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義母は今入院中です。1月4日に胃の痛みを訴え、嘔吐したので、救急車で病院にいきました。現在、齢92歳。入院するまでは比較的元気な義母でした。入院以来の栄養点滴で、「最初はお腹がすいた」と訴え、食べたがっていましたが、そのうち意識が朦朧となり、痛みも出てきたためターミナルケアとして痛み止めを点滴。現在は一日中眠っています。看護師さんの眼の届く病室で、ここには常に8名の重病の患者さんたちがいます。そんな状態ですから、なにをされても(口中を拭う、顔を拭く・・・)ちょっと不快な表情をしますが、はっきりと目覚めることはありません。日中、家族の誰かが付き添っていますが、私が付き添ったある日の出来事です。いつものように眠っている義母の傍らにいると、いやに眼球が動いていることに気づきました。夢をみている時のあの眼球の動きです。しばらく見守っていましたが、あんまりうごくので、話しかけました。「おかあさん、おかあさんは肌がきれいだね~。しわがないしプリップリだね。ホントに羨ましい~」すると、眠っているはずの義母が声はでなかったのですが、大きく口をあけて笑うのです。私は驚いて「おかあさんは本当にきれいね!」と言ってみたのです。やっぱり楽しそうに笑ったのです。義母は耳が遠く普通の音程の話し声は聞こえません。ましてや他の病人さんたちがいる病室です。私の声は低いものでした。人は言います。例え意識がないとしても病人のそばで争ったり、悪口はいけない・・・と。私はこの言葉を私たちの心ない振る舞いをいさめる言葉として解釈していました。でもそれだけではないことを、知りました。例え肉体の耳は持たなくとも、別の耳で聞き、別の眼で見、別の感覚を使っているのではないかと・・・。写真のような遥か・・・を眺めているかもしれないおかあさんに「今までありがとう!」と言いたい想いでいっぱいです。
2008.03.13
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みーちゃんのお話 みーちゃんは小さいけれど、強い女の子です。たったの5才だけど困ってる人がいると、だまってはいられません。母さんの手作りの前掛け(エプロン)を身につけさっそうと助けに飛び出します。みーちゃんは小さいけれど、ものの判断はちゃーんとつけられます。一年前の4才のときだって、よちよち歩きの弟を助けたんだから。一年前の4才の時、みーちゃんは弟と家の前の堰で遊んでいました。堰には土手があり、雪解けの季節でした。フキノトウが出ていて、それを取ろうとした小さな弟が堰に頭から落ちました。弟は頭がズボッってどぶにはまってしまいました。お姉ちゃんのみーちゃんは「かあさーん」と叫ぶ間もなく弟に駆け寄り、頭から突き刺さっているかっこうの弟の両足を掴み、引っ張りました。抜けた!!みーちゃんは腰が抜けてしまったかのようでした。騒ぎをきいて駆けつけた母さんが見たものは、鼻の穴に泥がつまり、瀕死の息子とその傍らで泥だらけになって泣いているみーちゃんの姿でした。その日の夕飯はみーちゃんの武勇伝で盛り上がり、父さん、母さんがみーちゃんのことを弟の「命の恩人」ってたくさんたくさん褒めてくれました。みーちゃんは「命の恩人」ってなんのことかわからなかったけれど、皆が褒めてくれたのでとっても嬉しくなりました。その日以来です。みーちゃんが「正義の味方」になったのは。もう一つのお話1960年代にハーバード大学の教授職を捨てて、未踏の精神世界を探検。かのダイベストセラー「ビー・ヒア・ナウ」の著者ラム・ダスさんの【人生をやり直せるなら、もっと失敗をして、馬鹿げたことをたくさんしよう。春はもっと早くから裸足で歩き出し、もっとたくさんダンスに出かけ、もっとメリーゴーランドに乗り、もっと野菊を摘もう】ーVOICE刊という長いタイトルの本に書かれていたことです。ラム・ダスさんは環境保護団体や進歩的な経済団体や死にゆく人々とかかわる仕事をし、アメリカ国内外で幅広く講演活動を精力的に行っていました。ある日ハワイの団体から「一緒に瞑想をしてくれないか」との依頼があり、出かけました。出迎えた人々はあまり口もきかず、物静かで奇妙な人々でした。さてその場所に到着してしばらくすると、30人くらいの人たちがいて、その人たちの前で何か話してください、と言われました。ラム・ダスさんは【瞑想】を一緒にしようと言われただけなので、戸惑いましたが、そこはなれたもの・・・・いつものようにオモシロおかしく話をしようと努めたそうです。数分話したころ、一人の人が「『ビー・ヒア・ナウ』はあんなにも素晴らしいのになぜあなたは本に書かれたようではないのですか」と言ったそうです。ラム・ダスさんは口ごもりながらもまた話し続けたのですが、今度は違う人が「おなたのお話にはハートが感じられません」と言いました。ラム・ダスさんは自己弁護に走り、「ハートが感じられないのは私の問題ではなくあなたの問題ではないかと思う」など言ったそうです。その夜一人になって、ラム・ダスさんは、『彼らは私の気に障ることをいったが、彼らのいうことは正しかった、頭で考えるばかりで、気の利いたことをしゃべっていたが、彼らと心から正直に向かい合っていなかった』と理解できたそうです。一夜が明け、ラム・ダスさんは彼らの部屋に入るなり「あなたたちの言うとおりです。どうか助けてください」といいました。実は彼らは瞑想グループではなくヒーリンググループだということが判明します。そのヒーリング中にラム・ダスは【怒り】の感情がでました。そして赤ちゃんの時の光景が浮かんだそうです。ベビーベッドの柵、陽光の作り出す模様。そして泣き叫んでいる赤ちゃんのラム・ダス自身。泣き叫んでいる間、母親がそばで彼の胸に手を置いて彼を押さえつけ、冷たい眼で見つめていたこと。<自分が圧倒的に打ちのめされ母に何らかの形で負かされたという感覚を思い出した。その支配された感覚を現在の意識を通して再体験した結果、この原初体験への反応として自分が全性格を築き上げてきたことが理解できた。まわりの人から愛されパワーを与えてもらうためには、その人たちをなだめすかさなければならないと信じることで形成された性格だった。パワーはまわりから与えられるもので、私自身のパワーではなかった。私にパワーを与えるかどうかの決定をもつのはまわりの人間だった。> 一番目のお話のみーちゃんは私です。この記憶は光景として、今でもはっきりと浮かんできます。洗われていた弟の姿や弟の鼻に詰まっていた泥などをよく覚えています。そしてその時学んだことは、良くも悪くも現在のみーちゃんに生き続けています。ラム・ダスさんはこのヒーリング体験後心の中にあった何かが解放されたと書いてあります。私たちは誰でも過去の体験を心の奥底に刻み込んでいます。その多くは言葉を話す以前の体験だそうです。その、記憶として心の奥底に刻み込まれている体験が私たちの性格を形成しているようです。自分って何?って考えることがありますが、そうしたとき小さな時の自分を愛情をもって振り返ってみると輪郭が浮かび上がってくることがあります。
2008.03.06
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