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『世に処するに一歩を譲るを高しとなす。歩を退くるはすなわち歩を進むるの張本なり。人を待つに一分を寛くするはこれ福なり。人を利するは実に己を利するの根基なり。』(この世で生きていくためには、先を争う時、人に一歩譲るのがよい。一歩退くことは後に一歩進める伏線になる。人を遇するには、厳しすぎてはならない。一分は寛大にする心がけが必要。それが自分のためになる土台である。)『易経』に、尺取り虫が身を縮めるのは前に進むためであり、竜や蛇が冬ごもりするのは身を守るためとある。この言葉は、謙虚であれと教えている言葉でもあり、一歩退くは大をなすためであるとも教えているものといえよう。人を用いる道として、『老子」には「人をよく用いる者は、これが下となる」とあり、また「江海(こうかい)の能(よ)く百谷(ひゃっこく)の王たる所以のものは、その善くこれに下るをもってなり」とある。すなわち、大河や大海が数多くの谷川の王者であり得るのは、それが低いところに身をおき、よくへり下っているからこそである。いい換えれば、人の上に立とうとするには、言葉、態度を謙虚にしてへり下らねばならない、ということである。『論語』には、こうある。「能をもって不能に問い、多きをもって寡(すく)なきに問う」(才能が十分であるのにへり下って才能のない人にまでたずね、学識が豊かであるのに謙虚に、修業不足の人にまでたずねる。)この言葉は孔子の弟子の曾子が、兄弟ともいえた顔回の人柄を評したものであるが、これに次ぐ言葉に「あれどもなきがごとく、実つれども虚しきがごとく」とある。すべて謙虚を表したものであるが、「なけれどもあるがごとく、空なれども満つるがごとく」振る舞っている人間への戒めのようでもある。私の銀行員当時、ある上司は目上目下を問わず「○○さん」とさんづけで呼び、手紙の場合は「君」も「殿」も使わず「様」で通していた。もう一人の上司は部下を呼び捨てるときもあり、機嫌良好のときでも「○○くん」と呼んでいた。さんづけの人は頭取になったが、呼び捨て常務はいつのまにか姿を消している。呼び捨てが災いとなったばかりではあるまい。二人の人格の差が、地位の隔たりをもたらしたといえよう。私が今まで、君も僕も使わず、殿も用いず「様」で通してきたのはその先輩を見習ったからである。これは些細なことだが、私が銀行で常務から専務に昇格したときである。後輩の常務からより優秀な自動車に買い替えてくれと言われ、わけを聞くと、先輩が現在の車だと我々一段高級な車に乗れないから、という。「私は小さいから三輪車でも間に合う」と言って断った。一ヶ月たったころ、カタログ持参で「この車にしました」といってきた。「いまなら高値で車を下取りしてくれますから」といっていたが、私としては車が問題ではない。より上等な車に乗って、乗る自分をより上等な人間に見せようという根性が問題なのである。体は高級車に乗っても心が二輪車並みでは釣り合いも取れまい。謙虚で、へり下った人間がへり下った車に乗ってこそ、威風がある。自動車で見栄、強がりを示しても、見る人は虎の威を借る狐どころか鼠とも見るまい。さて、この項の終わりに孟子の言葉を引用してみよう。孟子は「呼びつけできない部下を持て」と教えている。呼びつけることができないほど自分より秀れた人という意味で、上司として謙虚な人でなければできないことである。こんな故事もある。兵法家で知られている呉起が魏の武侯に仕えていたとき、武侯が部下と協議を終え、得意満面で部屋から出てきて呉起にいうには、「会議したが自分より秀れた意見をのべる者はいなかった」と。これに対し呉起は「昔、楚の荘王は臣下と会した後に『ことを計ろうとする者には必ず聖人君子といえるほど秀れた人物がいるものだが、今見渡したところ自分より秀れた臣は見当たらなかった。将来が思いやられる』と言って慨いた、とあります」とチラリと苦言を呈したという。世界の鉄鋼王といわれたアメリカのカーネギーの墓石には、「自分より秀れた人間を用いた天才がこの下に眠る」という文字が刻まれているとか。大成する人の共通点を一つあげよ、といわれたら“謙虚”と答えるに違いない。「世に処するに一歩譲る」とあるが、ある投資名人に「株式投資で確実に儲けるには」と聞いたところ「自分だけが儲けようとしないことだ」と答えた。十の値上がりを見越したら七か八のところで売れという意味であった。 (『菜根譚』を読む 井原隆一著より)
2005.07.24
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