人生・・愚痴あり後悔あり。それでも前に進まねば。力を抜いて・・自分流
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この間の15日日曜日。天気も良いし・・って事で、ちょっと海まで。北陸の冬の海っていうのは暗いイメージがあるけど、これだけ天気が良くて暖かいと、やっぱり海っていう感じが強い。それに、越前海岸、若狭・・やっぱり関西の奥座敷。冬でも食べに来ている人の車を見る事ができる。暖冬の影響かな・・海が穏やか過ぎて、冬の荒々しさを少しばかり期待していたけど・・ま・・いいか。帰りに、一度も行った事がなかった『ん』に行った。聞いた事はあるけど、行くのは初めて。喫茶・・?レストラン・・?どっちなんだろ。こじんまりした、落ち着ける感じが気に入った。・・・なんか書いてある・・・堅い茶碗と茶碗がぶつかれば・・・そう、どっちかが欠けるか、両方欠ける。暫く読んでて、確かに柔らかければ傷つかないなァって思った。ただ・・柔らかくなるということは、我慢する事ではないと思う。叩かれた時、『なんで叩くんですか・・痛いじゃないですか。痛いのは我慢しますよ。けど・・なんで?』こうやって頭で物事を捉えてしまうと我慢はしていても腹が立つ。仕事が終わって帰ってきても、まだ食事の準備が出来ていない。『何でだよ・・仕事して疲れて帰ってきたのに飯もまだ出来ていないのか』って思いつつも出来ていないから仕方なく、ブツブツいいながらも我慢する。TVを見たり、他の事で気を紛らす。こういうのは柔らかいとは言わない。この時点で心は傷だらけ。何かの拍子に、この鬱憤が爆発するから、衝突の衝撃波に襲われるのが早いか遅いかだけのはなし。本を読んでたらこういうことが書いてあった。日本文化には、『わび』とか『さび』とかいう素晴らしい心の世界を表現した言葉がある。淋しい時、それを我慢したり何かで紛らわしたりするのではなくて、淋しいままに静かに居る。これをさびというらしい。わびしい時はわびしいままにいる。これがわび茶のわびの精神だとか。こういう素晴らしいものがあるのに、今の日本人は何故か頭で受け止めてしまう。悲しい時は悲しいままに声をあげて泣き、嬉しい時は身体中で笑う。この、在るがままの精神を大忍と言うとか。我慢は、忍・・しのぶだけで苦しさしか残らない。挙句の果てにビッグバン並みの爆発をおこし、自分だけではなく周りの人までも傷付けてしまう。例え人に馬鹿と言われようと、その不愉快さ、ムカツキを頭にまで上げて、考えに移して怒りというものにしない限り・・それはムカツキのままで消滅してしまう。怒りになってしまうと、我慢と言うものをしなければならないし、それが所謂ストレスの原因。俗に言う頭に来た・・というのも、この大忍の枠からはみ出して衝撃を頭にまで伝えてしまった時の言葉だと思う。気は長く心は丸く腹立てず口慎めば命ながらむ・・って言う言葉が在るけど、これも私なりには我慢するって言う事ではなくて、大忍の意だと思う。とかく理詰めでものを考える、受け止める。たかだか1400gそこそこの脳だけで考えるからストレスも溜まる。口論も日常茶飯事で、テレビでは毎日のように事件事故のニュース。ことこれが国家の問題となると、戦争と言う名に変る。主張も議論も大いに賛成。脳をフルに活用してもらって結構だとは思うけど、脳を介した言葉ではなくて、心を介した言葉がほしいと思ったひと時。そのあと、偶然にもすぐ側の公民館で、地区の華展があるということで見学。やはり立華は好いですよ。砂物も良かった。素直に堪能させてもらいました。素直に受け止められた事、これも大忍・・?今ははなんか寒いです。心も風邪引かないように・・温かく・・温かく・・我慢は、押さえ込むだけで解決にはならない。我慢の元を作らない・・鈍いのがいい。
2009.02.17
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