
淀屋橋の名前にもある「淀屋(よどや)」は、江戸時代の豪商です。
江戸時代の大坂は天下の台所と言われていましたが、その基礎となるのが米。全国の米相場がバラバラでは経済が安定しないので、淀屋は幕府に願い出て、全国の米相場の基準となる「米市」を設ける許可を得たそうです。
淀屋はこの「米市」を中之島に設立します。そのために自費で架けた橋が淀屋橋だということです。中之島には諸藩や商人の蔵屋敷が多く集まり、その数は100を軽く超えていたとか。
淀屋橋駅の南側には、江戸時代に蘭学者・医者として有名な緒方洪庵が開いた「適塾」があります。国の重要文化財に指定されています。適塾の流れは大阪大学医学部へと続いているということです。
この周辺を散策すると、いろいろな大阪の歴史と出会えそうです。