行雲流水~托鉢日記~

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2007年02月16日
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午後から知覧に向かった。


ご存じの通り、太平洋戦争の沖縄決戦の特攻隊は、ここ知覧基地を主軸に出撃した。

そこの知覧特攻平和会館に行ってきた。





その中でも私が心惹かれた物は、隊員が出撃前夜に書いた遺書や両親や妻子にあてた手紙だ。

文章のどこにも死への恐怖を感じれない。
それどころか、自分の使命に満足しているような感じも受け取れた。

だが、文章と心は違う。
相手を心配させない為の言葉を選んだのかもしれない。

そして、兵隊ならば戦況というのは把握できたのではないだろうかと思う。


無謀な死と分かっている兵隊もいたはずである。
その心境はいかなるものか…





光栄なる死。


私の死はどこなのだろう。



その後、隣にある知覧歴史資料館へ行って、興の湧く事柄を見付けた。

ここ薩摩藩は江戸時代頃は一向宗を禁止し弾圧していたようだ。
なぜ禁止していたのか理由は定かではないが、キリスト教と同様の刑罰を行っていたという。

しかし民はそれに満足するはずは無く、隠れて念仏を唱えていた。
厳しい取り締まりの目からのがれるために、山中の竹林の影に洞窟を掘り、そこで阿弥陀仏を拝んでいたのだ。
そしてその洞窟(かくれがま)が、現在も残っているという事で学芸員さんに話を伺い、そこにすぐに向かった。

畑に囲まれた道を山に向かい、資料の通りの竹林の中にそれはあった。
本当に静かな場所である。

最近になって整地されたらしく、歩道もアスファルトだった。ほんの二・三年前までは当時のままの山道であったらしい。

そして洞窟を発見。
入り口は大人が身を小さく屈めて通れるぐらいの大きさ。
当然だが中は真っ暗闇。そして風穴から吹いているのであろ風の音が響く。

まことに不気味である。

だが、恐いもの見たさというか、どんな場所で人々が熱心に拝んでいたのかが知りたくて、恐る恐る洞窟内へ。

中の天井は低く常に中腰で、真っすぐには立てない。
だが入り口と比べて意外と横に広く、二部屋あった。
大きいほうの部屋は大人が四・五人程度入るだろう。


一見すれば、寺院の本堂とは天と地の差がある。
だが、本質は同じであろう。
いや、むしろこの不気味な洞窟内の方が私には崇高さを感じてならない。



現代人は拝む事がなくなったような気がする。
それは文明が十分に発達したからだろう。
息子が病気になったならば、仏に拝むよりも病院へ行く。
昔の人々が難とする事柄が、現代人には難とはならない。

それは良い事なのかもしれない。
だが、はたして本当に良いのだろうか。

作物の有り難さを知る事無くスーパーで手に入ってしまう。
病の恐ろしさを知るから、命の有り難さを知る。
一人では生きれない己の無力さを知るから、助け合いが出来る。

今は何でも容易に出来てしまうから、現代の諸問題が発生しているのではないのだろうか。
殺人、ニート、公共性の無さ等は特にそれに当たると思う。


昔の方々は拝むより他はなくて、一心不乱に拝んだのだろう。
だが、不自由なく暮らせる今の私たちが一番に欠けているのはそれではないのだろうか。

手中の便利さや自由を手放すのは容易な事ではないが、今一度手放してみれば、何か大切なモノが分かるはずである。





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最終更新日  2007年02月17日 21時28分50秒 コメントを書く


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