
ザクロ
古事記の著された目的は、第一に、日本の初代天皇が神武天皇で、彼によってこの国の統治権が発動されたこと。
第二に、この国の国土は、イザナギ・イザナミの神によって造られ、この神の正統な血を引く者が国土の所有権を持ち、統治権を発動できる、ゆえに天皇が日本を治めるのは正しいことであるという見方が正統とされている。
しかしそれは表向きで、その細工された文体、含みを持った叙述、旧約聖書との類似点などから、古事記はそれ以外にもっと重要な意図を持って著されたのではないかと思える。
古来より、古事記の謎を解明することは死を意味するなどと言われてきたが、その理由は一体何だろう。
古事記は、人類が滅亡する時期を予言しているのではないのか?
あるいは、古事記には滅亡を食い止める方法が隠されているのではないか。
古事記こそ、人類の未来への手引書なのかもしれない。
旧約聖書の天地創造には、
「初めに神は天と地を造った。地は形なくむなしく、闇が淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてを覆っていた。神が『光あれ』と言うと光があった。その光を見て、神はよしとする。神は光と闇とを分け、光を昼、闇を夜と名付けた。夕となりまた朝になった。第一日目である」と書かれている。
一方古事記の国造りには、
「宇宙のはじめ、天も地も混沌としていた時、天のいと高いタカマガハラに三柱の神がいた。世界の中心となるアメノミナカヌシ神は宇宙を統一する役目を持った神である。つづくタカミムスビ神とカミムスビ神は宇宙の生成を司る神である。これらの神は配偶者をもたぬ単独神で、姿を見せることはなかった」とある。
続いて旧約聖書は、
「神は二日目に天と地を分け、三日目には海を、四日目には天体を造った。五日目に空を舞う生物と、水に棲む生物を造り、六日目に地上の動物と最初の人間を造った」と続く。
古事記は、
「天と地のけじめがなく、形らしい形もない地上は水に脂を浮かべたように漂うばかりで、あたかも海月が水中に流れるような頼りなさであった。しかしそこに水辺の葦が春にいっせいに芽吹くがごとく萌え上がるものがあった。その中から二柱の神があらわれた。うるわしい葦の芽の、天を指し登る勢いを示すウマシアシカビヒコヂ神、ついで永遠無窮の天そのものを神格化した神であるアメノトコタチ神である。この二柱の神も配偶者を持たない単独神で、姿を見せることはなかった」となっている。