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西改札口(改札内)京阪の守口市駅のもうひとつの改札口、西改札口です。西改札口(改札外)改札のあるフロアが2階で、改札を出てまっすぐに進むと階段。そのまま地上に降ります。西改札口南側階段を下りて左側に曲がると、目の前がタクシー乗り場。緑色の小さい屋根のところが出入口です。この道をまっすぐに進むと、東側のロータリーへと続きます。高架下は飲食店やカラオケ店、コンビニなどが連なっています。西改札口北側さきほどの階段を右に曲がると、北側の出口に出ます。この出口は駅舎とは別の駅ビルで、1階と2階は「クオーネ」という名前で呼ばれている飲食店街です。えーと、スペルは「QUONE」だったかな? 改札口から2階への通路もあります。どうしても百貨店やホテルがある東側がメインとなるため、西側のほうが人通りは少ないようです。
2009年04月15日
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京阪・樟葉駅から東へ徒歩10分ほどのところに「楠葉中央」という交差点があります。 「楠葉中央」交差点この交差点の南東角に、ケーブルテレビ局「ケイ・キャット(K-CAT)」の本社があります。K-CAT本社同上1989年(平成元年)2月22日、「京阪ケーブルテレビジョン」として設立され、同年11月6日に開局しました。2003年に社名を現在の名前に変更しました。枚方市や八幡市を中心にサービスを提供しています。関西電力や京阪電気鉄道が主な株主です。同上ここでも、地デジの準備を促す垂れ幕。いよいよあと1年で地上波アナログ放送は終わってしまうんですね。
2010年07月25日
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星田妙見宮の裏参道の鳥居の近くに、お地蔵さまがたくさん並んでいる場所がありました。義晴地蔵寺(入口)気になったので、入ってみました。義晴地蔵寺それにしても、かなりの数のお地蔵さまです。お昼寝中の猫ちゃん左端に目を向けると、気持ち良さそうにお昼寝している猫がいました。起しちゃ悪いよね。「足利義晴公の墓」今度は右手の奥に視線を向けると、「足利義晴公の墓」と書かれています。おや、室町幕府12代将軍の墓ですか? 将軍の墓にしては質素というか、みすぼらしいというか。それになんでこんなところに? このお地蔵さまは何? 疑問が次々と出てきます。義晴地蔵寺の由来境内にその由来を記した掲示がありました。それによると、この地に200体ものお地蔵さまが埋もれていたということです。錫半(すずはん)という会社の以前の社長さんが掘り起こしてひな壇に置いてお祀りしたということです。調査の結果、「今から四五五年ほど前の室町時代第十二代将軍足利義晴の墓と判明」したそうです。由来を記したこの文には昭和58年(1983年)の日付が入っていますので、さらに27年遡ることになります。足利義晴は滋賀県の近江穴太(あのう)、現在の大津市にて死亡したようですが、交野の地とどのような関わりがあったのか、いまひとつはっきりしません。穴太に墓があると書かれた明治時代の資料もあるそうです。掲示によると、「義晴の奥方が義晴の墓と共に敵味方の区別なく、その菩提をねんごろに弔うために篤く信仰されたお地蔵様でおられることがわか」ったということです。義晴が享年40で亡くなったあと、奥方様はこの地で過ごされたようです。
2010年05月03日
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今回は、浜松町から東京モノレールに乗ったときの写真をご紹介します。はるか昔、流通センターで展示会があって乗ったことがあるのですが、今回乗ってみて、初めて乗ったような感覚を覚えました。ホームドアができていたこともありますし、車両もずいぶんと変わりました。モノレール浜松町駅~羽田空港第2ビル駅の全区間で複線なのですが、浜松町駅だけは単線で、輸送上のネックにならないかと気になりました。モノレール浜松町駅↑浜松町駅の1000形車両です。ホームドアは安全面で非常に有効ですが、はっきり言って、写真撮影には邪魔ですね(笑)。昭和島駅にて↑今年3月、昭和島駅の待避線が完成しました。上は、待避線に入った各駅停車の車両の最後尾からの写真です。後続の快速列車(2000形)が本線に進入してこようとしているところです。1000形の車内↑向かい合わせのクロスシートのほか、車両の構造上でしょうか、通路をふさぐような位置に、背中合わせに窓に向いている席があります(写真中央部分)。ずっと昔の車両は、窓向きの席がもっとたくさんあった記憶があります。空港に近づくと、ときどき地下を走ります。モノレールのトンネルは初めての経験でしたが、断面積がかなり大きくなるのは、やむをえないのでしょう。
