タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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テーマ: 海外生活(7813)
カテゴリ: 移住模索期
メルボルンで最初に住んだのがセントキルダだった。週75ドルの簡易宿泊所に2ヶ月ほど住んだ。歩いて海に出られる便利さはあったが、低所得者が多く住み犯罪も多かった。昼間から酒を飲んだり、ドラッグでラリっている人もよく見かけた。

私は職もなく、夢しかないときだったが、この町の人をみて落ち込むこともあった。自分の将来を投影したわけではないだろうが、この町に住んでいて気持ちがなかなか浮いてこなかった。

一つ一つ丁寧に肉を焼いてくれるハンバーガー屋さんがあって、そこで大きなハンバーガーを買って、今はF1開催で有名になっているアルバートパークのだだっ広い公園の芝生に座り、一人でその特大ハンバーガーをよく食べた。

このセントギルダの住人から見たら、私はここに住むに相応しいでかいアジア人の1人であったのだろう。

「俺は、こんな奴らとは同じじゃないんだ。きっとすぐにこんな生活から抜け出して永住権を取ってやっていくんだ。」今考えると、粋がって傲慢な態度で考えていたものだが、そいう思いが逆にバネになって自分を後押ししてくれていたことは事実だ。

二ヵ月後、日本食レストランでバイトが始まり、このセントキルダからトゥーラックというメルボルンの田園調布と私が勝手にいっている所に移り住んだ。といってもいわゆる一部屋のフラットだったが。

見栄や変なプライドがエプロン付けて、見果てぬ夢をころもにまぶしてレストランで天ぷらを揚げる日々が始まった。



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Last updated  2009年01月23日 08時29分44秒
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