愈々庵気まぐれ日記

愈々庵気まぐれ日記

2014.12.01
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カテゴリ: 小さな一日旅
  • さきたま古墳公園

  • 行田市の「さきたま古墳の丘公園」に行ってきました。
  • 古墳時代は3世紀後半から始まり畿内を中心とする王権が広く各地に広がり
  • 2,3百年続いたが、短期間でその幕を閉じたようである。
  • 全国に大小合わせて約20万基もあるそうだ。
  • 前方後円墳は朝鮮半島南部にも多く存在しそのルーツは向うに有るのかも知れない。
  • 強力な権力者が大陸渡来の技術者を招いて作り上げたものとも考えられる。
  • (朝鮮半島の古墳は大和の古墳よりも後期のものでこの説は成り立たないとの指摘
  • を友人から受けた/12月5日記)

  • RP1130311.JPG

  • ひろく関東平野・利根川流域の古墳の存在地を示したのが最初の図で、
  • その右下の隅に「行田」とあるのが「さきたま古墳群」で、その詳細図が
  • 下のもので左上部に埼玉古墳群と記されているのが行田の古墳群である。
  • (さきたま史跡博物館展示物より)

  • RP1130312.JPG

  • 利根川流域は関東平野に入ると一面の湿地帯となって広がり、縦横に水路が
  • 開けている。上の図で茶色は山地、緑が陸地、薄緑は湿地帯と利根川支流の
  • 緩やかな流れである。一見して分かることは赤で示された古墳群はおしなべて
  • 陸地の水際に位置している。人々は水際に生き、集落を作って住んでいたこと
  • がよく分かる。そう言う訳で今の埼玉県内陸部も東京・千葉・神奈川も広く
  • 内海に面した一つの沿海地域で、ある種の集合国家群を作っていたのであろう。
  • 次に「さきたま古墳公園」の航空写真が下のもので歩いて見られる9基の古墳
  • が集中している。「上から稲荷山古墳、丸墓古墳、将軍山古墳、双子山古墳、
  • 愛宕山古墳、瓦塚古墳、鉄砲山古墳、奥の山古墳、中の山古墳がそれぞれ
  • 現在は芝面となっている濠(現在は空濠)に縁取られ密集している。

  • RP1130335.JPG

  • 博物館の目前に有る瓦塚古墳。規模は小さいが多くの埴輪が出土している。

  • RP1130336.JPG

  • 愛宕山古墳は園内で一番小さい古墳で6世紀後半に作られた長さ53m
  • の前方後円墳。

  • RP1130339.JPG
  • RP1130342.JPG

  • 多くの前方後円墳では方形の前部と後円部の間のくびれ部の辺りに
  • コブのような突起がある(下の写真参照)。これは「造り出し」と呼ばれる

  • RP1130338.JPG

  • もので、埴輪などはこの部分から多く出土し、祭祀の場と言われている。

  • RP1130344.JPG

  • この園内の唯一最大の「丸墓山古墳」は文字通り円形で頭部には桜が茂り、
  • 階段で登ることが出来る。高さは19mと言うことで5階建てビルの高さである。

  • RP1130347.JPG
  • RP1130348.JPG

  • ここに登ると360度展望が開け、行田の街や城がよく見える。古くから
  • 花見の名所だったと思われるが利根川と荒川の水路が狭まった平地がよく
  • 見渡される場所で階段手前の堤は「石田堤」と呼ばれている。豊臣秀吉の
  • 命で石田三成がこの古墳山に本陣を構え、ここからよく見える「忍城」を
  • 水攻めにした場所である。
  • 映画「のぼうの城」で描かれたあの水攻めの光景を思い出す。まさしくここが
  • あの映画の舞台であった。

  • 古墳時代と戦国時代が錯綜するこの公園は実に楽しいところである。
  • 数年前までは東京から行田へは不便な行程であったが、近年は湘南から
  • 宇都宮・高崎へ直交する湘南新宿ラインが池袋や新宿から乗り換えなしで
  • 一気に運んでくれる。また春の桜の時期にぜひ再訪したいと思っている。





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Last updated  2014.12.05 09:35:28
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