2005年10月15日
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■前回の話題と関連する話ですが、先日某友人F君と数年ぶりの電話をした時に出た話題が「機能性ともだち」。


■この“機能性~”と言うのは、元々はキリスト教などの一神教が、神様の役割を分割民営化するため(笑)に、「ナントカの聖人」を設定した事を言うそうな。

 日本はもともと8000000万ほどカミサマがいるので、それぞれ機能分担が元からあるのでした。


■そこで機能性友人とは何を言うか、と言えば、一昔前の「アッシー君」だの「滅私」、違った、「メッシー君」などを言うそうな。

 もっと広い範囲では「■■友達」と言う事ですな。(アッシーやメッシーが果たして「友達」にカテゴライズされるのかはさておき)


■そもそも「友人」と言うのは、子供の頃はなんつーか、オールマイティの切り札のような響きがあったわけですよ。つまり、『少年ジャンプ』的なアレです。


▼そしてだんだんと、「人付き合いが都市化」して、クール・ドライ、冷酷で乾燥した関係を人々が選択し始めた時に、「機能性友人」が現れる訳ですな。


 職場のともだち、とか、釣り仲間、とか、昔の同級生とか・・・ま、いろいろ以前から「限定的付き合い」と言うのはあって、大体それに対して“地元の仲間”とか言っていたりするわけです。


■この「機能性友人」の友人を、まぁ有り体に「恋人」とか「愛人」とか、にコロっと変り易いのは言うまでも無いでしょうね。



 クールでドライな、動物非知的な「群体」のようですが、人間が社会の一分となる時に、人は「器官」となるのかも知れません。


■「わりきった付き合い」と言うのは、つまり「機能的」で効率が良いのですが、つまりは不幸なニオイが漂いますね。特に若い人がその手の人間関係しかつきあえないのだとしたら。


 と私が思うのは「気のぉせい」?



 お粗末!





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最終更新日  2005年10月15日 15時54分35秒
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