タコ社長,オーストラリア・メルボルンのスローライフな日々

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タコ社長1952

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テーマ: たわごと(27734)
カテゴリ: タコ生徒・学生期
「線は二本だったんだ。」
厚手の紺のカーディガンの左腕には白の二本の太線があった。遠くから見ても二本だと分かるのにわざわざ言うこともないだろう。

「あっ、一重だったんだ。」
私は、秋田と栃木の混血だが目は一重。そんな事を言うために日曜の夕方に二人して
来ている。

東京は練馬にあった向山小学校6年の時、5年生で口もきいたこともない二人の女の子が夕食の時に家を訪ねて来た。島田と黒川という子だった。黒川は目がクリクリとして愛らしかった。誰だこんな時間に、と怒る父を気にしながら外で3人になった。覚えている会話はこの二つ。全く、芸がない。私は、返事もしないで下を向いていた。こういう設定に全く慣れていなかった。話したこともない上級生の家に来るということがどんな意味なのか分からなかった。

それで終わった。黒川という子に気持ちが動いたが、その受け皿がざるだった。

中学は練馬中学。二年の時に陸上部の部長になった。砲丸投げのタコで名を上げたのではなく音を上げていた。

「黒川です。今日陸上部に入りました。」


「さっ、走る前に壁に中腰になって背中をつけて10分!」
「はい、腹筋20回」

通常の部員以上にしごいてしまった。黒川は、この一日で退部した。それで終わった。

奥手の大男に3度目のチャンスはなかった。


毎回、嫌でもこの緑の箱をクリックよろしくお願いいたします。
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Last updated  2010年06月01日 20時59分34秒
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