
赤間薬師堂
京都市伏見区醍醐御陵東裏町
京都市営地下鉄東西線・醍醐駅から徒歩15分
赤間薬師堂には、京都市指定有形文化財「木造薬師如来坐像」が安置されています。平安時代の作と言われています。
「赤間」の名前は、赤間関(あかまがせき)に由来します。
この仏像は、源平合戦での騒乱を避け、赤間関(あかまがせき)から移されたと言われています。赤間関は現在の下関で、源平合戦の終焉の地、壇ノ浦があるところです。
話が逸れますが、壇ノ浦の近くにある赤間神宮には、幼くして亡くなった安徳天皇が主祭神として祀られているそうです。
ちなみに、下関市が市制を施行した明治22年(1889年)当時は、「赤間関市」だったそうです。明治34年(1901年)には山陽鉄道によって「馬関駅」が開業します。赤間関は「赤馬関」とも書かれ、その略称が「馬関」なんだそうです。
明治35年(1902年)、下関市と改称、それに合わせて馬関駅は下関駅となりました。
赤間薬師堂に向かって歩いているとき、道路脇に「東半町」と書かれてた石碑を見つけました。半町=約55メートルですから、あとわずか。しかし、見当をつけながら歩いているうちに、いつのまにか通り過ぎてしまいました。住宅街の中で目立つこともなく、ひっそりした佇まいでした。
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