
伏見土佐藩邸跡
京都市伏見区南浜町
京阪電気鉄道 中書島駅より徒歩6分月桂冠大倉記念館から北に向けて歩くと、少し入り組んだ道に入ったところに「伏見土佐藩邸跡」と書かれた石碑があります。
鳥羽伏見の戦いの際には、土佐藩主・山内容堂は「薩摩・長州と会津・桑名の私闘であるから加担せぬよう」という指示を出していたようです。しかし藩の大目付の板垣退助は「京都で事が起こったら、黙って薩摩と行動を共にせよ」という密命を出していたといいます。
もし、藩主の命令に従う武士ばかりだったら、明治維新はもっと違ったものになっていたかもしれませんね。組織としては困ったことなのですが、、、、
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