タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7813)
カテゴリ: タコ社長の日常
砂漠のキツネと呼ばれていた。うどんとかの話をしようというのではない。

因みに、日本のそば屋さんで注文するとき、「私は、キツネ」「じゃ、おれタヌキ」なんて注文するのだが、これをそのまま英語に訳したら大変なことになる。極め付きは「そでじゃ、私はオカメ」なんて言っているわけで、状況次第ではなんと素直な人たちだなんて思われてしまうこともあるやも知れぬ。

砂漠のキツネとは、ドイツのナチのロンメル将軍。この方、第二次世界大戦の連合軍ノルマンディー上陸作戦Dデーの時は、その地域一体の最高責任者だった。このDデーは6月6日だったが、なんとその日はロンメル夫人の50歳の誕生日。

「あなた!!!戦争と私とどっちをとるの?」
とか言われたかどうかは知らないが、夫人のお祝いに前線を離れドイツに帰ってしまったとのこと。例えてみると、関東軍総司令官がロシア軍の満州侵攻の8月9日の日に、日本の長崎あたりにいる妻の誕生日に帰ってしまったようなものだ。もっとも、関東軍は実際には将校から先に逃げたということで、そのまま前線には戻らなかったかもしれないが。

という訳で、世紀の大上陸の日にロンメル将軍は自宅にいて、「ハッピーバースデー」をドイツ語で歌っていたらしい。

敵軍上陸の知らせを聞いて急いで飛ばして帰った車のなかで、将軍は妻のいうことなんか聞くんじゃなかったと地団太踏んだのだろうか。

その後、ヒットラーの暗殺計画に参画したということで、絶大な人気があった将軍は拷問などは受けなかったが、ピストル自殺を強制されて亡くなった。ロンメル将軍、自らの不運を呪ってこの世を去ったのかもしれない。

しかし、そういう家庭的なところ、庶民的なところが人々に人気のあった理由なのかもしれない。



「私がいない間、誕生日に行ってね。」10月にオランダ系の連れ合いが海外出張に出かける間に姪っ子と甥っ子の誕生日がくる。Dデーなんかと重ならないように願うばかりだ。

2005-07-25 12:49:23

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Last updated  2005年09月04日 12時02分49秒
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