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2011年07月26日
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宇治川のもう一つの島、塔の島には、その名の通り、大きな石塔があります。

京阪宇治駅周辺 十三重石塔喜撰橋と十三重石塔

京阪宇治駅周辺 十三重石塔十三重石塔

この「十三重石塔」は、高さ約15メートル、現存する日本最古で最大の石造りの仏塔だそうです。弘安9年(1286年)といいますから、鎌倉時代半ばごろのものです。

この塔は、宇治橋再建の際に建てられたもので、川で亡くなった人馬などの霊を慰めるためのものだと言われています。

その後、洪水のために何度も倒壊しては修復されてきましたが、宝暦6年(1756年)の大洪水により流失して以降、約150年間、川の中に沈んだままになっていました。

明治40年(1907年)になって、発掘作業が始まり、翌明治41年(1908年)、復元されました。

なお、塔の島は「浮島」とも呼ばれるそうです。「浮島」とは、この中州が洪水でも水中に埋もれないことに因んでいるということです。

また、「都名所図絵」(江戸時代のガイドブックのようなもの)には「浮舟の島」と紹介されているそうです。こちらは、宇治十帖の姫「浮舟」にちなんでの名前なのかもしれませんね。






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最終更新日  2011年07月27日 02時48分23秒
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Re:京阪・宇治駅周辺 十三重石塔(07/26)  
本当にお世話になりました。
歩いた距離が1万歩に達するというようなことで、更に感動を覚えております。
大阪市内の郵便局勤務で歩いたのが役に立っているかも知れませんね。
ここが母とは違うところかも知れません。人工股関節の必要も無さそうだということがわかりました。

確かに、川の修復のために犠牲になったのは人ばかりではなく、馬も。なのですね。
重機も無い時代のことですから、“馬”は貴重な存在だったでしょうねぇ。

明治時代に発掘作業が行われたそうですが、明治時代には、そうした“発掘”などにも目が向けられていたことに驚きます。

“浮島”と“浮舟”。。。無縁ではない気がします。
そおっとしておいて欲しい浮舟と、我がものにと考えた薫。
でも、結局は浮舟の身が不憫でならなかったということのような気がします。
でも、あの時代、浮舟のような運命をたどってしまった女性も多かったのではないでしょうか。
今なら、相手のことを思い、相手が幸せならばそれで良い。みたいなことは少なくなってしまったかと思います。 (2011年07月27日 07時09分59秒)

Re[1]:京阪・宇治駅周辺 十三重石塔(07/26)  
まあちゃん9541さん、おはようございます。
人馬の力しか無かった時代に戻ることはないにしても、自分の足で歩けることはありがたいことだと思います。
浮舟は、、そう、私ならそうっとしてあげたいですね。
(2011年07月27日 08時04分31秒)

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