父親が言った「 暇は自分をみじめにする 」という言葉が
気になって仕方ありませんでした。
そろそろ父のところをおいとましようとした時
父がまた「 自分がみじめになる 」という言い回しをしました。
かの昔、祖母が生きていた頃は
父親のところに結婚した娘達
(私もその一人!娘・・・うれしい語感が!)
が集合して二十数名のとても賑やかなお正月だったこともありました。
ただ、父が一人暮らしをするようになってからは
そうした賑やかなお正月というのは無くて
その変わり(といっては変ですが?!)に
なるべく我が家と一緒に旅行という機会を作ってきました。
が、今年は父親も
「 歩くのに自信がないから
せっかく誘ってもらっても年末年始の旅行は難しいかもしれないな 」
と言っていました。
(それに私の父親の負担にならないような場所への
予約が取れなかったという失態が重なり・・)
結局、元旦のお祝いは私達家族が父親のところに押しかけて!
になりました。
帰り際
「また来年はどこかに行けるといいね」と
何気なく言ったところ父が
「 歩けなくて奈生たちに迷惑をかける自分がみじめなんだよ・・ 」
と、ポツリ。
そういえば、去年のはじめころから一緒に旅行に行ったり
食事にいったりする度に
「なぁんか、最近はご馳走になってばかりだなぁ。
たまにはお父さんがお金を出したいのだけど
受け取ってくれないだろうから、遠慮なくということにさせてもらうね」
私(姉たちもそうだと思います)にしたら
「それは当然!!」です!
散々、父親には面倒や心配をかけてきて、やっと、やっと
その何十分の一かの「お返し」ができるようになったのです。
でも父親本人にしたらどうなのだろうか?
「大人数家族の大黒柱」
「4人の娘たちの元気で自慢の父親」
「7人の孫たちの頼りになるおじいちゃん」
(まだひ孫もあります)
という 「自分の持っていた役割」に心身ともに大きな変化が
起こってきたことを実感して
「みじめ」という言葉を使ったのかもしれません。
なんだか自分で書きながら切なくなってきました・・
「自分を支えていた人生の役割の変化」・・直面するととても心が痛いものです。
(それは、きっと周りが思っている以上にこたえているのだと思います)
皆さんもそうしたことがあったら
人の支援を受けることも視野にいれていってくださいね
。