躰道∞(無限) 

2007年06月18日
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 酔い薬っちゅーのは酒なのかもしれない。ここで言いたいのは『酔い止め』のことだ。
 私の母の実家が離島にある。そこに行くためには渡波という石巻の一角からクネクネ道の風越し峠をぬけて鯨の町鮎川から船に乗らねばならぬ。その船で私は必ず嘔吐した。平たく言う『げろ』だ。それを吐く。
 じつはその前にも吐いている。父の運転が荒い。しかも二tトラックに大人二人に子供二人の乗車オーバー。類まれなドライブは私と母の脳を揺らす。二人はO型。酔わぬ二人はB型。
血液に関係を得てして、さかのぼること数分前。
 私は母に無理心中の勢いで肌色の薬、半錠を口に含ませられる。そして何度も洗ったあげくラベルの落ちたワンカップのビンで水を飲ませられる。苦く、変な臭いでやられて半島を越える前から吐きそうになる。その薬を飲む前から「おめぇはすぐ酔うから、絶対に酔うから、吐くから」と連呼され、意識付けされ、とうとう暗示にかかってしまっていた私は際限なく吐いた。
 ある日、いつだったか、何年生だったか忘れたが、夏か正月、島へ行くシーズン。お決まりの薬と水が用意されていた。私は母の睨む目を盗んで薬を口にほうるふりをし、いかにも苦そうな顔を作って水を飲み干した。そのときの心境はどうせ吐くのにこんな嫌な思いはしたくない。だった。向かう途中、停車場で母は指を喉に突っ込みはいていた。この家族に一緒に降りて背中をさする者はいなかったと記憶している。
 その日、奇跡か、わたしは車でも船でも吐かずに島へ降り立つことができた。
 島から出るとき薬を飲めと軍隊のしきたりのような口調で母はコップと共に薬をさしだしてきたが、「実は」ときりだして、くるときは飲まなかったことをつげた。そこで、母もこれまで飲んでいた常用というべき行為をやめて四人は自宅へ向かった。ゼロゲロ宣言完遂!!
 今になって思うのは『絶対に酔う。酔うに決まっている。吐くはず。吐かないわけがない』という極度の心配が、車酔い、船酔いを一つの文化のようにしてしまったことが結果として胃に暗示を送り脳が反射してしまい、トシャ物を半島の一角にマーキングしていたのだと思う。

 私が思うに、事前に防衛的な対処も必要だが、過保護による『無駄』な意識付けをするのはどうかと思う。その人間の成長に応じて、『暗示』となるような言葉は消し、信頼をハラハラしながら見守る勇気が大人には必要だと思う。

 自分の行動を省みない人には何を言っているの解らない。自分の家族さえ、自分に話を合わせてくれる人さえよければいいと思っている人にはわからないことかもしれないですが、全てを取り払って、市民県民国民が政治家を批判するように自分自身の振る舞い、子供の育成方針、自信のこれからを振り返り、そして深呼吸をまじえ被害妄想を一旦解いて、思春期の希望に満ち溢れ、同時に苛立ちのつのるあのころに立ち返り考えてほしい。

『暗示』をかけて自分以外の人生を狂わせていませんか。

 そこから脱却しようとしている人間を蜂のごとく攻めていませんか。

 最近の政治がらみから日常、そして私の過去を思い返し、親の思い違いによる子供への『悪暗示』について書いてみました。





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最終更新日  2007年06月18日 23時50分50秒
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