
随心院
京都市山科区小野御霊町
京都市営地下鉄東西線 小野駅から徒歩5分
駅名にもなっている小野は、小野氏の一族が栄えた土地です。
平安時代の歌人、六歌仙の一人であり、絶世の美人としても知られる小野小町は、宮中にて仕えたのち、この土地で過ごしたといわれています。
隨心院には小野小町ゆかりの品や碑などがあります。
「小町」といえば「美人」の代名詞。しかし、小野小町を描いた絵や像はほとんどが後世のもので、しかも多くは後ろ姿。ほんとうの素顔を描いたものは無いと言われています。どんな絵師でも描けないほどの美人だったのでしょうか?
実は、小野小町は実在しないという説もあるくらい、謎に包まれた人物のようです。生誕地も、京都のほか、秋田県、福井県、福島県など諸説があるようです。
随心院は、真言宗善通寺派の大本山で、弘法大師の8代目の弟子に当たる仁海(じんかい)僧正が正暦(しょうりゃく)2年(991年)に「曼荼羅寺(まんだらじ)」を創建したことに始まります。その後、曼荼羅寺の塔頭として建立されたのが随心院です。
その後、天皇や公家とのつながりも深く、多くの伽藍が建てられましたが、平安時代、応仁の乱(1467年~1477年)でほとんどが焼失してしまいました。その後、慶長4年(1599年)に本堂が再建されたということです。
境内の西側、北寄りに総門があります。
奥に進んでいくと、拝観入口があります。
拝観入口の右には、「薬医門(やくいもん)」と呼ばれる門があります。山を背景に、落ち着いた雰囲気ですね。
(つづく)
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