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2012年06月13日
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伏見土佐藩邸跡

伏見土佐藩邸跡
京都市伏見区南浜町
京阪電気鉄道 中書島駅より徒歩6分

月桂冠大倉記念館から北に向けて歩くと、少し入り組んだ道に入ったところに「伏見土佐藩邸跡」と書かれた石碑があります。

鳥羽伏見の戦いの際には、土佐藩主・山内容堂は「薩摩・長州と会津・桑名の私闘であるから加担せぬよう」という指示を出していたようです。しかし藩の大目付の板垣退助は「京都で事が起こったら、黙って薩摩と行動を共にせよ」という密命を出していたといいます。

もし、藩主の命令に従う武士ばかりだったら、明治維新はもっと違ったものになっていたかもしれませんね。組織としては困ったことなのですが、、、、






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最終更新日  2012年06月18日 00時16分14秒
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Re:伏見土佐藩邸跡(06/13)  
現代の政治をみているようですね。いつの時代もその辺は同じようで・・・。
時代が時代というところがあるのかもしれませんが。 (2012年06月18日 06時06分28秒)

Re:伏見土佐藩邸跡(06/13)  
歴史が変わっていたかも知れない。。。
そういう場面は結構あるものですね。
もう少し豊臣秀吉さんが長生きだったらと思います。
そう言うと、印刷会社社長は即座に「たらは北海道!」ってやられちゃうんです。言い訳無用!ってことですよね。

ご心配をおかけしております。
腫れは流石に利尿剤の効果があったようです。 (2012年06月18日 07時17分13秒)

Re:伏見土佐藩邸跡(06/13)  
組織のトップの意向に従うものばかりでないのは、この当時からそうだったでしょうか。

時代が時代だから、ということかもしれませんけど、確かに時代が変わっていたかもしれませんね。 (2012年06月19日 06時36分59秒)

Re[1]:伏見土佐藩邸跡(06/13)  
あけやん2515さん、こんばんは。

欧米が開港を迫り、世界に目を向けざるを得なくなって、価値観が大きく変わっていったのだろうと思います。

組織の崩壊は、時代の趨勢が読めないトップでは常に起こりうることだと思います。
(2012年06月19日 22時39分31秒)

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