8500系
旗の台駅で、8500系に出会いました。
丸い前照灯と、その下に独立して尾灯があります。正面中央には貫通扉が設けられています。8000系の流れをくむ切妻型の顔です。
8500系
8500系が登場した1975年当時の「田園都市線」は、つきみ野から二子玉川(当時の名前は二子玉川園)を通って大井町までの路線でした。つまり現在の大井町線は、当時は「田園都市線」だったんですね。
1977年4月7日、渋谷~二子玉川間が「新玉川線」として開業しました。もともと「新玉川線」は、当時の「田園都市線」のバイパス線の意味合いがあったようです。現在とは逆の立場です。
8000系はこの「新玉川線」への乗り入れを想定して製造されたものですが、その後、営団地下鉄(現、東京メトロ)半蔵門線への乗り入れにも適合させるため、8000系をマイナーチェンジして1975年に8500系が登場しました。
1978年8月1日に地下鉄・半蔵門線が開業し、「新玉川線」との直通運転が始まります。翌1979年8月12日には、大井町~二子玉川が大井町線と名称変更され、一方、つきみ野方面からは「新玉川線」を通って半蔵門線への直通運転が始まります。この結果、大井町線の位置づけが大きく変わることになります。
つきみ野~中央林間の開業は1984年。「新玉川線」の名前が消えて中央林間~渋谷が田園都市線と呼ばれるようになったのは、2000年8月6日。通勤時間帯の混雑がひどくなり、輸送力の限界もあって、今度は大井町線を田園都市線のバイパス線とすべく、輸送力強化に着手したということです。
二子玉川から渋谷への乗り入れ、半蔵門線への直通を経て、田園都市線沿線の発展を支えてきた車両だと思います。
1976年、8500系はローレル賞を受賞しました。