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何気なく、音楽大学の学費を適当に調べてみました。正確な情報ではありませんので念のため・・・《東京藝術大学》初年度 約 85万円2年次 約 56万円3年次 約 56万円4年次 約 56万円合計 約253万円《桐朋学園大学》初年度 約271万円2年次 約181万円3年次 約181万円4年次 約181万円合計 約814万円《武蔵野音楽大学》初年度 約249万円2年次 約211万円3年次 約211万円4年次 約211万円合計 約882万円《早稲田大学(参考)》初年度 約120万円2年次~4年次 毎年約90万円合計 約390万円ちなみに、昭和50年当時の授業料(施設費等を除いた授業料のみ)は東京藝術大学 約10万円桐朋学園大学 約70万円武蔵野音楽大学 約40万円早稲田大学 約24万円でした。一般的に、学費の高い順に学部別に並べると、1.医学部・歯学部2.薬学部・音楽学部3.医療系学部・美術学部4.理工系学部5.文科系学部6.国公立ですが、国公立と私大の文科系学部の学費は、かなり差が小さくなっており、入学金では逆転している大学もあるようですから、首都圏の高校生が地方の国立大学を受けたがらない理由の一つとなっているかも知れませんね。単に都落ちだとか地方への偏見とか、批判的に言えないデータの一つかも知れませんね。
2007年08月27日
明日から2泊3日で首都を脱出し、関西旅行をして参ります。 ただし、たけみは関西(兵庫県)出身でして、お盆に帰省しておりませんので、今回の行き先自体は旅行と帰省の折衷的なものです。関西は昨年の10月下旬以来となります。22日新横浜から新幹線「のぞみ」で姫路へ、姫路から播但線経由山陰線で城崎温泉下車宿泊先は《旅館「古まん」の15号室(麗雅の間)》です。23日城崎温泉から天橋立へ出て、数時間後に天橋立から福知山線経由で京都へ宿泊先は《旅館「吉田山荘」》です。昨年たけみがおじゃました楽天界隈のFさんの、当時のご自宅のお近くに在る旅館です。24日市内観光の後、夕方の新幹線「のぞみ」で帰京。まとめますと新横浜→姫路→城崎温泉(泊)→天橋立→京都(泊)→新横浜となります。閑話休題: まったくどうでも良いお話ですが、ビーチバレーでとっても話題なお二人のうち、少々目だっていないほうの女性は「西堀たけみ」さんと言うお名前なのですね(お名前の一部をひらがな表記させていただきました)orz. そういえば、以前オリンピックに出場された競泳選手に「伊勢たけみ」さんもいらっしゃいましたね・・・
2007年08月21日

ムーミンワールド写真集の第2弾です。ご覧ください。
2007年08月20日

フィンランドの旧首都トゥルク近郊のナーンタリに所在する《ムーミンワールド》で撮った写真です。ご覧ください♪
2007年08月19日
2007年10月13日(土)15時30分開演ウィーン・ムジークフェライン大ホールモスクワ・ユース交響楽団演奏会指揮:エフゲニー・ブシュコフプログラム前半:チャイコフスキー作曲「ピアノ協奏曲第1番作品23」 Vadim Kholodenko, Klavier後半:チャイコフスキー作曲「交響曲第5番作品64」17時30分閉演(予定)詳細はこちらからどうぞ。(PDFファイルの8ページに掲載されています) なお、6月19日にドヴォルザークのピアノ協奏曲を演奏したようですね。某コンクールの直後であろうと思いますが、彼はけっこう多彩ですね。
2007年08月16日

