蓼科高原日記

蓼科高原日記

2011.02.11
XML
カテゴリ: 想うんだけど

2011年2月11日(金)

FDSC01503.jpg

雪の朝(ペンションサンセット)

※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。


※※※


「お得感」がこの国のマーケティングを支配していることはじつに哀しい現実だと、わたしは思います。というか、それはいまや「世界」を支配している原理になりつつあるのかも知れませんね。残念ながら。

そもそもモノやサービスを購入する人を「消費者」と呼ぶことが正しいのでしょうか。モノやサービスは「消費」されてしまうモノなのでしょうか。カネはその対価でしかないのでしょうか?

ペンション・サンセットは「消費」されたくはないのですが・・・やっぱり「消費」されちゃうのかなあ。(^_^;)

サラリーマン時代、大衆消費社会理論の中でマーケティング戦略の一翼を担いながら、わたしはこれは違うと想いつづけてきました。しかし巨大広告会社というのは官僚組織のレプリカと言っても良いところだったのです。時代の最先端を疾走するというのは幻想に過ぎませんでした。そんなモノは手段に過ぎず本当の価値など観ようともしないのです。

それはさておき、

ヒト、モノ(やサービス)、カネは本来「循環」するものなのです。そのような出自(しゅつじ)だったのです。ヒト、モノ(やサービス)とそれらを媒介するカネとは相互に融合と分裂を繰り返しながら世の中を効率よく循環するであろうものだったのです。

そもそも貨幣経済は物々交換にかわる、互換性最大の画期的プロトコルなると思われた。

しかしいまでは実態経済すら無視してカネが暴走を繰り返しているのだから、このアナーキー状態はいったい何なのだろう。そこに隠れたあるいはあからさまな意図を感じるのは、わたしだけではないと思う。

バブルを崩壊させたのも、アンタイムリーな消費税率アップや増税や金利引き上げ等々の失政は、じつはすべて意図的なものだったのではないのかと勘ぐりたくなってきます。

そのことによって明らかに「利益」を享受している人たちが居るのがその証拠です。

それにつけてもこの一票の軽さでは、こんなことを言っていてもしょせん「ごまめの歯ぎしり」なのでしょう。どこが民主主義国家だ、どこが三権分立だ、どこが主権在民だ。じつのところは、民主主義のようなかたちだけはとっている国家、三権は相互癒着して腐敗しはじめている、カフカの「城」に登場するような外からな見えない不可思議な官僚機構がすべての実権を握っている主権在官国家ではないのだろうか。




というようなことを2008年1月に書いたのですが、為政者たちがなにもしてこなかったのがよくわかるでしょ?

いまならわかってもらえると思うんだけど?


^^;



☆たてしなラヂヲ☆

http://twitter.com/tateshina_radio



※※※


例年以上にすばらしいウインター・スポーツ・シーズンになっています。スキーもスノーボードもスノーシューイングも山歩きや登山も・・・蓼科高原ピラタスの丘ペンションサンセットでは超お得な各種プランをご用意してみなさまのご利用をお待ちしております。

くわしくはこちら↓

パソコン向けHP: http://sunset.rwiths.net/r-withs/tfi0010a.do

携帯向けHP: http://sunset.rwiths.net/portal/i/tm_i_pln.html







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2011.02.11 13:11:05
コメント(0) | コメントを書く
[想うんだけど] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: