タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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テーマ: 海外生活(7813)
カテゴリ: 移住模索期
移住を求めてジャパレスで働いていたとき、帰りは当然遅くなる。12時、1時だ。それから、よく他の友達を呼んだりして飲み会をした。カースクワインといって、箱に入った4リットル入りのワインを飲みあかす。今でいうワンルームマンションみたいな所に住んでいた。場所は、メルボルンの高級住宅地の代名詞「トゥーラック」という所だった。

今考えてみなくても分かるが、そんな時間に飲み会やって本当に隣近所に迷惑だったなと思う。しかも、得体の知れないアジア人が得体の知れない言葉で騒ぐ。上の階の人から当然苦情が来た。床を叩かれたり、実際にドアをノックされ文句を言われた。当たり前だと思うが、当時はどういう訳か傍若無人のタコフリーター、なかなか懲りなかった。しかし、この男性、怒り方がやや異常で、私の部屋に集まっていた方々の話題のタネ男になっていた。

人生では、どちらかというと、こういう設定では迷惑をかけられる方に身を置くほうが圧倒的に多い人種に属してきているが、このときは一線越えて反対側にいた。なにしろ昼夜の逆転ライフの水商売、夜寝ていたら申し訳ないよいような毎日だった。

ある朝、カーテンを開けると生卵が窓ガラスに卵かけご飯に使えるくらい流れていた。もう少しあったら本当にお茶わん出してベランダに出ていただろう。誰がやったかは分かる。あの上の階の中年男だ。そして事件は起こった。

ある日、帰宅するとわたしの8号室の郵便受けに、「この男は手当たり次第に女を連れ込んでいる。」と非常に卑猥にかかれた紙が貼ってあったのだ。こういう時は、英語でこう書くんだな、などと感心している場合ではない。

今とは全く違って、30代前半のサカリが世界を三周半くらいしても余りあるころのタコ移住候補生、まったく「火がないところの煙」状態ではなかったとしても、親が知ったら怒鳴り込んでくるくらいの、「手当たり次第」という表現には頬が赤らんだ。

これは、「人種差別」とかとは違ったことだったのだろうと思う。そして、なによりもあの中年男性が、異常に私をめの仇にしていたことの原因は私にあったのだろうから、もう少し騒いで、生卵以外にも、もっといろいろ欲しかったな、などと反省はしている。

2005-07-25 12:49:23

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Last updated  2005年10月27日 01時07分02秒
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