
写真にはまり始めた頃、
うーんそれはいつの頃だったか…
たぶん5年ほど前だろうか、
その頃は芸術性というかアートであることにこだわっていた。
憧れ(あこがれ)ていたと言った方がより正確かも知れない。
それは自分には無いと思われるものだったから。
しかしいま、ふと気づけばわたしはアートにはこだわっていない。
自分の撮る写真が芸術的であるかどうかとかアートであるかどうか、
そういうことにこだわりがなくなっていることに気づいた。
これには自分でも驚いた。
いったいなにがあったのだろう?・・・ってね。
ただコツコツと出来るだけ毎日写真を撮り続け、
撮った後で考えて、
そして撮る前にもまた考えて。
自分の写真を眺めて眺めて…
近づいて見たり、離れたところから見たり。
プリントして見てみたり。
好きな写真と出会ったらまたその写真を眺めて眺めて。
どこがどう気に入ったのだろうと考えて考えて。
その写真を撮ったひとのことを想像したり、
そのひとの写真に対する思想みたいなものを想像したり。
思い返せばそのような日常の中には写真技術的な問題意識あまりないような。
わたしの写真が技術以前のレベルにとどまっているからと言うことも出来るし
技術より絶対的に大切なことがあるということを思い知ったからかも知れない。
敬愛するある方の受け売りになってしまうのだけれど、わたしもまたその方と同様に、
写真で最も大切なのは「関係性」であると結論したからかも知れない。
被写体(この言葉はあまり好きでは無いけれど)と「わたし」との「関係性」が問題なのだ。
そしてその外延として写り込む諸関係性もまた次々と現れてくるかも知れない。
ここまでくるとこれは「写真論」でもあり同時に「認識論」であるのかも知れない。
いろいろな考え方があって良いのだし、それぞれ自分の信じる道を行けば良いのだ。
そう信じてわたしはこの道を進むことにします。
プロフェッショナルを目指したいなどとたいそうなことは考えずに
趣味の写真だと言うことを肝に銘じて。
もう残り時間は限られているのだ、少なくとも青年時代のように潤沢な時間は無い。
信州北八ヶ岳標高1700mより
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「春の空」/蓼科高原北八ヶ岳・標高1700m
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Sony α7, Voigtlander NOKTON classic 40mm F1.4 MC VM
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岡田@隊長さん