2007年07月30日
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今回、群馬県までやってきました。南海電気鉄道の話は1回お休みさせていただいて、今日は夏まつりの話題です。夕方、東武桐生線で、終点の赤城まで乗ったときのこと。終点に近づくにつれて、浴衣を着たり団扇を持ったりした人々がぞろぞろと乗り込んできて、いかにもお祭りといった雰囲気に包まれました。「大間々祇園まつり」のポスター赤城駅を降りてみて納得。駅前には交通整理の警官も出て、大勢の人々が大間々(群馬県みどり市)の本通に向かって歩いておりました。私はというと、そのまま上毛電鉄に乗り換えて、西桐生駅に向かいました。すると、終点の西桐生駅に近づくにつれ、また同じように浴衣姿や団扇を持った人々が大勢乗り込んでくるではありませんか。駅に着くと、人々はJR桐生駅の方向に歩いて行きます。桐生市でも大間々と同じ8月1日(金)~3日(日)、「桐生八木節まつり」が行われていました。この日は桐生どまり。ホテルにチェックインしてから、雰囲気を少しだけ味わってきました。とはいっても、八木節の調べを聞きながら、露店を覗いてきただけですが。「桐生八木節まつり」櫓(やぐら)といえばいいのか、鉾といえばいいのか。八木節といえば、「四角四面の櫓の上で」というから、やっぱり櫓か。少しだけですけど、上州の夏を楽しませていただきました。(鉄道のほうは、後日、レポートさせていただきます)
2008年08月03日
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京阪の丹波橋駅南改札口は橋上にあります。ホームからは階段2ヶ所のほか、エスカレーターとエレベーターが設置されています。とくに通勤時間帯は多くの乗客で込み合います。近鉄線との乗り換えに多くの乗客が利用するので、橋上駅舎はかなり大きく、ホームにのしかかるような雰囲気です。ホームから上がると、駅舎の構内には、「水嶋書房」や「ジューサーバー」、銀行のATMなどが置かれています。そば・うどん店の「麺座」は、ラチ内外どちらからでも入れます。南改札口(ラチ内)南改札口(ラチ外)改札機が並んでいる様子は壮観です。平成19年(2007年)に設置された「けいはんインフォステーション」です。平成9年(1997年)にコンコースが拡張され、その後、ラチ外にもコンビニ「アンスリー」、ドラッグストア「マツモトキヨシ」、ベーカリーや洋菓子などの店舗ができました。宝くじ売り場もあります。平成12年(2000年)には特急が終日停車するようになりました。
2012年11月19日
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京阪・樟葉駅に隣接して、くずはモール(KUZUHA MALL)という商業施設があります。KUZUHA MALL「くずはモール」は、1972年に、京阪系列の商業施設としてオープンしました。松坂屋百貨店、スーパーのイズミヤとダイエーが中核店となり、150の専門店、2000台の駐車場を備えた、当時としては新しいタイプのモール街でした。中央部分には「汽車のひろば」があり、D51が据えられていました。このひろばでは週末を中心にいろんなイベントが開催されていました。2004年1月にいったん閉鎖され、2005年4月に新装オープンしたのが現在の建物です。表記も「くずはモール」から「KUZUHA MALL」に改められたそうです。そう言われればそうかな、表記の違いを意識したことはないですね。本館本館は建て替えられ、4階まで吹き抜け(店舗部分は1~3階)の空間の中に、京阪百貨店、イズミヤ、ダイエー、170の専門店が入っています。西館もともと西館には「松坂屋」が入っていました。撤退後、建て替えることなくそのまま改装して使っています。本館(東側)4階と屋上は駐車場になっています。このほか、西駐車場、南駐車場があり、そうとうな収容力だと思います(何台だろ?)買い物金額に応じて、無料となる時間が決まっています。それとは別に、京阪系列のe-KENETカードを持っていると、無条件に1時間分、無料になります。ただし、無料分を超過すると30分300円という、大阪や京都の繁華街並みの破格の高さですので、ご注意を。(周辺のコインパーキングの2倍以上です)本館(南東側)モール内部の通路はカーブを描いており全体を見通せません。なんとなく迷路のような感覚になります。本館(南側)KIDS館(別棟)くずはコート(別棟)くずはコートは、ファーストフードの店が集まるフードコートになっています。
2010年07月19日
