サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.01
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カテゴリ: 文学
 それは、男がモノにしようとしている相手と場所の格が、まるきり違うということです。ここまでながながと、本文を引用してきたというのは、一つにはもちろん原文の気息を嗅ぎまわりたいという、私自身の願望もあるのですが、もう一つには光源氏が、中宮を相手に御帳台の内という、いちばんの禁断の相手と場所で、何をやったか、どう行動したかを、紫式部がどれほど赤裸々に「あまりなるまで」描いているか、をみるためでもありました。

 紫式部が、主人公と藤壺の宮との最初の逢う瀬のシーンを、何らかの理由で省いたにもかかわらず、それこそがおそらく、やはり省かれた六条御息所との最初の逢う瀬と同じく、彼の果てしない女遍歴という行動の重大な動機をなしているであろうというのは、これまで何度も触れたことですが、それが上のような御帳台の内で演じられる半狂乱の源氏の姿なのであれば、さすがの紫式部といえども、このシーンを持ち出すまでに相当気を使ったでしょう。

 ここで彼女の用心深さを、もう一度振り返ってみるのも一興かもしれません。
 「源氏物語」は光源氏の話については、彼に近侍する女房たちの何某がしゃべったこと伝え聞いたことを、うわべの出来事だけでは、絶対分からない内輪の話として何某が書き記した(草子地と云うそうです)、という構成になっているのですが、ではその草子地が彼女本人かというと、もちろんそうではなくて、書き記した人もまた作中人物として扱われているのです。ときにこの語り手が、たんなる語り手を離れて自分の感想を述べ立てるという場面がありますが、これはちょうど紙芝居の語り手が、本来の絵の物語りをいったん休んで、作中人物の感想を述べたりする、というのに似ています。
 彼女はこの物語を書き記すにあたって、何重にも安全網を張って、ひょっとして出てくるかもしれない「無礼だ!」とか「不謹慎だ!」とかいった周囲の批判をかわそうとしているかに見えます。しかしこれは逆に彼女本人の 一人称語りでは、絶対に書けなかったような、おそらく当時でも破天荒な、人間の振るまいのディテールまで踏み込むことを可能 にしたので、彼女は途中からこの手法を、むしろ意図的に操ったでしょう。「宇治十帖」では、語り手が近侍の女房とはもはや特定できないのです(早い話、ここでの主要な登場人物は複数で、もとより光源氏のような主人公は存在しません)。
 それが上のような御帳台の内での半狂乱のシーンとなって現われたのでした。彼女は語り手の語り手の語り手という、それぞれ 次元の異なる複数の視点を持ち込む ことによって、御帳台の内を隈なく描くことが出来たのです。

 で、まずここでの光源氏の振るまいかたですが、ひと言でいえば「幼児返り」していると云っていいでしょうか。希望が満たされずに、駄々をこねている子供の姿を彷彿とさせるので、亡き桐壺の更衣という母親への「子宮希求願望」の現われとして、「幼児返り」の振るまいは、まことにふさわしい。対するに藤壺の宮は、さながら子供をなだめる母のような立ち居姿で、ひょっとすると彼女は自分の子育ての記憶を思い出しながら、この場面を描いていたのかもしれません。


 そしてそれは当然、十二単や衣冠束帯で鎧った大人もまた、衣服を剥いでみれば、同じ人間としての本性が現われている、というものの見方に繋がっているわけで、彼女が「閨房の事柄」にことさらにこだわったのも、そこに格式も位階も関係のない人間の本質的な振るまいを見たからでしょう。

― つづく ―





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Last updated  2009.04.02 13:33:20
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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