サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.02.26
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カテゴリ: 文学
 しかしここで、またまた大きなそして根本的な疑問が出てしまいます。紫式部は女性であって、この「男の深読み」でしゃべったような、 男=オスの恐怖を、はたして知っていたのか 、ということです。いくら「百千の心を持つ」女性といえども、この種の恐怖感覚は出産した本人ではなく、出産に立ち会った男=オス(しばしば腰抜けになる男が多い)の根底的な、生理的な恐怖に属するもので、そう簡単には女性には理解され難いものだと思うのですが。
 しかしそれを言うなら、「雨夜の品定め」だって相当男的感覚に満ちた生理の話じゃないか、と言われてしまいそうですが、どうもそういうレベルの話ではなさそうです。
 古来「源氏物語」男作説が、ささやかれたりしますが、こんなところでまんざら根拠の無い話ではなかったことが分かってしまいました。しかし、男作説は「源氏物語」全般を通観すれば、明らかにムチャな話で、この物語が色濃く女の手になる証拠は、はるかに大量にいくらでも出せる。この話は拡散するおそれが高いので、先ほどの「男の深読み」の中味とともに、いったん棚上げにします。

 さて、ここでもう一人の登場人物の話をしなければなりません。他ならぬ葵の上のことです。今回、ブログにUPするために、しようがなしに再読していて、またまた気になる発見をしてしまいました(これももうすでに、よく知られたことかもしれませんが)。葵の上にかんして、紫式部はこの帖では(というより、ほとんど全編で)、ひと言もその口から、 本人の言葉をしゃべらせていない ということです(しゃべっているのは、取り憑いた物の怪だけ)。彼女にふさわしいパラグラフを探していて、それがちっとも出てこない(源氏や御息所は、いやほど書いてあるのに)。
 これがはたして意図されたものであったかどうか。もともと源氏に好意を抱いていなかった数少ない登場人物の一人ということで、物語の中で語られることも少なかった女性なのですが、「葵」の帖では、その姿、仕草と、物の怪に取り憑かれて苦しんでいるうめき声だけで、彼女の 心理さえ描かれていない のです。読み進みながら、周囲の女房や左大臣一家や源氏の立ち騒ぐ声に引き比べて、対称的な彼女の沈黙に途中から違和感を感じていて、これはいったい何なんだ、といろいろ考えているうちに、この物語とは別のことから、そんなことに思い当たりました。

 別のこととは、彼女より400年ほど後、この沈黙を彼女は間違いなく意識して書いたのだろうと、おそらく確信して新たな劇を造った世阿弥の話なのですが。
床に置かれた一枚の小袖 で表現されます。
 T.S.エリオットでしたか、このA・ウェイリーの英訳謡曲集を見て(たぶん、彼は実際の能舞台は見てないでしょう)、「夢を表現するには、事物は明晰でなければならない。明晰であるからこそ、非現実が現実となって現われる」とか云ってましたが、世阿弥は 御息所の見た夢 を舞台にしたのでした。そういえばキリコやダリの超現実主義的な絵は、おどろくほど明晰であるがゆえに、 夢(無意識の世界) を表現しえたのです。
 床に置かれた一枚の小袖は、もちろん何も しゃべらない けれども、御息所(シテ)のすさまじい「うちかなぐる」所作によって、おそろしく 雄弁にものを語っている (小袖が生きているように見える)。 沈黙の雄弁 というのか、この舞台の題名が「葵上」なのは、実は主役がこの小袖(葵上)であって、シテは小袖(モノ)が語ろうとしていることを、指し示すためにその周囲を舞っているに過ぎないことを、世阿弥は示唆したのではないか、とさえ思えてくるのです。
 であるなら、その着想を世阿弥は間違いなく「源氏物語」の「しゃべらない葵の上」から得たのであり、紫式部が彼女に語らせない意図が何であるかを、彼は喝破したのではないか?

 話がいささか飛躍していくのを怖れるのですが、「葵」の帖では、むしろ徹底して彼女にしゃべらせないことで、葵の上を通して示唆したいものが、紫式部にはあったのではないか。
 それはひょっとすると、先ほどの「男の深読み」にも絡んでくるのですが、 女性なるものの自然性を、沈黙という自然の本来的な属性によって、表現しようとした 沈黙にものを語らせる 、という方法に気付いたのではないか、と思えてくるのです(そういえば夕顔もまた、途中でしゃべらなくなってましたね)。何だか紫式部が怖ろしくなってきました。

― つづく ―





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Last updated  2009.02.26 13:17:48コメント(0) | コメントを書く


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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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