歎異抄を学ぶ

歎異抄を学ぶ

2006年07月18日
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頓教と漸教には、それぞれ竪超、横超、竪出、横出の四つの範疇を判ぜられ、二双四重の教相判釈が示されている。


この二双四重の教判論は聖人の主著である「教行信証」に明かされているところであるが、その教相判釈をさらに相対的に体系づけられたのがこの「愚禿鈔」である。

この教相判釈の二双四重という名目は存覚上人によってなされたのである。
すなわち、その著「六要鈔」に

此に二双四重の釈あり。所謂、竪出・竪超・横出・横超是れなり。所立の差異文に在って見るべし。又、第六巻及び愚禿鈔に此の事あり、彼の文を見るべし。

と述べられているが、これによっても知られるように、聖人の二双四重の名目は存覚上人によってはじまったといってよい。
これを図示すると次のようになる。

略



横超というのは、易行道の他力浄土門の頓教をさすもので、「大経」の教えがこれにあたるとされている。すなわち聞信の一念のところに往生の正因が決定し、生命終われば即得往生の涅槃の大果を超証するというので頓教にされるわけである。

竪出というのは、難行道の自力聖道門の漸教をさすもので、これは大乗の中で権教にあたり、漸次修行してさとりをひらくところの法相・三論などの諸宗をさす。

横出というのは、易行道の他力浄土門の漸教をさすもので、「観経」や「小経」の顕説の立場がこれにあたるとされている。要門および真門の教えがそれであるが、要門とは「観経」の定散二善を修するものであり、真門とは「小経」の自力念仏を修するものをいう。これらはいずれも他力の浄土門にありながら自力に固執するところから、それは浄土に往生しても方便化土に生まれ、真実の報土には往生することができないのである。

故に、二相四重のその竪というのは自力の異名で、横というのは他力の異名ということができる。
また出というのは、漸次に進んでゆっくり証果をひらくことをいい、超というのはすみやかに証果をひらくことをいう。
また頓教というのは証果がはやく得られる教えのことをいい、漸教というのは証果がおそく得られる教えのことをいうのである。

よって、これを要約すると、横竪の横は他力のことをいい、竪は自力のことをいい、超出の超は頓教のことであり、出は漸教のことをいうのである。したがって、この二双四重は自力と他力、さらに頓教と漸教とを組み合わせて、聖道門の教えと浄土門の教えとを四つの範疇に分類したのが教相判釈といえる。





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最終更新日  2006年07月18日 17時41分14秒
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