行雲流水~托鉢日記~

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2007年02月15日
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托鉢を始める直前。毎回緊張している。
これは、ただの経験不足だけではないと思う。
私は中学生の時から托鉢をしている。大学の四年間は一回もしていないので、その分を省くと九年目になるだろう。

それでも、第一歩目、第一声目は緊張する。


今日はその第一声目をあげようと大きく息を吸い込んだ瞬間、つい飲み込んでしまった。

それは、歩道ですれ違う小学生にいきなり囲まれて質問攻めにあったからだ。

皆、不思議な格好をしている私に興味津々。
目がキラキラと輝いている。


子供は良い。
突発的な所、率直な所、無垢な所。全部が良いと思う。
今日は私自身が作った緊迫した瞬間を、一瞬にして悟してくれた。




それは社会で生きる為の術を身につけたからだろう。


その場に人間が二人以上いたら、そこは社会となる。


だが、もっと自由で解放的な暮らしが有るはずだ。
規律は守っても、心は穏やかな喜びを求めていれば、そこには必ず平和が有ると思う。


極論になるのかもしれないが、法律だけで平和は得れないと思う。
倫理があって初めて法律が成り立つのではないか。


少し話はそれるが、高校の授業で倫理がある。
それは三年生だけの授業だったので、私は一・二年生の間、首を長くして待った。
三年生になってワクワクしながら受講したが、教科書も黒板も人の名前や論理ばかりだったのに興醒めた。

そして大学になって、自由科目で哲学をとった。
これも高校生の時と同様に興味津々で臨んだが、またしても期待はずれ。


本当の倫理や哲学は教えていないような気がしてならない。
学校で教えているのは『何世紀の何国で誰が何論を説いた』というのばかりだ。それは学者を目指す人が聴けばいいのではないだろうか。


人間が社会で必要とする倫理や哲学は、もっと身近にあって、自分の中にさえもあるのだと思う。


子供達に生きる事を教えるのはどこだ?誰だ?





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最終更新日  2012年04月15日 19時25分53秒 コメントを書く


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