京阪・淀駅の近く、與杼神社の入口に、「唐人雁木旧趾」と書かれた石碑とその説明板があります。
「唐人雁木旧趾」の石碑
「唐人」とは、朝鮮通信使のことを指すようです。朝鮮通信使とは、将軍の代替わりや慶事などのときに、朝鮮半島の王朝「李氏朝鮮(1392年~1910年)」から祝賀のために派遣された使節です。豊臣秀吉の朝鮮出兵後は途絶えていましたが、江戸時代に復活しています。
また、「雁木(がんぎ)」とは船着場の階段の意味です。
対馬、瀬戸内海を経てやってきた朝鮮通信使は、大坂で川船に乗りかえて淀川に入り、淀で上陸しました。ここから陸路で京都へ、さらに東海道を江戸へ向かったということです。
「朝鮮通信使」の総勢は500人ほどで、船団関係者を除く400人ほどが江戸へと向かったようです。
ただし説明文によると、実際の場所はここから200メートル北だったようです。たしかにそうでしょうね、ここは淀城内のほぼ真ん中ですからね。どうやら河川付け替えなどで行き場の無くなった石碑が、この周辺に集まってきているようです。
実際の場所は、納所交差点から始まる「千本通」に入ってすぐのところです。ここに「唐人雁木旧趾」と書かれた新しそうな石碑が建っていました。
「唐人雁木旧趾」
ここは、かつての宇治川の右岸だった場所で、淀城の対岸にあたります。淀は鳥羽街道の始まりであり、京都へ向かう玄関口だったわけですね。
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