしな事が起こっていることはわかるが、そのことを考えようというふうにならない。レモンティーがぬるくなっているけど、味が落ちていないことだけは感じた。一気に飲みほした。白いティーカップで全ての視界が消えた。あまりの美味しさに、そこに引っ付いたレモンからしたたり落ちる残りの数滴を待ち構えてしまっていた。私の視界にはカップの中しか見えていない。なのに、頭の中にある記憶というのもおかしいほど鮮明なものが見えてきた。

 さっきの双子だ。二人とも車椅子に座っている。膝から下がない。ビー玉のような目が四つこちらを向いている。

「──なんだって」急に息子が話しかけてきた。



「だから、弁償だって」

 今度ははっきり聞こえた。ウエイトレスが申し分けそうな顔をして立っていた。その視線を追って、はじめてテーブルの上で割れたティーカップに気付いた。そして、レモンの輪切りだけが手に握られていた。


 どうやら、器(うつわ)そのものよりも、それに何がのっているかが気になっていたらしい。大事にしまっておけば割れる恐れはない。しかし、それでは役目が何であるかがわからない。では、本来の役目とは何か。作り手は願いを込めるが、使い手(客)は欲求にすぎない。では、間に挟まれた器そのものは何なのだ。

 まだ、ただの粘土で、馬糞と並べると区別がつかない。







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最終更新日  2006年01月29日 10時52分47秒
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