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円通山大黒寺京都市伏見区鷹匠町京阪本線・丹波橋駅西口より徒歩7分伏見区役所の北側に、大黒寺という真言宗のお寺があります。空海(弘法大師)の開基と伝えられています。もとは長福寺といったそうです。江戸時代はじめ、近くに薩摩藩邸が置かれました。薩摩藩主・島津家の守り本尊と同じ大黒天がこの寺に祀られていたことから、元和元年(1615年)には薩摩藩の祈願所と定められます。大黒天を本尊とし、寺名も大黒寺と改められたのだそうです。通称「薩摩寺」とも呼ばれたようです。本尊の大黒天は、60年に一度、甲子(きのえね)の年に開帳されます。金張(きんばり)の厨子(ずし)に安置された小さな像だそうです。本堂の前に置かれた像は大黒天です。秘像の代わりを務めておられるのでしょう。甲子の年、次は2044年です。次の開帳は、まだまだずっと先ですねえ。薩摩藩ゆかりの寺だけあって、本堂の屋根瓦にも島津家の家紋、丸に十の字が描かれています。寺には、幕末に西郷隆盛や大久保利通などが国事を論じたという部屋があり、また、明治維新の志士の遺墨なども所蔵しているということです。境内には「金運清水」と名付けられた井戸があります。平成13年(2001年)に新しく掘られたもので、大黒天に供えられる水だそうです。どうか、金運に恵まれますように。
2013年01月07日
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京阪の寝屋川市駅には、改札口が2ヶ所あります。北口改札口(内側)まずは北口です。寝屋川市役所へは、こちらが便利です。北側改札口(外側)上の写真は、改札口の外側から内側を見たところです。改札内には、「ジューサーバー」や「マクドナルド」が見えています。新しい駅だけあって、駅ナカもしっかりしています。北口改札・西出口北口改札を出て地上に降りると東西に出口があります。上の写真は西側で、こじんまりとしています。西側タクシー乗り場北口改札の西側出口付近には、タクシー乗り場があります(東口にもあります)。北口改札・東出口東側の出口です。いずれにしても、このエスカレータを使うことになります。もうひとつ、写真はありませんが、北口改札を出て直進すると、府道の上を越える通路があります。高架沿いにいくつか店もありますので、ぶらりと歩くにはいいかもしれません。<追伸>北口改札からの通路(2階)と出口写真、撮ってきました。写真奥が府道で、3階に下りホーム、2階部分は府道を跨ぐ通路です。K階段出口の階段には「K階段」と書かれています。東西両側に出ることができます。
2009年07月25日
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京阪・宇治線の六地蔵駅の北側には、京都外環状線が通っています。六地蔵奈良町交差点から、西は観月橋方面へ、北東は山科方面へと向かっており、南東方向へは奈良街道として宇治方面へと続いています。昔からの街道筋で、道が狭いわりに交通量が多く、渋滞が絶えないところです。京阪宇治線のほか、JR奈良線、京都市営東西線が乗り入れており、人の集まるところであります。外環状線(イズミヤ前)六地蔵駅の周辺には、大手のショッピングセンターが競い合っています。西寄りには、外環状線の南側にイズミヤ・六地蔵店、北側に近鉄百貨店桃山店(momo近鉄)、東寄りにはイトーヨーカドー・六地蔵店(本社は東京都)があります。momo近鉄外環状線の南側のイズミヤと北側の近鉄との間には、外環状線を跨ぐ高架橋があり、イズミヤと近鉄の間を行き来することができます。(上の写真、右端に一部分が写っています)外環状線を右折することなく、どちらの施設にでも入ることができ、渋滞緩和に一役買っているようです。イズミヤと近鉄は、ともに大阪市内に本社を置く会社で、東京資本のイトーヨーカドーとの東西対抗の様相を示しているというと大げさでしょうか。イトーヨーカドーイトーヨーカドーは地下鉄の六地蔵駅と地下でつながっており、JR六地蔵駅にも近いので、鉄道を利用したアクセスでは地の利がありそうです。momo近鉄にて訪れたのは11月26日。色付く秋を迎えたようです。
2011年11月30日
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京阪の樟葉駅から橋本駅に向かうと、右側の車窓の風景が一変します。(ちなみに左側は堤防しか見えません)。樟葉駅を出てしばらくは見えていた普通の建屋が急になくなり、「大阪市水道局」の「楠葉取水場」の平坦な敷地を過ぎると、今度は急に田園地帯になります。樟葉-橋本駅間列車の後ろに見えているのが淀川の堤防です。車窓から淀川の自然が見えないのがちょっと残念ですね。同上上の写真は、橋本駅の手前です。この辺りになると、淀川対岸の山崎や天王山の山並みがはっきり見えます。くずはタワーシティを臨む2010.07.24撮影2010.09.04撮影ほぼ同じ場所で撮影したのが、上の2枚の写真です。40日ほどの間に、稲が大きく成長した様子が分かります。実りの秋もう少ししたら刈り取りですね。暑い中での農作業、おつかれさまです。
