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新熊野(いまくまの)神社
京都市東山区今熊野椥ノ森町
京阪本線東福寺駅より北東へ徒歩6分
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京阪本線とJR奈良線が接する東福寺駅を降り、駅の南側を通る九条通から東大路通へと進むと、JR東海道線を跨ぐ手前で、道路の左側に大きなクスノキが見えてきます。
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新熊野神社の大クスノキ
このクスノキは新熊野(いまくまの)神社の境内にあり、この神社が創建されたとき、紀州(和歌山)の熊野から運ばれ後白河法皇が手植えされたと伝えられているそうです。樹齢900年といわれています。
「新熊野」と書いて「いまくまの」と読みます。「新」に対して「旧」はもちろん、世界遺産に登録されている紀州(和歌山)の「熊野」です。紀州の(古い)熊野に対して、京都の新しい熊野、という意味で「いまくまの」と言われたようです。
新熊野神社 本殿
後白河法皇が院政を敷いたのが、ここから北西へ300メートルほどのところにある法住寺で、新熊野神社はその「鎮守社」として、永暦元年(1160年)に創建されました。後白河法皇の命で、平清盛・重盛父子が造営しました。
時代は平安の末期で、熊野信仰が盛んでした。後白河法皇は、生涯に34回熊野詣をしたそうです。とはいえ、そう簡単に庶民が熊野に詣でることはできませんので、新熊野神社は、京に居ながら熊野詣ができる「別院」となりました。「熊野神社」「熊野若王子神社」(いずれも左京区)と合わせて「京都三熊野」と呼ばれるそうです。
境内には「熊野古道」と書かれたお参りのルートがあります。ここを巡ることで熊野詣をしたことになるのでしょうね。
新熊野神社は応仁の乱以降の戦火で衰退しましたが、江戸時代初期に再建されました。 現在の本殿は寛文13年(1663年)に修復されたものです。
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