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2276gという超小柄で誕生したれおぽんは、しばらく保育器に入っていました公立の病院とは言え、母子同室をうたっていた病院だったのですが、しばらくは別々の生活に…他の産婦さんは、わが子を自室へ連れて行き、泣く子をあやしたり母乳をあげたりしているのを横目に、私は自分が小さく産んでしまったために、あんな小さい保育器で、母のぬくもりも感じることなくひとりでがんばっているれおぽんを見て、何度も涙を流しました看護士さんのいる詰め所に預かってもらうのですが、忙しい看護士さんにうっとおしがられるのを承知の上、何度も訪れ、母乳をあげたり、写真を撮ったり、声を掛けに行ったりしましたその甲斐あって(?)、3日目には無事保育器を出られ、母子同室を許されました母子同室初日の夜・・・・れおぽんは悪魔に豹変泣き出すと、オムツを替え(病院は布オムツ…)、おっぱいの飲まし、飲んでいる最中にウンチをし、またオムツを替え、でも寝ないまだおっぱいの出が悪いのか、おなかが減っているのか、看護士さんにミルクを作ってもらい少し与えても寝ないギブアップ寸前に、看護士さんにヘルプを頼むと、哺乳瓶の乳首を加えさせられて眠ってしまいましたあまりにも壮絶な初日、私はこれで育児が出来るのかと自信をなくしかけていました…翌日も同じような繰り返し明日、退院といったときに、ある助産師さんに出会いました私のおっぱいを見て、「すごいいいおっぱいしてるから、ミルクなんて足さずに、 がんばって母乳で育てなさい絶対大丈夫、 この子は大きくなる」と言って、母乳の飲ませ方を一から教えてくれたのですなんか、すごく晴れ晴れした気持ちになりました本当に、その助産師さんの言うとおりに飲ませると、ゴクゴクのどを鳴らして母乳を飲んでくれます少し自信が持てて、うれしくてたまりませんでしたそんなこんなで、入院中は毎日両親が差し入れを持って来てくれ、ボスも仕事が終わるとたった30分の面会時間に1時間掛けて大阪から奈良まで来てくれました私の人生初の入院生活は、こんなやさしい人々に囲まれ、超ホームシックになったのでした6日間の入院生活を終え、両親と姉に迎えに来てもらって実家へ戻りました実家へ帰ると、れおぽんの登場を相当楽しみにしていた姪2人が、こっそり練習していたリコーダーと歌を披露してくれました姉がウクレレ、姪のお姉ちゃん(小学3年生)がリコーダーで2曲、姪の妹(5歳)がハッピーバースデーを英語で歌ってくれたのですこの3人のいとこは今後も仲良くやっていってくれるでしょうとても感動しましたさあ、今日からは自分での育児です周りには母と姉、子育て経験のベテランが2人もついています今のところ、完全母乳で育てているため、おっぱいをせがまれると私の出番ですが、それ以外(オムツ替え、沐浴など)は、ばあばが率先してやってくれます特に沐浴、これは私にはまだできません…首の据わってないれおぽんをヒョイッと抱き上げ、サクッと手際よく洗い、チャチャッと着替えさせる私は初め、泣き出すれおぽんのオムツを交換するとき、焦って手がガクガク震えていたくらいですから「ばあば強し、さすが沐浴5人目のプロ」だと尊敬しました母乳なので、なかなか外に出る機会がありませんが、そんなときは両親や姉がサポートしてくれるので、本当に助かります実家での子育て、すごく有意義に過ごさせてもらってます
December 13, 2007
