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2008年08月24日
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テーマ: 中学生日記(475)
1.( )に適語を記入しなさい。
9代将軍家重、10代将軍家治(いえはる)のもとで側用人から昇進した老中(         )は年貢増徴は限界に達したため、幕府の財政を維持するためどう・鉄・真鍮(しんちゅう)・朝鮮人参等の直営の座を設けて(     )制にし、特定の商人に売らせた。一般の商工業者の(
     )を積極的に公認し、運上・冥加(営業税)を徴収した。
また、長崎貿易でも、これまでの政策を転換し、銅や(     )
を輸出して金銀の輸入をはかったり、大坂の商人を導入して(      )や手賀沼の企てたが失敗に終わった。
 彼は、商人資本を利用して、役人と商人の間で不正をうみ、賄賂(わいろ)を横行させる結果となった。役人の地位も金で左右される風潮が広がり民衆の不満設けた。
1782年、東北地方で(    )の大飢饉が起こり、よく1783年浅間山が大噴火を起こし、民政が意次の悪性によるものだと批判し各地で(     )や打ちこわしが続発するなかで失脚した。


◎農村での貨幣経済の浸透


◎貧富差の拡大
 すべての村内において、上田(じょうでん)といえるよい土地は、みな富農の所有となり、貧農は下田(げでん)という収穫の悪い土地ばかり持っている。・・・また、その悪い土地さえも失った者たちは、小作人になり作った米はみな地主へ納めてしまうので、自分は籾殻(もみがら)やぬかやわらしか得られず、年中頭の上がる暇もなく、息をつぐ間さえないほどである。・・・だから、豊かな者はますます栄えて、土地もいっそう広く持ち、次男三男も分家して立派な家を持ち・・・豊かな地主が一人いれば、その周辺には困窮している貧農が20人も30人もいる。        (「世事見聞録」)

 農民は収入を増やそうとして、農具や肥料など を購入し、綿・菜種などを栽培して販売するようになり、元禄前後から農村の経済も貨幣なしでは成り立たなくなった。農村への貨幣経済の浸透は、農民の間の貧富の差を大きくし、土地を手放して小作人に転落する農民が増え、中農層が減少し、貧農層が増える一方で、そうした土地を集めて地主はますます富を蓄えた。17世紀は、村役人が代表して年貢の減免や代官の悪政を幕府に直接訴える等の越訴(おっそ)が多かった。18世紀になると、全村・全藩あげて農民が竹槍(たけやり)・鎌・むしろ旗等武装して城下に押しかける強訴(ごうそ)が増加した。このとき、結束を図るために傘連判状(かされんぱんじょう)もつくられた。19世紀になると、中小の農民が藩を越えて集まるようになり大規模化した。


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最終更新日  2008年08月24日 18時11分04秒
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