躰道∞(無限) 

2006年02月12日
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 野菜ジュースを飲むと野菜不足にならないか?といったらどうだろう。即答できませんね。その中に入っている素材一つ一つの形、味がしっかりイメージできるものとそうでないものとでは体に入ってくる栄養素は同じでも心の中まで満足感はないと思います。

 栄養のバランスというものは空気の中の元素ありかたと同じでキッチリでなくとも体調の信号を敏感に察知し整えていくものだと思います。

「人生楽ありゃ苦もあるさ」のフレーズでもおなじみです。自分に多少の美貌があって、これからのいき方に満足していたのではその人は魅力的でしょうか?人間が生きるということは人のすることの根本なのですから人間として生きることの力を上昇させていかなければ差がでて当然だと思いますね。上昇している人になにもモーションをおこさない人が「まった」をかけたり、認めさせようとしてもそれはただのわがまま気ままであります。

 海の向こうが気になれば泳ぐ。泳ぐことの限界に気づけば道具を用いる。その道具を開発するためには考える。その考えは何を基にして考えるのか?それは海や川、池もしくは湖の性格を判断することが必要であるとおもいます。判断するということは、ただ分析したことに終わらず、それを認めるということが動作を行う前の必要事項だと考えます。それから初めて海へ挑めるのであると思います。
 それは海だけではなく、誰かの思想だったり宗教であったり。人間そのものへだったり自分自身であったり。よくそれを知って、道具をえらぶ。

 海は自分を知ってはくれない。だからといってうけ入れてくれないわけではない。山もそう。自分を知ってくれはしない。海は船に意地悪をしない。雪山も同じだ。

 海には表もあれば裏もある。その表裏も人間のかってな考えの一つにすぎない。すぎないが、しかし、山も海も人も宇宙も、みな人間一人の創造に大きく包み込まれてしまう。






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最終更新日  2006年02月12日 23時09分02秒
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