平等院は、もとは左大臣・源融(みなもとのとおる)の別荘でした。この人は光源氏のモデルとなったとも言われているそうです。
長徳4年(998年)、ときの摂政・藤原道長の手に渡り、万寿4年(1027年)に道長が死んだのち、永承7年(1052年)に、その子の関白・藤原頼通が寺院に改めました。
翌年の天喜元年(1053年)、阿弥陀堂(鳳凰堂)が落慶します。この時代、末法思想により極楽往生を願う浄土信仰が流行っていました。阿弥陀堂の中には、その極楽が描かれています。
阿弥陀堂が「鳳凰堂」と呼ばれるようになったのは、江戸時代からだそうです。
鳳凰堂が10円硬貨の表のデザインになっているのはご存じのとおりですが、屋根の上の鳳凰が、1万円札に描かれていることは、指摘を受けるまで気付きませんでした。
鳳凰堂と阿字池
少し水が濁っていたのが残念ではありますが、水面に映る姿にも趣きを感じます。
その独特のたたずまいは、「結界」という言葉を連想させるほどに、神秘な雰囲気を感じさせます。
鳳凰堂(正面)
同上
上の写真、ちょうど見学者が鳳凰堂に入ったところです。
どうしても両端が切れてしまいます。もう少し後ろに下がればいいのですが、そうすると他の観光客が写ってしまいます。ううむ、難しい。
阿弥陀仏の尊願
正面に、阿弥陀仏のご尊顔が見えます。この穴は、建立当初からあるそうです。外からも見えるようにという配慮のようです。
梅が咲き出していました 2018年01月21日 コメント(2)
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