12月1日早朝5時3分に、2276グラムの小柄な女の子を出産しました前日の11月30日が予定日だったのですが、その2~3日前におしるしがあり、そろそろだと覚悟はしていましたがその予定日当日、夜中から定期的におなかが痛くなり、病院へ行くと、「まだ子宮口が全く開いていませんね~」と言われ、帰らされました帰って動いているほうが気が紛れるというのもあり、父と姉とランチをして、スーパーでお産が進むというウワサのオロナミンCを買ってもらいました朝にボスに電話して、状況を説明していたものの、病院は帰れと言われたので、まだまだ先かと思っていたところ・・・・、夕方になって陣痛らしき痛みは10分間隔にボスに電話すると、すぐ実家まで来てくれましたボスが到着した頃、陣痛(ここら辺では陣痛と確信しました!)は8~7分間隔にすぐに病院へ電話し、車で向かいました病院へ着いて診察を受けると、やっぱり子宮口はまだ硬く、まだまだかかりますよ~ということ帰って様子見ますか?と言われましたが、実家から病院まで車で30分また帰って来るなんて面倒だから、無理やり入院させてもらうようにしました両親とボスは、一旦家に戻って、変化があれば病院へ戻ってくるということにし、帰っていきました実はその後、私のお産は急激に進行することとは誰も予想がつかず…夜11時ごろ、その日の朝2時から定期的なおなかの痛みでゆっくり寝ていなかった私は睡魔に襲われウトウトでも、5分間隔で強烈な腹痛によって目覚めます助産師さんが来て、機械を見て、びっくりし、調べてもらうとすでに子宮口は6センチも開いていました立会い出産を希望していた私は、すぐに両親とボスを呼んでもらいました到着したボスは、陣痛に苦しむ私のサポート役背中をさすってくれたり、お茶を渡してくれたり、陣痛の合間のおしゃべりの相手になってくれたりまだ陣痛室では話をする余裕がありました子宮口が8センチになった時点で分娩室へ移動もうこの段階ではおなかが痛くて、痛くて、歩く度にボスによりかかるような感じ出産を迎えるにあたって、よくテレビであるような、立会い出産で夫に暴言を吐いたり、「殺してくれ~!」とか言ったり(?)、ギャーギャーわめく妊婦にだけはならないでおこうと心に誓い、分娩台へあがりました案の定、すごい激痛が私を襲いますわめきたくなる気持ちもホントわかりましたが、助産師さんが教えてくれる呼吸法を、必死でしながら陣痛の波を越えましたそのとき感動したのが、ボスも必死で私と同じ呼吸法をしてくれたり、力が入っている部分をさすって気付かせてくれたり、押して欲しいツボ(これは、経験者ならわかるはず=肛門付近です)を押してくれたり本当に2人でお産をしている気持ちになりましたいきみの許可が下りると、一緒にいきみ、最後までベストを尽くしてくれました助産師さんの誘導の元、誕生したわが子は、2276グラムという予想をはるかに下回る小柄な女の子正直体重を聞いたとき2人でびっくりしましたが、産声を聞いた瞬間、涙があふれました元気な産声を聞いて、一番にパパであるボスが抱っこすることに私は産後の処置をしてもらいながら、ぎこちないボスの抱っこを見ていてまたポロリ「あ~、私たち、家族なんだな」と思いましたでも、抱っこしているボスが、なかなか立ち上がりませんおかしいと思っていたのですが、後ほど聞くと、赤ちゃんを抱っこする前に手を洗いに行くと、私の胎盤をリアルに見てしまったそう血が全くダメなボスは、出産まで張り詰めていた気持ちも解かれ、血の塊のような胎盤を見てしまって、貧血をおこしたそうですその後、両親や私の姉一家、ボスのご両親が赤ちゃんと私への面会に来てくれました私の両親は、2~3日前からいつお産が始まるかとドキドキしながらほとんど睡眠もとらず、この日もボスと一緒に病院へ来て産まれるまで病院でずっと待っていてくれました姉と姪は私と産まれてきた赤ちゃんへのプレゼントを持って駆けつけてくれ、ボスのお母さんは手編みのベストや靴下などを持って来てくれましたそのとき思ったのは、本当に両親をはじめ周りの人たちのサポートがあってこその出産だったんだな~、ということでした有難くて、涙が出たくらいですこんなにみんなに祝福されて生まれてきた彼女は、きっといい子に育ってくれるでしょう産まれてきた長女の名前は、今後「れおぽん」でいこうと思います今回は出産ドキュメントでしたまた近いうちに今の子育ておもしろ話をUPしたいと思います
December 10, 2007
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