タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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テーマ: 海外生活(7813)
カテゴリ: 移住模索期
朝のワイドショーをよく母と一緒に見た。32歳でサラリーマンを辞め、オーストラリアに来る前の半年間だった。宮尾すすむさんの「日本の社長シリーズ」は二人の好きな番組でもあった。ビックカメラの社長の話しなど、今も覚えている。

「大学まで出て、いい会社に入って、辞めてお母さんと朝からテレビ見てるって、どっかおかしいと思わないかね。」得意の母のイヤミが始まった。因みに、母のイヤミは今も健在だ。

この社長シリーズでは、若いころに可也苦労して社長になった方々の話が多かったように思う。宮尾さんの語りのバカさ加減が可笑しくて二人で笑い転げながらも、私は、心から笑うことはできないでいた。

「悔しかったら、お前もああなってお母さんを安心させてよ。」

オーストラリアに来て、まずイタリアレストランで皿洗いをした。そして、日本食レストランでも皿洗いをした。テレビで見た、皿洗いから始めて社長になった人たちのことを思い出した。しかし、皿洗いをしていて皆が社長になれるなら世の中社長だらけになる。

粉にまみれて天ぷらを揚げ続けたが、どうにもカラッと揚がらない。180度の温度調節が難しい。ベテランのシェフに、目の前で私が揚げたてんぷらを捨てられたこともある。慣れない包丁で指を切った。料理なんかほとんどしたことがなかった私が、日本食レストランで板前だ。でもしつこく残った。そして、ここで永住権も取れた。

永住してから、すぐ結婚して数年で別れた。その別れた妻の母親に、「あんた、日本に帰った方がいいよ。」と静かに言い切られた。顔から火が出る思いというのだろう。でも、しつこく居残った。

いろいろあった。脛は傷だらけで、人の脛にも沢山傷した。しかし、日本に帰るわけには絶対にいかなかった。

タコ社長、基本的には飽きっぽい人間で、ほとんどのものには飽きてしまうのだが、しつこく追い求めてきたものがいくつかあって、それらに関しては絶対に諦めないで今に至っている。

2005-07-25 12:49:23

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Last updated  2005年10月27日 23時06分00秒
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