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2010年02月26日
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京阪交野線・交野市駅から東へ徒歩8分。交野市私部1丁目に「北田家住宅」があります。地元では「代官屋敷」と呼ばれているそうです。

京阪交野市駅周辺 北田家住宅北田家住宅(北面)

交野市のホームページを見ると、「宝永から享保年間(1708~1734)にかけて主屋が建てられた」と書かれています。約300年前の貴重な建物として国指定重要文化財になっています。

長屋門は全長55.9mもあり、「民家では日本一の長さ」とのことです。

京阪交野市駅周辺 北田家住宅長屋門(右)

京阪交野市駅周辺 北田家住宅長屋門

京阪交野市駅周辺 北田家住宅同上

京阪交野市駅周辺 北田家住宅同上

京阪交野市駅周辺 北田家住宅同上

北田家の系譜は、北畠顕家(きたばたけあきいえ)につながるといいます。南北朝時代の南朝方に仕えていた武将です。南朝が没落し足利氏の世になったため、姓を「北田」に改めたといわれています。「北田」は「北畠」の「白」を取ったものだとか。

北田好忠の時、交野城(私部城)の城主・安見氏の重臣となります。元亀元年(1570年)、織田信長の本願寺攻めに参戦した安見氏は大敗、大和の筒井順慶に攻められて交野城は落城。この時北田好忠は最後まで奮戦し、壮烈な戦死を遂げたと伝えられています。

約20年後、京都にいた嫡子の北田好孝が交野に戻り、農業で生活を始めました。それが現在の北田家の始まりです。

徳川家康が天下を統一し、元和5年(1619年)、旗本・畠山修理太夫が私部を所領にしたときから、北田家はこの地の庄屋を務めることになります。18世紀前半には代官職を担うようになりました。元治元年(1864年)に職を他の者に譲ったといいますから、約1世紀以上続いたことになります。

なお、今でも現地には北田家の末裔の方が住んでおられます。春と秋に見学会があるとのことですが、参加できる人数は限られているようです。

北田家住宅






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最終更新日  2010年02月27日 01時12分33秒 コメント(2) | コメントを書く
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