この写真をまずは公開しますね。 左がたけみの最も敬愛している作曲家である《レオシュ・ヤナーチェク》の切手、右はAn die Musikで執筆を担当しているラファエル・クーベリックの父親で、世紀の大ヴァイオリニストであった《ヤン・クベリーク(ヤン・クーベリック)》の切手です。いずれも未使用で、チェコの切手です。 8月5日に、ウィーンで手渡されました。感動に打ち震えております。なお、今年はチェコに3日まで4日間滞在しました。 妻が熟睡中の日記です(笑)。たけみは嬉しくて踊っています♪
2007年08月16日
各日の滞在地の気温記録集です。7月30日-31日 ヘルシンキ 22℃-17℃7月31日-8月3日 プラハ 18℃-27℃-28℃-24℃8月3日- 4日 ブラティスラヴァ 24℃-29℃8月4日- 6日 ウィーン 28℃-31℃-29℃8月6日- 8日 ブダペスト 31℃-30℃-32℃8月8日-10日 ヘルシンキ 26℃-28℃-27℃8月10日-12日 ナーンタリ 28℃-28℃-26℃8月12日-13日 トゥルク 27℃-26℃8月14日 大阪 36℃(赤数字は平年値よりも5℃以上高温であった日です)ちなみに、8月中旬の最高気温は、平年値ですとヘルシンキ 19℃プラハ 20℃ブラティスラヴァ 23℃ウィーン 23℃ブダペスト 24℃ナーンタリ 19℃トゥルク 19℃大阪 32℃ この程度の気温です。欧州は高緯度のために、7月20日を過ぎると気温は順調に下降するのが通例ですので、今年のような残暑は異常だと言えます。7月中旬に瞬間的に30℃、ブダペストですと35℃まで上昇することは結構ありますが、時期が一月もあとの8月10日の時点では、普通はすっかりと秋めいてくるものなのですが・・・ 暑かった!!!
2007年08月15日
今朝早くに関西国際空港に到着し、現在伊丹空港のラウンジから書き込んでいます。フィンランド航空でヘルシンキから直行しました。早速ですが、ディナーラちゃんのデビューCDを見つけて参りました。ショパンの練習曲作品10にリストの作品を組み合わせたCDです。収録曲は、浜松で弾いた曲が基本として構成されていますね。詳細は帰宅後に・・・この後、17時20分発の羽田行き日航機に搭乗します。では、帰宅は多分20時過ぎかと思います。
2007年08月14日
その1. スロバキアの首都ブラチスラヴァで宿泊したのは、「ホテル・キエフ」。 このホテル、東側時代には、事実上唯一の西側からの自由交流が可能な都市であったため(当時スロバキアは、チェコスロバキア社会主義共和国であり、一方、当時は永世中立国であったオーストリアの首都ウィーンから40km弱しか離れておらず、かつ、船(国際河川ドナウ川)、鉄道、バスのすべてが直行していたために、ブラチスラヴァは東側でありながら、西側の物資や情報の収集拠点として栄えていました。) さて、この事実関係に不快感を示した、旧ソビエト社会主義共和国連邦首脳陣は、このブラチスラヴァに100%ソ連資本の高層ホテルである「ホテル・キエフ」を建設し開業しました。当然ですが政府関係者は基本的にこのホテルを利用することになりました。1972年のことでした。 それから35年。今もこのホテルは健在で、ブラチスラヴァ随一の高層ビルでもあります。しかし・・・ホテルのルームナンバープレートの文字は取れたまま。しかもルームキーは大型マスターキー(すごく重い)。エレベーターは非常に遅い上にガタガタと揺れ、ドアが開いた時点ではまだフロアとの段差が数十センチあり、部屋の中に入ると窓の外が広告の垂れ幕に隠れたまま(透けて外が見えるだけ・・・最初は網戸と誤信しました)。部屋の蛍光灯は1本しか付かない(しかも棒型)。椅子は傾く上に一つだけ(ツィンルームなのに)。テレビは平土間に置かれていて、トランジスタ真空管ラジオが頓挫しており、バスタブはあるが、お湯を入れると黄色い色の生温いお湯が入る。そして、エレベーターの注意書きを良く見ると、故障したらこのインタフォンで外部と直接交渉するようにと、書かれてありました・・・泊まった部屋は12階です・・・ ちなみに宿泊客はロシア人が多かったものの、極端な比率ではありませんでしたが、掲示物はほとんどがスロバキア語とロシア語が併記されており、次にドイツ語が目立ち(ウィーンとの関係!?)、英語の表記は見掛けはしましたが、少なかったように感じました。ちなみにこのホテルは現在でも、「三ツ星」の格付けを維持しております。ただし、従業員の態度や仕事ぶり等は良好でした。 この町は、現在スロバキアの首都となりましたが、自由化の後、1993年にチェコから分離独立したことは、結果的に失敗だったのかも知れません。その2. プラハのトラムはほぼソ連時代のままであったのを、意識的に払拭すべく、新型車が少しずつではありますが、導入されてきました。地下鉄も壁紙を張り替えるなどの工夫で、ソ連のイメージを減らしておりました。その3. ブダペストのトラムと地下鉄は、ソ連時代の遺産を払拭する努力は見受けられるものの、プラハよりも遅れているように感じましたが、町全体の勢いが感じ取れ、ハンガリーがすべてに前進中であり生活の向上志向の高さも感じ取れました。しかし、インフレはひどいものがありまして、公共料金は5年間で倍近くに跳ね上がっています。特に旅行者にとっては、プラハやブラチスラヴァでは、ユーロを使える店こそ少なかったものの、クレジットカードはかなり広く使えましたが、ハンガリーではフォリント以外が使えない施設が多く、両替がかなり大変です。気候と気温について:30日と31日は比較的涼しかったものの、1日から再び猛暑が戻り、今日までほぼ連日30度を超える気温が続いています。正直なところ、日差しも強く、かなりバテ気味です。もちろん先月20日ごろの記録的猛暑に比べると落ち着いてはいますが、冷房施設の少なさを勘案すると、市民は相当厳しい生活を強いられています。《宿泊先一覧》ヘルシンキ:スカンディック・コンチネンタル・ホテル(昨年小泉前首相が最後の外遊の際に宿泊したホテル)プラハ:ウ・ズラトロ・ストローム(昨年同様、カレル橋の袂すぐで、旧市街側のホテルに宿泊。極めて伝統あるホテルである反面、600年以上経った建物であり、かつ部屋の数はわずか9部屋です)ブラチスラヴァ:ホテル・キエフウィーン:ホテル・ドゥ・フランス(7月14日に改装が完了したばかりで、今後は二度と宿泊は到底不可能だと思っています。改装工事中に予約していたので宿泊できましたが、それでも清水の舞台に近かったです)ブダペスト:K+Kホテル・オペラ(国立歌劇場の隣に立地します。この町の場合は、ホテル代金を惜しむことは自殺行為だと覚悟しております。だけど、おかげでとても冷房が効いており素敵です。ちなみに歌劇場の公演は6日が運命の力、7日は休演、8日が蝶々夫人)
2007年08月07日
今日はたけみの誕生日♪ 昨日の日記にコメントをくださった皆様、ありがとうございました。 今日は、ウィーン中央墓地とハイリゲンシュタットを訪問します。 宿泊しているホテルは、ブルックナーの定宿であったドゥ・フランスで、至近の市庁舎では、ただいまウィーン夏騒ぎが開催中です。シューマンの見た作品26の世界は、はたしてこんな感じであったのでしょうか?(この日記もブダペストにて修正をしました。)
2007年08月05日
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