2010年09月05日
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香里団地の南西端に「税大(ぜいだい)」があります。税務大学校大阪研修所です。税務大学校左側の丸い図形は校章でしょう。「税大」という文字をもとにデザインしたものと思われます。同上国税庁の研修施設で、ここで職員研修などをしているのでしょうね。「税務大学校」は埼玉県に校舎があり、香里団地にあるのは地方12ヶ所にある研修所のうちの一つということです。同上グラウンド広いグラウンドです。休日に見ると人気が無くガランとしていますが、研修カリキュラムには体育もあるんでしょうね。応援練習のような太鼓の音が聞こえることもありました。税務大学校のホームページで大阪研修所の沿革を調べてみると、昭和20年(1945年)4月、奈良県橿原市に「大蔵省税務講習所大阪支所」として開設したそうです。その後、昭和23年(1948年)に枚方市茄子作の旧陸軍造兵廠跡に移転、昭和34年(1959年)、住宅公団との建築交換により、現在地に移転、となっています。合計約370人ほどが入れる寮もあり、中では厳しい研修が行われているようです。「大学校」とはいえ、大学城下町に見られるような華やかさは一切なく、門の中には凛とした雰囲気が感じられます。
2009年11月08日
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京都ゑびす神社(恵美須神社)京都市東山区大和大路通四条下る京阪本線・祇園四条駅より南へ徒歩約6分京都ゑびす神社は、建仁2年(1202年)に建立された建仁寺(けんにんじ)を鎮守するために建てられました。兵庫県西宮市の西宮神社、大阪市浪速区の今宮戎神社とともに、「日本三大ゑびす」と言われております。(三大ってだれが決めるのでしょうね。島根県松江市の美保神社を三大ゑびすに推す方もいらっしゃいましたが)商売繁盛の象徴でもある縁起物の笹(ささ)は、もともとは京都言葉の「ささ(酒)」に通じるもので、京都ゑびす神社独自のものだったということですが、全国に行商に出ていた近江商人の信仰を集め、各地に「笹」が広まっていったのだそうです。本殿の正面でお参りを済ませたら、本殿の左手に回って、横手の板を叩いてもう一度お参りするのが習わしだとか。どうやらゑびす様はお耳が遠いのだそうで、念押しのお願い、というところでしょうか。財布塚(左)と名刺塚境内には「財布塚」と「名刺塚」が並んで建っていました。さすがは商売繁盛の神様、商売には人脈も必要ということですね。財布塚には松下幸之助さんの署名が松下幸之助さんといえば、「商売の神様」とまで言われた方ですが、本家本元はゑびす様ですね。
2015年11月08日
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駅名標「四つ橋筋」は大阪を南北に走る幹線道路の1つで、中之島を貫いています。中之島の北側(堂島川)に架けられたのが「渡辺橋」。中之島線渡辺橋駅の名前の由来となっています。ちなみに南側(土佐堀川)の橋が「肥後橋」で、大阪地下鉄四つ橋線の駅名になっています。ホーム中之島駅方向ホームから改札へ改札口(内側)地下鉄の肥後橋駅とは地下通路で直結していましたが、ビル建て替えのため閉鎖されてしまいました。ちなみにこのビルに入っているフェスティバルホールも現在は閉鎖されています。渡辺橋駅の周辺には、朝日新聞社大阪本社、関西電力本店などがあります。隣接する堂島地区にはサントリー本社などがあり、この辺り一体はオフィス街が広がっています。「江戸の八百八町」と対比して、水の都・大阪は「浪速の八百八橋」と言われるほど橋が多い土地です。それだけ水路が発達していたということであり、海運が大阪の商業を支えてきたとも言えます。中之島線開業とともにできた4つの駅のうちの3つには、「橋」の字が入ります。中之島駅も仮称は「玉江橋」でした。JR大阪環状線の内側にある京阪の8つの駅のうち、橋が付かないのは中之島駅と北浜駅だけです。それも「島(中洲)」と「浜」ですから、いずれも水と深い関係にありますね。
2009年02月23日
