與杼(よど)神社の南側に隣接して、稲葉神社があります。
稲葉神社の鳥居
稲葉神社本殿
稲葉神社
御祭神は稲葉政成(正成)公です。稲葉正成(まさなり)は戦国から江戸時代にかけての武将で、淀藩稲葉家の祖として祀られています。
林家に生まれた正成は、美濃の稲葉重通の女婿となって以降、稲葉姓を名乗るようになります。ところが妻が死去し、稲葉重通が養女として迎えた女性と再婚します。この女性が、明智光秀の重臣・斎藤利三の娘、「福」です。後に徳川家光の乳母となる春日局、その人です。
稲葉正成は豊臣秀吉に仕え、命によって小早川秀秋の家老となります。慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦で小早川利秋を東軍に寝返らせた功が徳川家康に認められます。
これによりとんとん拍子の出世、というほど世の中は甘くないようで、関ヶ原の合戦後、小早川利秋と対立し蟄居を命じられます。慶長7年(1602年)に利秋が死去、小早川家は断絶し、正成は浪人の身となってしまいます。
慶長9年(1604年)、正成の妻・福が、家康の孫・竹千代(後の徳川家光)の乳母になります。このとき、正成は福と離縁しています。その理由はいろいろな説があるようです。
詳細は省きますが、福(春日局)の影響力もあって、正成は徳川家の家臣として取り立てられます。家康の孫・松平忠昌に仕え、その後、下野国(栃木県)真岡の城主となります。
稲葉家が淀藩主になったのは、享保8年(1723年)、正成から数えて五代目、稲葉正知のときです。その後明治に至り廃藩になるまで12代にわたり続きました。淀の殿様といえば稲葉家なんですね。
梅が咲き出していました 2018年01月21日 コメント(2)
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