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敬語はその語句の通り,敬う言葉という意味合いではないでしょうか。
まぁ,最近若い人たち(と言っても職場の経験からすると小学生や年下の
教諭・講師なのだが・・・・・・)はどうも敬語を上手く使うことができない。
まぁ私自身も注意しないといけない点だが,敬語が使えないと困るのでは
ないかと思う。
敬語を使って得(と言えば語弊があるが)するのは,実は自分ですよ。
なるほど,相手に敬意をもって話すと言うことで,相手は良い気持ちに
なれるという相手にとっての得もあると思いますがね。
しかし,良い気持ちになった相手は,敬語の話し手,つまり自分を
高く評価してくれるはずです。曰く,
「この人は私を高くみてくれている」
「この人は礼儀を知る人だ」
などなど。さらには,
「謙虚な人」
「コミュニケーション能力がある」
「実るほど頭を垂れる稲穂かな・・・」
などと思うかもしれません。
私もまだ十代の頃(あったんですよ^^;),傲慢なところがありました。
思うに,
「能力のある人ならば年下であっても検挙になるつもりだが,
能力がなければ年上に対してでも敬意は払わない」なんて。
今思えば,
「俺って敬意を払われるような言動をとってないなぁ。自分で『私は馬鹿です』って認めている考え方だよなぁ」
若気の至りとでも言いましょうか。
大学では講義担当教官の中に敬意を払う必要がない,と思っていたようなロクでもないのがいましたが,大学院(こう見えても入院していたんです)では,本当 にすごい教官に囲まれて,努力家の同級生(と言っても大半が年上)に囲まれて,自分の至らなさばかりが目立ち,慢心はあっという間に木っ端微塵 。
講師として勤めた学校でも, 優れた先生方ばかりで,若造に残っていた,ほんの僅かばかりの学歴に頼った慢心なぞ粉砕 でしたよ。学歴なんぞ小学校の教員には通用しない。授業と人間性しか子どもたちは見ないと本当に叩きのめされましたねぇ。
そういう中から,自分の謙虚な気持ちがようやく,二十代半ばにして芽生えてきたのではないかと。そして思ったのが, 年上には多くの経験・蓄積があり,能力が無い人なんていないということ。教えてもらうことが多すぎる今,敬語を使えないとしたら教えてもらえなくなり,最終的には自分が指導する子どもたちへのしわ寄せが 。
話が派手に逸れましたが,今勤めている小学校までで,敬語の必要性ということが,まだ自分中心ですが分かりつつあるようです(苦笑)
で,最初に書いた「誰が得するか」という点,繰り返しですが「敬語を使える人」,つまり自分が得するということです。
だから, 敬語を使えない小学生を見ていると,「将来大丈夫かなぁ」と心配 したりしてしまいます。できる限りの指導をしたいのですが,まぁ担任の先生の方針もあるのであまり口うるさくもできませんが・・・・・・。まぁ,柔軟性さえ残っていれば,大人になっても取り返しは効くのではないでしょうか?
で,後は 自分よりも若い教諭や講師の方々。「大丈夫かなぁ?」 と思います。私の所属する学校は管理職も含め大らかな方々ばかりなので,多少ため口を聞いても聞き逃してやっているみたいです。かくいう私も,「いずれ厳しい人に当たった時に苦労するかもねぇ・・・」と内心思いながら,聞き流しています。一才とか二才しか離れていない相手に言うのは結構気苦労なんですよ。まぁ,年が離れていてもなかなか言いにくいのですが・・・・・・。
まぁ,四月から担任をもつことになると思うので,ある程度は遠回しに「敬語の大切さ」というのも伝えていけたらいいなぁと思います。
正直,小学生でも敬語を話せる子どもと敬語を話せない子どもがいますよ。印象としては敬語を話せる子どもですね。まぁ,現段階の不思議なことは 敬語を話せる子どもの方が成績も良いみたいですねぇ 。完全にデータをとったり相関関係を調べたりはしていませんが・・・。
英語とか勉強する前に国語,敬語の力は大切ではないでしょうか?
・・・・・・異端の教育論になってない気がしますが,まぁ 英語教育反対という点では「正統教育学」と真っ向から対決姿勢 ですねw
常識が崩壊している芸能界~今こそ厳罰が… 2009.09.19 コメント(1)
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