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京阪の京橋駅が高架になる前の路線を西側からたどってみることにしました。各写真の撮影地点に番号を入れています。(1)桜宮幼稚園前 分岐は、片町交差点の東寄り、線路の北側にある幼稚園の前付近から始まります。右側の高架が京阪本線で、この先に京橋駅片町口があります。(2)旧線との分岐点同じ方向ですが、高架側の歩道から撮ってみました。この辺りから、旧線は現在の線よりやや北寄り、上の写真でいうと、左側の道の方へ向かっています。初めは歩道ですが、すぐに北東向き一方通行の車道になります。(3)地下鉄2番出入口道路の右側に、地下鉄の長堀鶴見緑地線・京橋駅の2番出入口が見えてきました。(4)地下鉄1番出入口さらに北東に進むと、今度は道の左手に1番出入口が見えてきました。この辺り、地下鉄・長堀鶴見緑地線が道路に沿って走っています。(5)(6)コムズガーデン西側右に少しカーブすると、すぐに公園に突き当たってT字路になっています。この公園はコムズガーデンの地表部分です。(続く)
2009年03月14日
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近鉄50000系 「しまかぜ」 京都駅にて近鉄京都線・京都駅で、50000系「しまかぜ」に遭遇、さっそく撮り鉄モードに入りました(笑)。ゴールデンウイーク中で、駅構内は旅行客などですごく混雑していましたが、その中でも、1番線に停車中の「しまかぜ」の美しさは異彩を放って目立っていました。京都駅1番線の案内表示現在、「しまかぜ」は3編成あり、大阪難波、京都、近鉄名古屋から賢島まで、ほぼ毎日1往復しています。私が京都駅で遭遇したのは、10:00発の賢島行きです。ドア横の行先表示(ク50100形)平成25年(2013年)3月、大阪難波、近鉄名古屋発着で営業運転が開始され、平成26年(2014年)10月からは京都発着も加わりました。側面のマーク(モ50200形)ダブルデッカー サ50400形座席は2+1の3列ですブルーリボン賞受賞の記念ラッピング6両固定編成で、1編成の定員はわずか138名。特急料金のほか、しまかぜ特別車両料金が要ります。いつかは乗ってみたい列車の一つです。
2015年05月03日
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片町交差点の北 京阪開業時、片町交差点の北側には「野田橋」という駅がありました。その後、「片町」と駅名を変えました。1969年11月、この場所が高架になったときに、駅を設けるのが困難という理由で片町駅は廃止されたということです。片町口入口片町口改札口このとき同時に、大阪環状線の東側にあった京橋駅が現在の場所(大阪環状線の西側)に移転したとき、片町駅廃止の代わりとして、京橋駅に片町口という改札口が作られました。西口と言わずに片町口と呼ばれる理由がここにあるようです。いまでは地下鉄やOBP(大阪ビジネスパーク)との連絡口としてしっかり機能しています。
2009年03月11日
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香里団地の東部に藤田川(とうだがわ)という交差点があります。バス停の名前にもなっています。「藤田川」交差点ここには、京阪バス香里団地支所があります。香里団地と最寄駅とを結ぶ路線を受け持っています。車庫の入口(北側)車庫の入口(南側)車庫内部営業中のバスが戻ってくると、それほど広くない車庫はバスで一杯になります。裏手は水路!車体後部を突き出している光景を見ると、よく落っこちないものだと思います(当たり前なんですけど)。南側入口ところで、車庫の前を通っている道路を南(上の写真では右手)に行くと、JR片町線(学研都市線)の星田駅付近へと達します。地図を見る機会があれば一度、ご覧ください。道路は500メートルほど先で2つに分かれていますが、左側(東側)へ進んでください。府道18号線を越え、星田駅の手前までくると、右に弧を描いて曲がっている細い道があります。これがかつて、星田駅から香里製造所まで延びていた引込線の経路です。もちろん目的は、材料の火薬や製造した砲弾を運ぶためです。そのための貨物駅が現在のバス車庫付近にあったと言われています。廃線跡(左側の道路)上の写真は、南側から香里団地支所方向を見たものです。正面のコンビニ(セブンイレブン)の奥に、バス車庫があります。かつてはここを火薬や砲弾を積んだ貨車が行き来していたということです。今となっては信じられない光景ですね。
2009年11月29日
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中書島駅の4番線の淀屋橋寄りに、下りの階段があります。この階段を降りたところに南改札口があります。南改札口は平成16年(2004年)に新設されました。改札を出たところにバスターミナルがあります。南改札口と同時に設置されました。停まっているバスは近鉄大久保行きの京阪宇治バスです。中書島駅は地上駅ですが、南改札口は少し低い位置にあります。タクシー乗り場も見えています。
2012年05月12日
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