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カテゴリ: フットボール
エコーの記事です。


TORRES: LIVERPOOL PORTRAYED ME AS A TRAITOR AND I FELT BETRAYED



更にこのスペイン人は、クラブを離れることを“口約束”させられ、アンフィールドの権力者に“裏切られた”と感じたと語っている。

トーレスは2011年1月に英国内で最高となる5000万ポンドでスタンフォード・ブリッジに移籍したことについて、サイモン・ヒューズ著の“火のリング:21世紀のリバプールFC~選手たちの物語”で語った。

このストライカーは、2010年夏にMDのクリスティアン・パースロー、後の11月フットボール・ダイレクターに就任したフランス人、ダミアン・コモリとの会話の詳細を明かした。

トーレスはクラブの進行中の財政問題のために売却されたが、パースローはクラブの買い取り手を見つけるためにはリバプールの価値を保つためにも選手たちが残留する必要があると語っていた。

彼の苛立ちは、パースローとの面談のあと間もなく、バルセロナにハビエル・マスチェラーノが売却することで高まってしまった。

ニュー・イングランド・スポーツ・ベンチャーズ(後のふぇんウェイ・スポーツ・グループ)がリバプールを買い取り、新しい組織にまずコモリが加わった。そしてロイ・ホジソンが更迭され代役としてケニー・ダルグリッシュが就任した。

「コモリは新しいオーナーについてぼくに話をした。彼らは投資をどう使うのかのアイデアを持っていると言っていた。」とトーレスは語った。

「彼らは若い選手を持ち込むことを望んでいた。新しい何かを構築するためにね。ぼくは考えを巡らせて、これには時間がかかるぞ、と思ったよ。2年、3年、4年、もしかしたら10年かかるかもしれない、とね。」

「ぼくにはそんな時間が残っていなかった。そのときぼくは27歳だったからね。待っている時間はなかったんだ。ぼくは勝ちたかった。5年経って彼らはまだ再建中だ。ぼくが去ったときと同じリーグ順位だね。」

トーレスは彼の不幸を認め、移籍する可能性についてダルグリッシュと話し合いを持ったが、それはリバプールがチェルシーと私的に交渉を始めた後のことだ。

さらにこの選手の不幸は重なり、公式に移籍することになったあと、クラブからリークされたことは“誰もが視点を変える、自身を含めて”だった。

「まるでぼくが反逆者かのような内容だったね。」とトーレスは語った。「話合いの中にはこういったことはなかった。」

「リバプールは、チームの中の間違っているものを認めることができなかったんだ。彼らは害あるものを見つける必要があった。」


レッズファンは、トーレスが裏切ってライバルに移籍した、と思っていましたが、彼に言わせれば真実は違うようですね。
当時のレッズは混沌としている状況でしたからね。
真実がどうあれ、トーレスの移籍金に救われた部分もありますよね。。。

トーレスがどういう経緯で移籍してしまったとしても、私は彼のファンです。
チェルスキーの青いユニフォームを見ているときは違和感満載でしたが・・・。(笑)


YNWA
liverpool_emblem









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Last updated  2016/08/18 10:42:13 PM
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